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矛盾
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サリーとルイソードの間には何とも物悲しい沈黙があり、侍女がヒュっと息を吸う音が聞こえ、護衛は力が入り、噛み締めて立っているようであった。
「とっても矛盾しているでしょう?一つは生きようとしているけど、一つは終わろうとしている」
「お辛かったのでしょう」
「そうね、もし私が死んだら、皆が理由を探す。王太子の婚約者、私は翻訳家としての顔もあります。誰か死んだ私の代わりに非難してくれるのではないか、ルアンナだけではないけれど、理由の一つにはなるのではないかとね」
「そうなって、当然だと思います」
否定する理由が全く思いつかないほど、最悪の復讐になったことだろう。
妃殿下を失えば、王太子の婚約者はいなくなり、目ぼしい令嬢もいなかったはずだ。妃殿下がいることで、令嬢が皆、諦めたと言われていた。そもそも三ヶ国語が難題である上に、妃殿下は別の言語も出来ると聞いている。諦めていなかったのは、ルアンナのような愚かな者だけだろう。
国外からも非難の的だっただろう。『コルボリット』がいい例だ、翻訳本はもう発売されることはないかもしれない。トワイ語の翻訳はサリー自身が行っている。下手したら、ファンが暴動を起こすかもしれない。
「後は私への暴言や診断書、全部まとめて暴露本にして、それを残してやろうかとも思ったのよ。死んだ後で発売されたら、皆、非難されて、酷い目に遭えばいいと思ってね。性格が悪いでしょう?」
「いいえ、そう思わせた者が悪いと思います」
「言い返せば、こんなに助長しなかったのかしらね?何を言っても聞く耳を持たない者に何を言えば良かったのかしら?面倒だと思う方が強くなってしまって」
サリーは必要以上に言い返すことはなかった、相手に響いていないことが分かるからだ。卑猥なことを言う者は、特に何を言えばいいか分からなかった。その姿を見て、皆、嘲笑っていた。
悲しい、悔しいというよりは、なぜ私はこんな目に遭わなくてはならないのかという疑問であった。両親からも王太子妃にならないと意味がないと怒られ、王家も前陛下が存命の頃は、現陛下に苦言を呈してくれて、無理を言うことはなくなったが、王妃は所有物のように扱い、殿下も時が経つと同じようになっていった。
だから、王妃がティファナ先生に劣等感があったとは思わなかった。頑なに代理を男性にしていた理由も、ティファナ先生を立てたくなかったからだったのだろう。指名されていたら、どうなっていたのだろう。
ティファナ先生は真摯に取り組んでいた。ルアンナをそれこそ不正で横やりを入れることも、出来たのではないだろうかと思うが、一切しなかった。
「妃殿下のせいではありません。何か、留まるきっかけがあったのですか」
「いくつかあるけど、私の翻訳を楽しみにしているという言葉が大きいわね。なのに、素晴らしい書物と、私の暴露本が一緒に並べられる可能性も嫌だったの」
私を救ってくれたのは間違いなく、『コルボリット』であった。ルアース・ベルア様との出会いは、私をこの世に留めてくれるものだった。素晴らしい才能だと言われたことはあったが、ルアース様は記憶力のことを『辛いことも多いかもしれない、でも楽しいことを増やしましょう』と言ってくれたのだ。
「あとは、何も起こらないこと。病死ということにされて、おしまい。私はもういないのだから、何も反論できない」
王家とペルガメント侯爵家で、全て揉み消される可能性もあった。何もなかったかのように、あんな人もいたわねとなったかもしれない。
「そうはならなかったと思いますが、留まってくださって良かったです。アズラー侯爵夫人がもしもという例えで、身体が不自由になっていたり、自害されていたらと、おっしゃっていました…」
「さすが、ティファナ先生ね。きっと誰も気付かない、私に蓄積された毒のようなものだったように思います」
