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 誕生祭の翌日、サリーはいつものように起き、誰かに誕生祭の様子を尋ねることもなく、孤児院の担当者を呼んでいた。

「孤児院の木が倒れた屋根は、あのままなのよね?」
「あっ、はい」

 孤児院の側にあった大きな木が倒れて、屋根に穴が開いてしまい、屋根を全て取り換えるべきだが、修繕費は穴を塞ぐ分しか出ず、応急処置のような状態である。

「見積もりの修繕費を王太子妃費から出しますので、依頼をして貰えるかしら」
「でも」
「代理のおかげで、誕生祭分のドレス代が掛からなかったから、然るべきところに使うだけよ。お願い出来るかしら?」
「承知しました。妃殿下、ありがとうございます」
「感謝されるようなことではないわ」

 サリーに代理の費用を負うことはない。誕生祭のドレス代となれば、一着では済まないため、大きな額になる。それが全て掛からなかったことになり、屋根の費用に充てようと考えていた。私費を出すことも可能ではあるが、王太子妃費なら何に使ったか明らかに出来るため、大変都合がいい。

「絵本もとても喜ばれていると聞いています」
「それは良かったわ」

 サリーは外国語の簡単な日常会話の本を絵本として出版しており、買い取って孤児院に配っている。子どもは遊びで覚えるので、売り上げもいい。

 リール殿下は次の公務である学会発表会にも、サリーは再び代理を立てるのではないかと、不安に思っていたが、サリーは代理を提案することすらなく出席した。出産後初めての公務となったが、サリーは変わらず、質疑応答の通訳も担当するなど、存在感を知らしめることになった。

「出席してくれてありがとう、サリーの有難さが身に染みたよ」
「さようですか」

 サリーは発表内容については意見を交わすも、殿下にも誕生祭のことは一切聞くこともなかった。そして、毎年、おめでとうございますとだけは言ってくれていたのに、それすら言われていない。

 誕生日の贈り物も結婚してから、サリーに『無駄ですから止めましょう』と言われて、殿下もそれなら別にいいと意固地にもなってしまい、一度も行われていないことを今さら後悔していた。

 サリーの誕生日はまだ先だが、何が良いきっかけになるような贈り物をと考えていると、マリーヌ王女の祝いに訪れた王太子夫妻のいるルーゴ王国での式典に、サリーは王太子妃代理の指名を行った。

 ミーラ王子の誕生の際は、サリーが出て行くなどと慌ただしかったため、訪問を断っていた。ゆえに今回はサリーと訪問したかったのだが、代理の名前に殿下は三度驚くことになる。

「ルアンナ・クリジアン!?」

 王太子妃教育の担当のティファナ・アズラーの娘で、殿下とサリーとも同級生で、現在はクリジアン公爵家の嫡男に嫁いで、娘を産んでいる。

 代理の理由の欄には六年前の四月八日に『本来なら、私がリール殿下の婚約者でしたのよ』、同七月二十三日に『そろそろ身の程を弁えたかしら、私が正妃になりますから、あなたは病気になったとでも言って下がりなさい』

 翌一月七日に『語学力だけではどうにもならないこともあるのよ?その点、私は全てに置いて優れているの。だから身を引きなさい』

 五年前の四月十日に『仕方ないので、婚約はしましたけど、いつでも殿下に嫁ぐ心積もりですから』

 四年前の十月十七日に『エマ・ネイリーなんかに取られるなんて、さっさと私に譲れば良かったのよ!結婚式は決まっているけど、王家から話があれば、私がやっと然るべき場所に就けるということね』と発言された為と書かれていた。

「嘘だろう、彼女がこんなことを言っていたのか…ルイソード殿もこんなこと知ったら、気分を害するだろう」

 殿下から見たルアンナは、今も昔も真面目で礼儀正しい令嬢であった。ルイソードはルアンナの夫で、殿下より二つ年上である。

「アズラー夫人はご存知なのでしょうか」
「ま、まさか、アズラー夫人も嫌がらせを?」

 今まで考えたこともなかった、アズラー夫人はサリーの優秀さを誰よりも認め、誇らしいという素振りであった。それが娘より優秀であることを妬んでいたとしたら、見え方が大きく変わることになる。

「…あり得るかもしれない。母上もサリーに口止めをしていたが、ティファナもそうだと言っていた」
「アズラー夫人は正しい人だと思っておりましたが、殿下と同い年の娘がいたら、殿下の妻にと考えそうではありますね」
「父上の妻になりたかったのだろうか。私は勝手に興味がないのだと思っていたが、そうではなく、母上が妨害していて、不満に思っていたとしたら。アズラー夫人を呼び出してくれるか、代理のことも既に知っているかもしれないな。サリーの元へ行く前に、私のところに来るように手配してくれ」

 アズラー夫人ならサリーに会いに行くことは容易である。

「承知しました。あと、妃殿下は代理で浮いたドレス代を、孤児院の屋根の修繕費に充てたようです」
「そうか、サリーらしいな」
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