【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ

文字の大きさ
上 下
32 / 203

誕生祭3

しおりを挟む
 ファラス大臣夫妻が立ち去ると、ミアローズはリール殿下を無理やり引っ張って、壁際に連れて行った。今日の主役に何事かというべきところだが、大臣夫妻の言葉はほとんど分からなくとも、指摘を受けたことは明らかだ。

 自分を高く見積もり過ぎた末路のようなミアローズを好意的に思っているのは、家族と同様の思考を持つ僅かな友人だけである。

「ちょっと、リール。私は王太子妃の代理なのよ!ちゃんと私を引き立たせて」

 主役に引き立たせてとは相変わらずで清々しいほどだ。今日のミアローズには友人以外の人が寄って来てはいなかった。昔なら、何も知らない男性が話をしたい、ダンスをしたいと押し掛けていたが、陰湿な性格が露呈して、傲慢さを隠さなくなってしまったのだろう。

「君は大臣夫妻が誰か分かっていて、話していたんだよな?ちゃんと出席者の名前は入っているんだよな?」
「当たり前でしょう」
「では、なぜ皇帝陛下の名が出ているのに、わざわざ割り込んで来たんだ?」
「こ、皇帝?そんなの訳されなかったわ」

 アントアとは夫人の弟である皇帝の名前で、ファラス夫人は元皇女である。おそらく、それすら分かっていないようだが、説明する気にもならない。

「だから何だ?通訳のせいにするのか?彼は訳していたぞ、聞こえなかったとでも言うつもりか?」

 美形の通訳は二人は台無しの酷い顔色で、居場所がなく、オロオロしており、通訳を引き受けたことを後悔しているだろう。

「私は念のため、公爵に伝えたはずだ。君に合わせる気はないと。王太子妃と同じように扱っている、それが望みだろう?」
「何よ、女性には優しくするのが務めでしょう?」
「はあ…君にはうんざりだ。もうこれ以上、恥を掻く前に帰りなさい」
「嫌よ!折角、私に一番相応しいの場所にいるのよ。元々はここは私の場所だった、そうでしょう?」
「そんなこと一度もない。不敬罪としてもいいが?」
「待って、落ち着きなさいよ」
「次に粗相をした時点で公爵に言って、帰らせる。いいな?」
「もうしないわよ」

 立ち振る舞いは公爵令嬢なだけあって美しいが、母国の貴族でソアート帝国の大臣夫妻を不快にさせた相手と仲良くなりたい者などいないだろう。

「王太子殿下、本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます」

 そんな中、声を掛けてくれたのは、隣国であるフアラ王国の外交担当のシューリンダー大臣である。二つ年上で、何度か会っており、男性なのにどこか妖艶さを漂わせている。以前、本人が母親に生き写しで、女顔なんですと言っていたが、案の定、ミアローズも横で目を輝かせている。

「初めまして、ミアローズ・エモンドと申します」
「初めまして、リアスト・シューリンダーと申します。すみません、あまり発音が良くないとオモイマスガ、ご容赦ください」
「とんでもない、とてもお上手ですわ」
「ありがとうございます。なかなかミニ付かず、苦労しております」
「まあ、でしたら私がご指導いたしましょうか」
「あなたは、ゴガクを教えてらっしゃるのですか」
「ええ、はい、そうですの」

 殿下は間違いなく虚偽で、これで退場だと判断するも、大臣に時間を取らせるのは申し訳ないが、仕方ない。

「そうでしたか、それは、えっと、」
『ノワンナ語で大丈夫ですよ(ノワンナ語)』
『王太子殿下、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。大変失礼しました。教職の方でしたか、それは何ともお恥ずかしい。どう憶えるのが一番良いのでしょうか(ノワンナ語)』
「…」

 ミアローズはシューリンダー大臣を見つめたまま、何も答えず、通訳も黙ったままで訳す気配がない。

「エモンド公爵令嬢!」
「えっ、ちょっと早く訳しなさい」
「私は分かりません」「私も分かりません」
「何でよ!」
「エモンド公爵令嬢がノワンナ語は大丈夫だと仰ったからではないですか」

 殿下にも通訳を紹介されていないので、聞く気もなかったが、だから通訳が二人だったのかと納得した。一人が二ヶ国語話せるのかとも思ったが、そうではなかったらしい。三人連れていれば、いかにも三ヶ国語話せないと言っているようなものだったが、そこまで頭が回るとは思えない。顔で選んだだけだったのだろう。

 ミアローズに外国語が話せるはずがないのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

貴方の運命になれなくて

豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。 ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ── 「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」 「え?」 「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

処理中です...