169 / 203
番外編2
クオン・パトラー7
しおりを挟む
待っていたのは、アズラー侯爵であるローサムとティファナ夫人であったが、クオンは他の方々とはサリーを介して、話したことはない方もいるが、一応は面識があった。だが、アズラー侯爵夫妻とは完全に初対面であった。
「私、サリー様の編集担当をしております、クオン・パトラーと申します」
アズラー侯爵夫妻は息をのみ、静かに驚いた。
「妃殿下の…」
「はい、サリー様からこちらをティファナ・アズラー様にお渡しして欲しいと頼まれておりました」
本とティファナ・アズラー様と書かれた封筒を置くと、ティファナは急にあああああと言い、これまでの誰よりも勢いよく涙が滝のように流れだした。
ローサムはティファナ、ティファナと声を掛けるが、声を上げ続けて聞こえていないのか、涙も全く止まらない。
「すまない、思ってもいないことで、制御が出来ないようだ」
「構いません」
「妃殿下とは顔を合わせることがない状態でして、驚いてしまったのです」
「左様でしたか」
しばらくするとティファナはようやく、ひっくひっくと言ってはいるが、失礼しましたと声が出るようになったようだ。
「こちらはサリー様が書かれた小説です」
「しょう、せつを、書かれた、のですか」
「はい、ティファナ先生にも届けて欲しいと、頼まれて、参った次第でございます」
「あああ、私なんかに…ありがとう、ございます」
サリー様からは王太子妃教育の担当だったと聞いていた。クオンはサリーの報復のことは何も知らないが、何かあったとしか思えない状態である。
「パトラー様は妃殿下と親しかったのですね?」
「はい、良くしていただきました。『コルボリット』が読めたのはサリー様のおかげですから」
「『コルボリット』の?そういうことでしたか、そうですよね、私はてっきり学術書の翻訳のことばかり考えておりました」
「学術書も頼んでもいますので、間違いではありません。サリー様がいなければ、私はビアロ語は出来ませんから、読むことなく一生を終えていた一人です」
この世にサリー様がいなかったら、きっとこのまま『コルボリット』はビアロ語だけでしか読めなかっただろう。これからも読めるのも、サリー様のおかげである。
「そうでしたか、愚痴や要望など聞いたりもあったのでしょうか」
「愚痴ですか?」
クオンはなぜそんなことを聞くのだろうかと思ったが、答えてはいけない質問ではないだろう。
「愚痴はなかったですね、自身に文句を言ってらっしゃることはありましたが。あとは小説の中の料理などが実際にあると言えば、食べてみたい、レシピはないかと言ったりはありましたが、なぜそのようなことを?」
「いえ、私が王太子妃教育の担当だったのは、ご存知ですか」
「伺っています」
「私が妃殿下に寄り添えれば良かったのですが、誰かそういった相手がいればと思ったのです」
「そういうことでしたか…そう言った相手は別にいたと思いますよ」
「そ、そうですか…それなら良かった」
私もサリー様の全てを知っているわけではないが、ある本を探して欲しいと頼まれた際に、ご家族に贈り物かと聞くと、とても優しい笑顔で、家族みたいなものねと言っていたことがある。
「妃殿下の小説も素晴らしいです。是非、読んでください」
「はい、有難く読ませていただきます。わざわざありがとうございました。こんなに嬉しい日は二度とないと思っておりました。生きていて良かったです」
「大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それほどまでに大層なことでした。私からもありがとうございました」
深々と頭を下げられて見送られ、一体何があったんだろうかと思ったが、クオンが知ることはない。
「私、サリー様の編集担当をしております、クオン・パトラーと申します」
アズラー侯爵夫妻は息をのみ、静かに驚いた。
「妃殿下の…」
「はい、サリー様からこちらをティファナ・アズラー様にお渡しして欲しいと頼まれておりました」
本とティファナ・アズラー様と書かれた封筒を置くと、ティファナは急にあああああと言い、これまでの誰よりも勢いよく涙が滝のように流れだした。
ローサムはティファナ、ティファナと声を掛けるが、声を上げ続けて聞こえていないのか、涙も全く止まらない。
「すまない、思ってもいないことで、制御が出来ないようだ」
「構いません」
「妃殿下とは顔を合わせることがない状態でして、驚いてしまったのです」
「左様でしたか」
しばらくするとティファナはようやく、ひっくひっくと言ってはいるが、失礼しましたと声が出るようになったようだ。
「こちらはサリー様が書かれた小説です」
「しょう、せつを、書かれた、のですか」
「はい、ティファナ先生にも届けて欲しいと、頼まれて、参った次第でございます」
「あああ、私なんかに…ありがとう、ございます」
サリー様からは王太子妃教育の担当だったと聞いていた。クオンはサリーの報復のことは何も知らないが、何かあったとしか思えない状態である。
「パトラー様は妃殿下と親しかったのですね?」
「はい、良くしていただきました。『コルボリット』が読めたのはサリー様のおかげですから」
「『コルボリット』の?そういうことでしたか、そうですよね、私はてっきり学術書の翻訳のことばかり考えておりました」
