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番外編2
クオン・パトラー3
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『コルボリット』の翻訳版の第一号はトワイ語であった。
しかも翻訳を担当したのは、王太子殿下の婚約者で、侯爵令嬢でもあるサリー・ペルガメント。ベルア氏もこれまで翻訳版を断っていたため、サリーだからこそ翻訳を任せてもいいと思ったと、他の言語も発売の準備をしており、サリーが最終チェックすることになっていると公表し、サリー・ペルガメントの名は瞬く間に広がった。
『コルボリット』は翻訳版が発売された時点で、三巻が発売されており、翻訳版も随時発売され、まさに老若男女に大人気となった。
知らないのは小説に興味のない者と、サリーを蔑んでいた者たちだけである。
他国は他の出版社が担当はするが、ベルア氏の担当と、翻訳のサリー様の担当の私もとても忙しくなったが、誇らしい思いが強かった。
これは一生の仕事だ、そう思っていた。
『コルボリット』もいつかは終わる作品ではあるが、発売は年に一冊ペースであるため、まだ完結はしておらず、ベルア氏もまだ数冊は続くと話している。
一番若いサリー様がいなくなるなんて考えたこともなかった。
だからこそ、サリー様の具合が深刻だと聞いた時、目の前が真っ暗になり、神様はいないのかと思った。もっと死んでもいい人間はいるはずだと、だがサリー様は絶対にそのようなことは思わない方だ。
王太子妃で翻訳家など異例中の異例だ、その上、小説家にもなるかもしれない。私にまだ頑張れと、最期に集大成という仕事を与えてくださった。何に変えても、成し遂げなくてはならない。葬儀の際に、そう誓った。
そして、評判が良かったらではなく、売れたらというのが妃殿下らしいと思った。
サリー様の書かれたのは『ミミとビビ』という冒険の物語。
少女ミミは、自身の大きさを変えられる賢い猫のビビに助けられながら、居場所のを見付けるために旅をする。
ミミとビビは互いに心の声を聞くことが可能で、あれだけ言語を操るサリー様は言葉ではなく、心の声とした。
ミミは出来ることも出来ないと言って、ミミはビビに甘えている。
ビビは仕方ないなと言いながらも、ミミを乗せたり、ミミの毛布になったり、ミミの涙を拭ったり、ミミのお世話をするのだ。ビビも頼られることで生き甲斐を感じて、お互いにかけがえない存在になる。
ミミは両親に育児放棄されて捨てられ、ビビは手の掛かるきょうだいに、一人でも大丈夫でしょうと置いて行かれて、ミミもビビも親に捨てられた者同士だった。
二人は文句を言いながらも、助け合って、二人の居場所を探し求め続けるというところで終わってしまう。
—もし、あなたの町に小さな女の子と少し大きな猫が現れたら、優しく見守ってあげてください—
最後にはそう書かれていた。
どうしても、サリー様を重ねて読んでしまうことは、許して欲しい。作者が自身を投影して描くことはあるが、飛び出すのことの出来ない立場から、物語の中でだけでも、冒険をしたのではないかと思ってしまう。
天才には天才の苦悩がある。それは凡人には分からないというのは、あまりに身勝手だと私は思っている。
サリー様は自身の記憶力について、こう言っていたことがある。
「折角、憶えたことを逃して堪るものかという思いが強いのかしらね」
「要らないとは思ったことはないのですか」
「あるわよ、でも失くしたらどうなるのか…私には何も残らないんじゃないかしら」
「私はサリー様が持つべき力であったと思います。きっと神様がサリー様になら与えてもいいと思った、そう思います」
「選ばれたのかしら」
「きっとそうです」
サリー様はそれなら有効に使わないとねと笑っていた。なぜあの時、私は神様などと言ったのか、神様がいるならば、あまりにその命を早く取り上げ過ぎではないだろうか。何かの間違いではないだろうか。
