上 下
164 / 203
番外編2

クオン・パトラー2

しおりを挟む
 もうサリー様と仕事が出来ない、それは私にとって絶望だった。妃殿下に出会ったのは、まだサリー・ぺルガメント侯爵令嬢だった頃だ。翻訳を頼みに行く学術書の編集者に、編集長に顔を売っておいて損はないと言われて、同行した際であった。

 そこに置いてあったのが『コルボリット』であった。

 アーガン王国で大人気だと聞いており、クオンも読んではみたかったが、ビアロ語で書かれているため、読むことは出来なかった。

「コルボリット…」
「あら?ご存知ですか?」
「はい、読んでみたいと思っていました」
「私もようやく、読めましてね」
「ビアロ語がお出来になるのですか」
「習いましたの、この本のために。もう面白くて、思い出しては心が躍りますの。本当は誰かとここが面白かったと、話したいところですけどね」

 当時は意味が分からなかったが、サリー様は実物の本を読み返さなくても、頭の中に全て憶えていたそうだ。

「この本も翻訳が出来るのですか」
「いえ、小説は学術書と違って、機微が難しいですから、私には向いておりません」

 確かに学術書はそのまま訳すことが正解である、だが小説となれば、国にあった言い回しが必要になる場合がある。ルアース・ベルア氏にも翻訳版の話は出ていたそうだが、翻訳では伝わらないことが不安だと難色を示していると有名であった。

 私は諦めきれず、ルアース・ベルア氏の担当にサリー様のことを文に書いて送った。すると、ベルア氏側から会ってみたいが、王太子殿下の婚約者ならば、なかなか会えないのではないかという問題になった。

 だがサリー様に伝えると、是非お会いしたいと、自ら無理をして、日程を調整をしてくれた。

 アーガン王国までは二日は掛かるため、中間地点であるソアート帝国で会うことになった。王家にも許可を得たため、護衛も付いて来たが、才女と呼ばれるサリー様がドキドキして眠れなかった、緊張すると少女のようであったことを覚えている。

 道中もカベリ語を母国語のように操り、言葉が通じず、困っている家族に通訳を買って出て、助けたりもしていた。その様子に、我が国の王太子妃になる方がこの方ならば、安泰だとも思いもした。

 そしてついにルアース・ベルアに対面することになった。ルアース・ベルア氏は、サリー様より、九つ年上の伯爵夫人。

 正直、ビアロ語で話されるために、会話の内容は分からなかったが、二人の楽しそうな顔にとても満足していた。

『サリー・ペルガメントと申します。お会いできて光栄です(ビアロ語)』
『こちらこそ、ルアース・ベルアです。これはお話以上ですね、偽りなく、阿ることもなく、美しいビアロ語です(ビアロ語)』
『恐れ入ります。素晴らしい教師に教えていただきましたので(ビアロ語)』

 サリー様は興奮した様子で、あの場面で隠されていたことが分かって、思わず本を置いて、胸に刻み込んだなどと、感想をずっと伝えていたそうだ。

 そして、ベルア氏が書いた言葉を一言一句間違えていなかったことは、担当者も分かっていなかったそうだ。

 気が付けば、翻訳を頼むことになっていた。サリー様は私などではと固辞したそうだが、あなたしかいないと口説かれ、サリー様ももっと多くの人に読んでもらいたいと、了承したという。

 しかも翻訳版はサリー様が話せる言語だけという条件まで付いていた。さすがにすべての翻訳は時間の関係上難しいために、サリー様が最終チェックを行うことになった。だが、トワイ語だけはサリー様自らが翻訳を行うことに決まった。

 ベルア氏は絶対に無理はしないことだけを約束させ、最後に分かれる際には、二人はまるで同志の様にすら見えた。

 それからも時折、ソアート帝国で二人は会って、ただお喋りをした。サリー様はベルア氏と過ごすこの時間が一番楽しくて、幸せだと言っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

処理中です...