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番外編1
エマ・ネイリー16
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トアストは普段は寮に戻るのだが、今日は友人と話したいので、伯爵家に戻ると文も出しておいた。セイルは何度か来たことがあるので、気を遣うことはないだろう。両親と兄夫妻に挨拶をすると自室に向かった。
使用人に食事と酒を用意して貰い、店でも良かったが、誰が聞いているか分からない場所で話すことは出来ないと判断した。
「まずは食べて飲んでくれ」
「ああ、すまない。美味しそうだ」
そう言いながら、グラスを取ろうとも、食事に手を伸ばそうともしない。
「とは言っても気になってしまうよな。だが冷めてしまうから、食べながら話そう」
「ああ、だが話せないことは話さないでくれ」
「それは勿論だ。公にされておらず、妃殿下に及ぶようなことは話せない」
エマ・ネイリーが王太子宮に突撃していたことは公にはなっていない。あのような非常識なものは公にして罰してしまえばいいと思ったが、王太子殿下も関わっているので、なかなかそうもいかないのだろう。
「その前に深い関係ではないんだよな?」
「勿論だ、本当に会えば話すだけの関係で、名前も自己紹介をされたから知っているだけで、聞き出したわけでもない」
「それなら良かった。考え込んでいるから、何かあるのかと思ってしまった」
「絶対にない。修道女は町の中にいれば、何となく分かるんだ。男性恐怖症の者もいると聞くから、そっと見守るようにしている。一人で外出をしているような修道女は特にな。その中の一人がエマ・ネイリー嬢だっただけだ」
エマは特別だと思っているが、セイルからすれば、一人で外出している何人かいる中の一人であった。
「どこから話せばいいか。成婚前に災害支援金を横領していた事件は分かるか?」
「ああ、新聞で読んだ程度だが」
「そうだよな、もう地方勤務になっていたんだよな。あの協力していたのがエマ・ネイリーだ」
「そうだったのか、協力者がいたことは知っていたが、名前までは知らなかった。だが、いい話となっているのではないのか」
既に王家や妃殿下を指示する人たちには美談の様には扱われていない、偽りだったとしても、妃殿下を傷付けたという遺恨を残してしまったからだ。
「そのやり方が不味かった。エマ・ネイリーは妃殿下を差し置いて、殿下と親しくしている令嬢として側にいたんだ。炙り出すためではあったそうだが、妃殿下は何も聞かされておらず、その間冷遇されていた。殿下も王家も今となっては、悪手だったと分かっている」
「そのような話を聞いた、トラップだったと」
「お二人は結婚されたが、仲睦まじいとは言えなかった。護衛としても、周りも気付くほどに、義務的だった」
妃殿下は知らされていなくて、怒ってらっしゃるからだと思われていたが、そうではない。殿下が一緒にいるのも苦痛なほどに、ただ嫌われたのだ。
「不仲の原因は明らかにあの不正の一件だと、エマ・ネイリーは敬遠されるようになった。まあ本人が気付いているかは分からないがな」
「だが」
「悪くないじゃないかと感じるだろう?セイルから見たエマ・ネイリーはどんな人に見えた?」
「普通だな、てっきり傷付けられた方の令嬢だと、本人もそう言っていた」
背は大きかったが、これと言って他に特徴のない普通の令嬢だと思った。
「ふざけやがって!」
いつも穏やかで、人懐こいトアストが拳を握りながら顔を顰める様子に、余程のことをしたのだと感じた。
「だからセイルはまさかという顔をしたのか」
「実はそうだ。悪いことをしたようには見えなかった」
「あの女はな、俺が護衛になったのは結婚後だが、不正の事件後に当時婚約者だった妃殿下に説明に行った際に、"あなたの代わりをしていたのです”と言ったそうだ。どれほど重い言葉なのか、妃殿下の功績を見れば、分かるだろう?」