「何か、力になれることがあれば、おっしゃってください。クリジアン公爵家は妃殿下の味方です」
「ありがとうございます、心強いですわ。頼らせていただきますね」
殿下はクリジアン公爵家の信頼を失ったが、妃殿下の味方にはなることだろう。
「とっても矛盾しているでしょう?一つは生きようとしているけど、一つは終わろうとしている」
「お辛かったのでしょう」
「そうね、もし私が死んだら、皆が理由を探す。王太子の婚約者、私は翻訳家としての顔もあります。誰か死んだ私の代わりに非難してくれるのではないか、ルアンナだけではないけれど、理由の一つにはなるのではないかとね」
「そうなって、当然だと思います」
否定する理由が全く思いつかないほど、最悪の復讐になったことだろう。
妃殿下を失えば、王太子の婚約者はいなくなり、目ぼしい令嬢もいなかったはずだ。妃殿下がいることで、令嬢が皆、諦めたと言われていた。そもそも三ヶ国語が難題である上に、妃殿下は別の言語も出来ると聞いている。諦めていなかったのは、ルアンナのような愚かな者だけだろう。
国外からも非難の的だっただろう。『コルボリット』がいい例だ、翻訳本はもう発売されることはないかもしれない。トワイ語の翻訳はサリー自身が行っている。下手したら、ファンが暴動を起こすかもしれない。
「後は私への暴言や診断書、全部まとめて暴露本にして、それを残してやろうかとも思ったのよ。死んだ後で発売されたら、皆、非難されて、酷い目に遭えばいいと思ってね。性格が悪いでしょう?」
「いいえ、そう思わせた者が悪いと思います」
「言い返せば、こんなに助長しなかったのかしらね?何を言っても聞く耳を持たない者に何を言えば良かったのかしら?面倒だと思う方が強くなってしまって」
サリーは必要以上に言い返すことはなかった、相手に響いていないことが分かるからだ。卑猥なことを言う者は、特に何を言えばいいか分からなかった。その姿を見て、皆、嘲笑っていた。
悲しい、悔しいというよりは、なぜ私はこんな目に遭わなくてはならないのかという疑問であった。両親からも王太子妃にならないと意味がないと怒られ、王家も前陛下が存命の頃は、現陛下に苦言を呈してくれて、無理を言うことはなくなったが、王妃は所有物のように扱い、殿下も時が経つと同じようになっていった。
だから、王妃がティファナ先生に劣等感があったとは思わなかった。頑なに代理を男性にしていた理由も、ティファナ先生を立てたくなかったからだったのだろう。指名されていたら、どうなっていたのだろう。
ティファナ先生は真摯に取り組んでいた。ルアンナをそれこそ不正で横やりを入れることも、出来たのではないだろうかと思うが、一切しなかった。
「妃殿下のせいではありません。何か、留まるきっかけがあったのですか」
「いくつかあるけど、私の翻訳を楽しみにしているという言葉が大きいわね。なのに、素晴らしい書物と、私の暴露本が一緒に並べられる可能性も嫌だったの」
私を救ってくれたのは間違いなく、『コルボリット』であった。ルアース・ベルア様との出会いは、私をこの世に留めてくれるものだった。素晴らしい才能だと言われたことはあったが、ルアース様は記憶力のことを『辛いことも多いかもしれない、でも楽しいことを増やしましょう』と言ってくれたのだ。
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「そうはならなかったと思いますが、留まってくださって良かったです。アズラー侯爵夫人がもしもという例えで、身体が不自由になっていたり、自害されていたらと、おっしゃっていました…」
「さすが、ティファナ先生ね。きっと誰も気付かない、私に蓄積された毒のようなものだったように思います」
「何か、力になれることがあれば、おっしゃってください。クリジアン公爵家は妃殿下の味方です」
「ありがとうございます、心強いですわ。頼らせていただきますね」
殿下はクリジアン公爵家の信頼を失ったが、妃殿下の味方にはなることだろう。
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