現実は無情に、サリー様はまるで身を引くようにこの世を去ってしまった。
しかも翻訳を担当したのは、王太子殿下の婚約者で、侯爵令嬢でもあるサリー・ペルガメント。ベルア氏もこれまで翻訳版を断っていたため、サリーだからこそ翻訳を任せてもいいと思ったと、他の言語も発売の準備をしており、サリーが最終チェックすることになっていると公表し、サリー・ペルガメントの名は瞬く間に広がった。
『コルボリット』は翻訳版が発売された時点で、三巻が発売されており、翻訳版も随時発売され、まさに老若男女に大人気となった。
知らないのは小説に興味のない者と、サリーを蔑んでいた者たちだけである。
他国は他の出版社が担当はするが、ベルア氏の担当と、翻訳のサリー様の担当の私もとても忙しくなったが、誇らしい思いが強かった。
これは一生の仕事だ、そう思っていた。
『コルボリット』もいつかは終わる作品ではあるが、発売は年に一冊ペースであるため、まだ完結はしておらず、ベルア氏もまだ数冊は続くと話している。
一番若いサリー様がいなくなるなんて考えたこともなかった。
だからこそ、サリー様の具合が深刻だと聞いた時、目の前が真っ暗になり、神様はいないのかと思った。もっと死んでもいい人間はいるはずだと、だがサリー様は絶対にそのようなことは思わない方だ。
王太子妃で翻訳家など異例中の異例だ、その上、小説家にもなるかもしれない。私にまだ頑張れと、最期に集大成という仕事を与えてくださった。何に変えても、成し遂げなくてはならない。葬儀の際に、そう誓った。
そして、評判が良かったらではなく、売れたらというのが妃殿下らしいと思った。
サリー様の書かれたのは『ミミとビビ』という冒険の物語。
少女ミミは、自身の大きさを変えられる賢い猫のビビに助けられながら、居場所のを見付けるために旅をする。
ミミとビビは互いに心の声を聞くことが可能で、あれだけ言語を操るサリー様は言葉ではなく、心の声とした。
ミミは出来ることも出来ないと言って、ミミはビビに甘えている。
ビビは仕方ないなと言いながらも、ミミを乗せたり、ミミの毛布になったり、ミミの涙を拭ったり、ミミのお世話をするのだ。ビビも頼られることで生き甲斐を感じて、お互いにかけがえない存在になる。
ミミは両親に育児放棄されて捨てられ、ビビは手の掛かるきょうだいに、一人でも大丈夫でしょうと置いて行かれて、ミミもビビも親に捨てられた者同士だった。
二人は文句を言いながらも、助け合って、二人の居場所を探し求め続けるというところで終わってしまう。
—もし、あなたの町に小さな女の子と少し大きな猫が現れたら、優しく見守ってあげてください—
最後にはそう書かれていた。
どうしても、サリー様を重ねて読んでしまうことは、許して欲しい。作者が自身を投影して描くことはあるが、飛び出すのことの出来ない立場から、物語の中でだけでも、冒険をしたのではないかと思ってしまう。
天才には天才の苦悩がある。それは凡人には分からないというのは、あまりに身勝手だと私は思っている。
サリー様は自身の記憶力について、こう言っていたことがある。
「折角、憶えたことを逃して堪るものかという思いが強いのかしらね」
「要らないとは思ったことはないのですか」
「あるわよ、でも失くしたらどうなるのか…私には何も残らないんじゃないかしら」
「私はサリー様が持つべき力であったと思います。きっと神様がサリー様になら与えてもいいと思った、そう思います」
「選ばれたのかしら」
「きっとそうです」
サリー様はそれなら有効に使わないとねと笑っていた。なぜあの時、私は神様などと言ったのか、神様がいるならば、あまりにその命を早く取り上げ過ぎではないだろうか。何かの間違いではないだろうか。
現実は無情に、サリー様はまるで身を引くようにこの世を去ってしまった。
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