「っ」
「おそらく、何も考えずに使った言葉だろうがな。妃殿下の代わりだと言われても、周りにも認めている。だから無自覚、無意識に人を傷付けているんだよ」
使用人に食事と酒を用意して貰い、店でも良かったが、誰が聞いているか分からない場所で話すことは出来ないと判断した。
「まずは食べて飲んでくれ」
「ああ、すまない。美味しそうだ」
そう言いながら、グラスを取ろうとも、食事に手を伸ばそうともしない。
「とは言っても気になってしまうよな。だが冷めてしまうから、食べながら話そう」
「ああ、だが話せないことは話さないでくれ」
「それは勿論だ。公にされておらず、妃殿下に及ぶようなことは話せない」
エマ・ネイリーが王太子宮に突撃していたことは公にはなっていない。あのような非常識なものは公にして罰してしまえばいいと思ったが、王太子殿下も関わっているので、なかなかそうもいかないのだろう。
「その前に深い関係ではないんだよな?」
「勿論だ、本当に会えば話すだけの関係で、名前も自己紹介をされたから知っているだけで、聞き出したわけでもない」
「それなら良かった。考え込んでいるから、何かあるのかと思ってしまった」
「絶対にない。修道女は町の中にいれば、何となく分かるんだ。男性恐怖症の者もいると聞くから、そっと見守るようにしている。一人で外出をしているような修道女は特にな。その中の一人がエマ・ネイリー嬢だっただけだ」
エマは特別だと思っているが、セイルからすれば、一人で外出している何人かいる中の一人であった。
「どこから話せばいいか。成婚前に災害支援金を横領していた事件は分かるか?」
「ああ、新聞で読んだ程度だが」
「そうだよな、もう地方勤務になっていたんだよな。あの協力していたのがエマ・ネイリーだ」
「そうだったのか、協力者がいたことは知っていたが、名前までは知らなかった。だが、いい話となっているのではないのか」
既に王家や妃殿下を指示する人たちには美談の様には扱われていない、偽りだったとしても、妃殿下を傷付けたという遺恨を残してしまったからだ。
「そのやり方が不味かった。エマ・ネイリーは妃殿下を差し置いて、殿下と親しくしている令嬢として側にいたんだ。炙り出すためではあったそうだが、妃殿下は何も聞かされておらず、その間冷遇されていた。殿下も王家も今となっては、悪手だったと分かっている」
「そのような話を聞いた、トラップだったと」
「お二人は結婚されたが、仲睦まじいとは言えなかった。護衛としても、周りも気付くほどに、義務的だった」
妃殿下は知らされていなくて、怒ってらっしゃるからだと思われていたが、そうではない。殿下が一緒にいるのも苦痛なほどに、ただ嫌われたのだ。
「不仲の原因は明らかにあの不正の一件だと、エマ・ネイリーは敬遠されるようになった。まあ本人が気付いているかは分からないがな」
「だが」
「悪くないじゃないかと感じるだろう?セイルから見たエマ・ネイリーはどんな人に見えた?」
「普通だな、てっきり傷付けられた方の令嬢だと、本人もそう言っていた」
背は大きかったが、これと言って他に特徴のない普通の令嬢だと思った。
「ふざけやがって!」
いつも穏やかで、人懐こいトアストが拳を握りながら顔を顰める様子に、余程のことをしたのだと感じた。
「だからセイルはまさかという顔をしたのか」
「実はそうだ。悪いことをしたようには見えなかった」
「あの女はな、俺が護衛になったのは結婚後だが、不正の事件後に当時婚約者だった妃殿下に説明に行った際に、"あなたの代わりをしていたのです”と言ったそうだ。どれほど重い言葉なのか、妃殿下の功績を見れば、分かるだろう?」
「っ」
「おそらく、何も考えずに使った言葉だろうがな。妃殿下の代わりだと言われても、周りにも認めている。だから無自覚、無意識に人を傷付けているんだよ」
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