上 下
40 / 203

崩落

しおりを挟む
 正気なのはサリーだけという、あまりに混沌とした状態に奮い立たせたクリコットが願い出ることにした。

「妃殿下、殿下に話をするチャンスを与えてはいただけませんか」
「私は特に話すこともないのだけど」
「私にはある、お願いだ…」

 殿下は座ったままではあるが、頭を深く下げており、表情は分からないが、頭を上げる気配すらない。

「アズラー夫人は娘さんを連れてお帰りいただけますか。今日のことは、そちらも関係者ですから、どうされるか結論を出されるべきでしょう」
「はい、夫と相談いたします」

 アズラー夫人は無言で深くサリーに頭を下げて、まともに歩けないルアンナを支える気もなく、しっかり歩きなさいと叱咤しながら連れ帰って行った。

 クリコットとリビアナも席を外し、部屋にはサリーとリール殿下だけとなった。

「すまなかった、謝罪を受け取らないと言われたのに、謝罪しか出来ない。知っていたのだな、彼女にも婚約者がいたが、私にもサリーがいたのに…あのような言葉も、サリーが言われていい言葉ではない」

 サリーは聞いてはいるが、まるで興味のない顔をしている。

「私が欲に負けて、愚かだったとしか言いようがない。傷付けてすまなかった。逆だったらと考えれば、答えは簡単に出るはずだった。私に出来ることは何でもする。許して欲しいと言ったりはしない」
「何でも?」
「ああ、希望があれば言って欲しい。父上に全て話して許可を取る」
「そうね、籠の中で出来ることは限られるけど、翻訳を最優先にしたいわね。いずれは全てレベッカ様にお任せしようと思っているわ、どうかしら?」

 レベッカは頑張ってはいるようだが、出来ると言っていたノワンナ語ですら躓いて、まだ残りの二ヶ国語は学んでもいないと聞いている。

「国際会議は…」
「ええ、国際会議は後任が現れるまでは出ましょう」
「ありがとう」

 国際会議では、サリーは通訳はもちろんのこと、それぞれの発言を議事録にまとめる役を担っており、代理では到底出来ない。

「代理はもう立てなくていい、サリーは出たくない時は欠席でいい。文句は言わせない。私と並ぶのも苦痛だろう」
「そうね、ルアンナの次もいたのですけど、欠席でいいなら仕方ないわね。皆、快く受けると思ったのに、押し掛けられて、時間を取られるとは思わなかったわ」
「次は、誰だったんだい?よければ、誰か教えて貰えるか…」
「カリー・カイサック」
「えっ」
「今は、結婚してカリー・ロイルね」
「男爵令嬢がサリーに酷いことを言ったのか、あり得ないだろう」

 カリー・カイサックは一つ年下の男爵令嬢だった、現在はロイル子爵家に嫁いでおり、学園でも夜会でもサリーが顔を合わせることもまずないと考えていいはずだ。

「ねえ、そろそろ気付いたら?」
「どう、いう、意味、だい?」

 サリーが口角だけを上げ、不敵な笑みを浮かべているのを初めて見て、背中に嫌な汗が流れた。

「グリズナー夫人、ミアローズ・エモンド、ルアンナ・アズラー、ミアローズの前に男爵令嬢のマリーズ・ヒルダが本当はいたのよ?」
「っな、まさか…」
「ふふふ、私が王太子妃に相応しいと発言した人物で、どういう並びで代理にしようかと思っていたの。だから、あなたを基準に並べたら丁度良かったの」

 グリズナー夫人は閨の教育担当だった、ミアローズは興奮剤のせいだと、ルアンナは最後までしていないと、頭のどこかで言いわけをしていた。

「私が不貞を行った相手…だと言うのか。だが、ミアローズのことは公にされていないはずだ、どうして…」
「全員、隠されていたはずの間違いでしょう?」
「ああ、そうだな…だが、ミアローズのことは私の責任ではない。知っているなら、あれはミアローズに襲われたのだ」
「でもミアローズにマリーズのことで脅されたでしょう?だから出入り禁止にはなったけど、罰されることはなかった、そうでしょう?」
「どこまで知っているんだ…」

 思わず口から出ていた、情報はサリーの記憶力とは関係がない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

私のウィル

豆狸
恋愛
王都の侯爵邸へ戻ったらお父様に婚約解消をお願いしましょう、そう思いながら婚約指輪を外して、私は心の中で呟きました。 ──さようなら、私のウィル。

処理中です...