「学術書も頼んでもいますので、間違いではありません。サリー様がいなければ、私はビアロ語は出来ませんから、読むことなく一生を終えていた一人です」
この世にサリー様がいなかったら、きっとこのまま『コルボリット』はビアロ語だけでしか読めなかっただろう。これからも読めるのも、サリー様のおかげである。
「そうでしたか、愚痴や要望など聞いたりもあったのでしょうか」
「愚痴ですか?」
クオンはなぜそんなことを聞くのだろうかと思ったが、答えてはいけない質問ではないだろう。
「愚痴はなかったですね、自身に文句を言ってらっしゃることはありましたが。あとは小説の中の料理などが実際にあると言えば、食べてみたい、レシピはないかと言ったりはありましたが、なぜそのようなことを?」
「いえ、私が王太子妃教育の担当だったのは、ご存知ですか」
「伺っています」
「私が妃殿下に寄り添えれば良かったのですが、誰かそういった相手がいればと思ったのです」
「そういうことでしたか…そう言った相手は別にいたと思いますよ」
「そ、そうですか…それなら良かった」
私もサリー様の全てを知っているわけではないが、ある本を探して欲しいと頼まれた際に、ご家族に贈り物かと聞くと、とても優しい笑顔で、家族みたいなものねと言っていたことがある。
「妃殿下の小説も素晴らしいです。是非、読んでください」
「はい、有難く読ませていただきます。わざわざありがとうございました。こんなに嬉しい日は二度とないと思っておりました。生きていて良かったです」
「大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それほどまでに大層なことでした。私からもありがとうございました」
深々と頭を下げられて見送られ、一体何があったんだろうかと思ったが、クオンが知ることはない。
358
お気に入りに追加
6,884
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
あなたへの想いを終わりにします
四折 柊
恋愛
シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)
巻き戻り令嬢は長生きしたい。二度目の人生はあなた達を愛しません
せいめ
恋愛
「アナ、君と私の婚約を解消することに決まった」
王太子殿下は、今にも泣きそうな顔だった。
「王太子殿下、貴方の婚約者として過ごした時間はとても幸せでした。ありがとうございました。
どうか、隣国の王女殿下とお幸せになって下さいませ。」
「私も君といる時間は幸せだった…。
本当に申し訳ない…。
君の幸せを心から祈っているよ。」
婚約者だった王太子殿下が大好きだった。
しかし国際情勢が不安定になり、隣国との関係を強固にするため、急遽、隣国の王女殿下と王太子殿下との政略結婚をすることが決まり、私との婚約は解消されることになったのだ。
しかし殿下との婚約解消のすぐ後、私は王命で別の婚約者を決められることになる。
新しい婚約者は殿下の側近の公爵令息。その方とは個人的に話をしたことは少なかったが、見目麗しく優秀な方だという印象だった。
婚約期間は異例の短さで、すぐに結婚することになる。きっと殿下の婚姻の前に、元婚約者の私を片付けたかったのだろう。
しかし王命での結婚でありながらも、旦那様は妻の私をとても大切にしてくれた。
少しずつ彼への愛を自覚し始めた時…
貴方に好きな人がいたなんて知らなかった。
王命だから、好きな人を諦めて私と結婚したのね。
愛し合う二人を邪魔してごめんなさい…
そんな時、私は徐々に体調が悪くなり、ついには寝込むようになってしまった。後で知ることになるのだが、私は少しずつ毒を盛られていたのだ。
旦那様は仕事で隣国に行っていて、しばらくは戻らないので頼れないし、毒を盛った犯人が誰なのかも分からない。
そんな私を助けてくれたのは、実家の侯爵家を継ぐ義兄だった…。
毒で自分の死が近いことを悟った私は思った。
今世ではあの人達と関わったことが全ての元凶だった。もし来世があるならば、あの人達とは絶対に関わらない。
それよりも、こんな私を最後まで見捨てることなく面倒を見てくれた義兄には感謝したい。
そして私は死んだはずだった…。
あれ?死んだと思っていたのに、私は生きてる。しかもなぜか10歳の頃に戻っていた。
これはもしかしてやり直しのチャンス?
元々はお転婆で割と自由に育ってきたんだし、あの自分を押し殺した王妃教育とかもうやりたくたい。
よし!殿下や公爵とは今世では関わらないで、平和に長生きするからね!
しかし、私は気付いていなかった。
自分以外にも、一度目の記憶を持つ者がいることに…。
一度目は暗めですが、二度目の人生は明るくしたいです。
誤字脱字、申し訳ありません。
相変わらず緩い設定です。
どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。
しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。
だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。
○○sideあり
全20話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる