上 下
163 / 203
番外編2

クオン・パトラー1

しおりを挟む
 病に倒れたサリーの私室に招かれたのは、クオン・パトラー。

 サリーとルアース・ベルアを引き合わせた編集者であった。クオンはパトラー子爵家の次男で、嫡男ではないため、出版社に勤めている。

 クオンも事前にサリーの容態は聞いている。

 部屋に入ると、ゆったりとしたドレスにソファに座ったサリーと、横には心配そうな顔の息子であるミーラ王子殿下が付いていた。

「わざわざ、ごめんなさいね。座って頂戴」
「お加減はいかがですか」
「あまり良くないわね、だから呼んだの」
「…それは」
「ルアース・ベルア様にも文を書いたわ、私がいなくなっても続けて欲しいと。大丈夫よ、きっと。それで私の小説を死後に発表して欲しいの。本当なら、感想を聞いてみたりしたかったけど、叶いそうにないから」

 クオンは苦渋に満ちた表情を浮かべたが、サリーは顔色は良くないが、いつもと変わらなかった。

 実はサリーは自身でも長編とまではいかなかったが、中編程度の小説を書いて、一年以上前にクオンに渡していた。

 ルアース・ベルア氏の話とは全く違うが、読んでいるとワクワクして頬が緩み、まさに編集者として、心が躍る話であった。忖度なく、是非出版しましょうと言ったが、サリーにもう少し待ってと言われて、延期していた。

「ここに私の小説の二十三ヶ国語、全ての翻訳があるわ。勿論、最終チェックはして頂戴ね。それで、もし売れたら翻訳版も出してもらいたいの。最期の我儘よ」
「二十三ヶ国語!?」

 紙の束が積んであるとは思っていたが、まさか翻訳版だとは思わなかった。

「ええ、トワイ語と合わせれば二十四ね」
「本当なら出版して、小出しにしていくつもりだったのだけど、難しそうだから、渡しておくわ。売れなかったら、捨てていいから」
「捨てるわけありません!頑張ります!絶対売れますから」
「死後って売れるっていうものね」
「母様、面白くない冗談です。誰も笑いません」

 皆、誰も言えないことをミーラ殿下が言ってくれて良かったと思った。

「そう?でも、私の集大成なの。こつこつ訳したのよ。後、絵ね、これを使って貰えないかしら」
「これは?」

 そこには鞄を持った少女と少し大きな三毛猫が描かれており、繊細なタッチではないが、細かく書き込まれ、柔らかく、優しさが伝わる、可愛らしい絵があった。

「描いて貰ったの。でも本人は表には出たくないと言うから、許可にサインが必要なら私が貰うわ」
「素晴らしいと思いますが」

 物語に沿った場面の絵もいくつかあり、とても躍動感にあふれており、おそらく読んだ上で描いて貰っていると思われる。作中に差し込めば、さらに物語は素晴らしいものになると思った。

「でしょう?私の名前と、彼女の名前を並べて、欲しいの。作サリー・オールソンと、絵フィラビ・ロエンって」
「どなたなのでしょうか?」
「私の大切な友人よ、でも詮索はしないで欲しいの」
「承知しました、早急に進めます」

 既に出版社には許可は得ており、どちらかというとサリー様の許可を待っていた状態であった。

「ありがとう、あともし、ビアロ語で出版されたら、この文をルアース・ベルア様に本と一緒に渡して欲しいの。お願い出来る?」
「勿論です。全て、厳重にお預かりします」
「無理を言ってごめんなさいね」
「いえ、契約書は明日、お持ちします」
「分かったわ」

 翌日には契約書が届けられ、サリーがサインをし、フィラビのサインは後日、クオンに届けられた。

 クオンは出版を急いだが、ある朝、弔いの鐘が鳴り響くと、クオンは動けなくなった。そのまま、涙が零れ落ち、年も性別も外聞も関係なく、声を上げて泣き、その様子に掛ける言葉が見付からなかった妻も静かに涙を流した。

 最期に交わした言葉は、私が言いたい言葉とサリー様らしい言葉だった。

「あなたに出会えて本当に良かったわ。これからもいい作品をたくさん世に出して、皆を幸せにしてあげてね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

お読みいただきありがとうございます。

えっ?誰と思われたかもしれませんが、
ちょこちょこ出ていたサリーの翻訳の担当者です。

彼には動いて貰おうと思っていたので、
サリーの死後をクオン目線で書いていきます。
その後に、別目線を書こうかなと思っております。

よろしくお願いいたします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻き戻り令嬢は長生きしたい。二度目の人生はあなた達を愛しません

せいめ
恋愛
「アナ、君と私の婚約を解消することに決まった」  王太子殿下は、今にも泣きそうな顔だった。   「王太子殿下、貴方の婚約者として過ごした時間はとても幸せでした。ありがとうございました。  どうか、隣国の王女殿下とお幸せになって下さいませ。」 「私も君といる時間は幸せだった…。  本当に申し訳ない…。  君の幸せを心から祈っているよ。」  婚約者だった王太子殿下が大好きだった。  しかし国際情勢が不安定になり、隣国との関係を強固にするため、急遽、隣国の王女殿下と王太子殿下との政略結婚をすることが決まり、私との婚約は解消されることになったのだ。  しかし殿下との婚約解消のすぐ後、私は王命で別の婚約者を決められることになる。  新しい婚約者は殿下の側近の公爵令息。その方とは個人的に話をしたことは少なかったが、見目麗しく優秀な方だという印象だった。  婚約期間は異例の短さで、すぐに結婚することになる。きっと殿下の婚姻の前に、元婚約者の私を片付けたかったのだろう。  しかし王命での結婚でありながらも、旦那様は妻の私をとても大切にしてくれた。  少しずつ彼への愛を自覚し始めた時…  貴方に好きな人がいたなんて知らなかった。  王命だから、好きな人を諦めて私と結婚したのね。  愛し合う二人を邪魔してごめんなさい…  そんな時、私は徐々に体調が悪くなり、ついには寝込むようになってしまった。後で知ることになるのだが、私は少しずつ毒を盛られていたのだ。  旦那様は仕事で隣国に行っていて、しばらくは戻らないので頼れないし、毒を盛った犯人が誰なのかも分からない。  そんな私を助けてくれたのは、実家の侯爵家を継ぐ義兄だった…。  毒で自分の死が近いことを悟った私は思った。  今世ではあの人達と関わったことが全ての元凶だった。もし来世があるならば、あの人達とは絶対に関わらない。  それよりも、こんな私を最後まで見捨てることなく面倒を見てくれた義兄には感謝したい。    そして私は死んだはずだった…。  あれ?死んだと思っていたのに、私は生きてる。しかもなぜか10歳の頃に戻っていた。  これはもしかしてやり直しのチャンス?  元々はお転婆で割と自由に育ってきたんだし、あの自分を押し殺した王妃教育とかもうやりたくたい。  よし!殿下や公爵とは今世では関わらないで、平和に長生きするからね!  しかし、私は気付いていなかった。  自分以外にも、一度目の記憶を持つ者がいることに…。      一度目は暗めですが、二度目の人生は明るくしたいです。    誤字脱字、申し訳ありません。  相変わらず緩い設定です。

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

処理中です...