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番外編2
クオン・パトラー7
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待っていたのは、アズラー侯爵であるローサムとティファナ夫人であったが、クオンは他の方々とはサリーを介して、話したことはない方もいるが、一応は面識があった。だが、アズラー侯爵夫妻とは完全に初対面であった。
「私、サリー様の編集担当をしております、クオン・パトラーと申します」
アズラー侯爵夫妻は息をのみ、静かに驚いた。
「妃殿下の…」
「はい、サリー様からこちらをティファナ・アズラー様にお渡しして欲しいと頼まれておりました」
本とティファナ・アズラー様と書かれた封筒を置くと、ティファナは急にあああああと言い、これまでの誰よりも勢いよく涙が滝のように流れだした。
ローサムはティファナ、ティファナと声を掛けるが、声を上げ続けて聞こえていないのか、涙も全く止まらない。
「すまない、思ってもいないことで、制御が出来ないようだ」
「構いません」
「妃殿下とは顔を合わせることがない状態でして、驚いてしまったのです」
「左様でしたか」
しばらくするとティファナはようやく、ひっくひっくと言ってはいるが、失礼しましたと声が出るようになったようだ。
「こちらはサリー様が書かれた小説です」
「しょう、せつを、書かれた、のですか」
「はい、ティファナ先生にも届けて欲しいと、頼まれて、参った次第でございます」
「あああ、私なんかに…ありがとう、ございます」
サリー様からは王太子妃教育の担当だったと聞いていた。クオンはサリーの報復のことは何も知らないが、何かあったとしか思えない状態である。
「パトラー様は妃殿下と親しかったのですね?」
「はい、良くしていただきました。『コルボリット』が読めたのはサリー様のおかげですから」
「『コルボリット』の?そういうことでしたか、そうですよね、私はてっきり学術書の翻訳のことばかり考えておりました」
「学術書も頼んでもいますので、間違いではありません。サリー様がいなければ、私はビアロ語は出来ませんから、読むことなく一生を終えていた一人です」
この世にサリー様がいなかったら、きっとこのまま『コルボリット』はビアロ語だけでしか読めなかっただろう。これからも読めるのも、サリー様のおかげである。
「そうでしたか、愚痴や要望など聞いたりもあったのでしょうか」
「愚痴ですか?」
クオンはなぜそんなことを聞くのだろうかと思ったが、答えてはいけない質問ではないだろう。
「愚痴はなかったですね、自身に文句を言ってらっしゃることはありましたが。あとは小説の中の料理などが実際にあると言えば、食べてみたい、レシピはないかと言ったりはありましたが、なぜそのようなことを?」
「いえ、私が王太子妃教育の担当だったのは、ご存知ですか」
「伺っています」
「私が妃殿下に寄り添えれば良かったのですが、誰かそういった相手がいればと思ったのです」
「そういうことでしたか…そう言った相手は別にいたと思いますよ」
「そ、そうですか…それなら良かった」
私もサリー様の全てを知っているわけではないが、ある本を探して欲しいと頼まれた際に、ご家族に贈り物かと聞くと、とても優しい笑顔で、家族みたいなものねと言っていたことがある。
「妃殿下の小説も素晴らしいです。是非、読んでください」
「はい、有難く読ませていただきます。わざわざありがとうございました。こんなに嬉しい日は二度とないと思っておりました。生きていて良かったです」
「大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それほどまでに大層なことでした。私からもありがとうございました」
深々と頭を下げられて見送られ、一体何があったんだろうかと思ったが、クオンが知ることはない。
「私、サリー様の編集担当をしております、クオン・パトラーと申します」
アズラー侯爵夫妻は息をのみ、静かに驚いた。
「妃殿下の…」
「はい、サリー様からこちらをティファナ・アズラー様にお渡しして欲しいと頼まれておりました」
本とティファナ・アズラー様と書かれた封筒を置くと、ティファナは急にあああああと言い、これまでの誰よりも勢いよく涙が滝のように流れだした。
ローサムはティファナ、ティファナと声を掛けるが、声を上げ続けて聞こえていないのか、涙も全く止まらない。
「すまない、思ってもいないことで、制御が出来ないようだ」
「構いません」
「妃殿下とは顔を合わせることがない状態でして、驚いてしまったのです」
「左様でしたか」
しばらくするとティファナはようやく、ひっくひっくと言ってはいるが、失礼しましたと声が出るようになったようだ。
「こちらはサリー様が書かれた小説です」
「しょう、せつを、書かれた、のですか」
「はい、ティファナ先生にも届けて欲しいと、頼まれて、参った次第でございます」
「あああ、私なんかに…ありがとう、ございます」
サリー様からは王太子妃教育の担当だったと聞いていた。クオンはサリーの報復のことは何も知らないが、何かあったとしか思えない状態である。
「パトラー様は妃殿下と親しかったのですね?」
「はい、良くしていただきました。『コルボリット』が読めたのはサリー様のおかげですから」
「『コルボリット』の?そういうことでしたか、そうですよね、私はてっきり学術書の翻訳のことばかり考えておりました」
「学術書も頼んでもいますので、間違いではありません。サリー様がいなければ、私はビアロ語は出来ませんから、読むことなく一生を終えていた一人です」
この世にサリー様がいなかったら、きっとこのまま『コルボリット』はビアロ語だけでしか読めなかっただろう。これからも読めるのも、サリー様のおかげである。
「そうでしたか、愚痴や要望など聞いたりもあったのでしょうか」
「愚痴ですか?」
クオンはなぜそんなことを聞くのだろうかと思ったが、答えてはいけない質問ではないだろう。
「愚痴はなかったですね、自身に文句を言ってらっしゃることはありましたが。あとは小説の中の料理などが実際にあると言えば、食べてみたい、レシピはないかと言ったりはありましたが、なぜそのようなことを?」
「いえ、私が王太子妃教育の担当だったのは、ご存知ですか」
「伺っています」
「私が妃殿下に寄り添えれば良かったのですが、誰かそういった相手がいればと思ったのです」
「そういうことでしたか…そう言った相手は別にいたと思いますよ」
「そ、そうですか…それなら良かった」
私もサリー様の全てを知っているわけではないが、ある本を探して欲しいと頼まれた際に、ご家族に贈り物かと聞くと、とても優しい笑顔で、家族みたいなものねと言っていたことがある。
「妃殿下の小説も素晴らしいです。是非、読んでください」
「はい、有難く読ませていただきます。わざわざありがとうございました。こんなに嬉しい日は二度とないと思っておりました。生きていて良かったです」
「大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それほどまでに大層なことでした。私からもありがとうございました」
深々と頭を下げられて見送られ、一体何があったんだろうかと思ったが、クオンが知ることはない。
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