上 下
28 / 203

慚愧

しおりを挟む
 グリズナーは離縁されても仕方ないと思っていたが、別邸に移るだけでいいとは思わなかった。メイドは必要外は来なくなってしまったが、場所が変わっただけで、娯楽はないが、特に困ることもない。

 毎日、同じ生活である。そんな日々を過ごしていると、社交界から追放されただけで、邸では今まで通りでも良いのではないかと思い始め、思い切って夫に話したいことがあると呼んで貰うことにした。

「あの、大人しくしますから、本邸で暮らすことは出来ませんか。娘も寂しがっているのではありませんか」
「君は反省していないのか?」
「反省しております、ですが邸では今まで通りでも良いのではありませんか」
「はあ…」

 これを読みなさいと手渡された紙には、グリズナーがサリーを蔑んだ言葉が敷き詰められていた。確かに一度や二度ではない、会う度に言っていた。でも皆も言っていたのではないか。一緒にいた者もクスクス笑っていたではないか。なぜ私だけが今さらこんな目に遭うのか。

「っな、これを妃殿下が?酷い…」
「酷い?どちらのことを言っているんだ?まさか自身の事ではないだろうな?」
「あの、いえ、でも今さらバラさなくたっていいとは思いませんか」
「は?私は謝罪を兼ねて、聞きに行ったんだ。それがこれだよ、棘どころか、棘しかない言葉、蔑んでしかいない言葉。吐き気がしたよ。閨の教育の担当だったのも、殿下から伺った。それで己惚れたのか?殿下は恥だと言っていたよ、私も君は恥だ」

 まだ足りずに送られてきたのかと思っていたが、まさかわざわざ会いに行っていたとは思わなかった。

「…そんな、でも私も若くて」
「六年前、二十五歳の未亡人。若くてという言葉を使える年齢か?よくも十五歳の妃殿下にそんなことが言えたものだ。妃殿下はどんな顔をしていた?」
「でもこれが全て真実だとは」
「嘘を書いて妃殿下に何の得がある?それとも私に事実か聞いて回れと言うのか?」
「私に復讐を」
「されても仕方ないことを言っているではないか!君にはこの紙を妃殿下の前で読まされた私の気持ちが分かるのか!」

 トラス伯爵がグリズナーに声を荒げたのは初めてのことであった。静かに反省していれば、全てを受け入れれば、このまま見届けようと思っていたが、これで間違いなくグリズナーが言ったのだと確信出来た。

「っひ!」
「妃殿下は記憶力がいい、ずっと君のこの汚物のような言葉を忘れられないということが分からないのか!」
「汚物…でもそれは、私も夫を亡くして」
「夫を亡くしたから、妃殿下を蔑んでもいいと言う決まりがあるのか?あと王太子殿下のことも勝手に名前を呼んでいたそうだな?許可を出していないと仰っていた。もし、君のせいで婚約を解消になっていたら、君は責任が取れたのか?」
「…それは」

 当時、拗れるのではないかと期待したが、何も起こらなかった。結局は結婚し、側妃を娶った時も、やはり魅力がなかったのだとほくそ笑んだのだ。咎められるようなこともなかったのだからと、またサリーにも嫌味を言った、しっかり書かれている。責任を追及されていたかもしれないなどと考えたこともなかった。

「それほどのまでのことをしたんだよ。交流会のことも聞いた、しっかりと名前が載っていたよ」
「あの時は、その、具合が悪くて」
「仮病だろう、殿下も妃殿下も分かっている。まあ、出すことはなかっただろうな。殿下の恥でしかない。君の選択肢は黙ってここにいるか、実家に帰るかだけだ。どちらにせよ大人しく、反省すること以外、君に与える気はない」
「実家…」
「連帯責任として、ご実家にも事情を話してある」
「あっ、あああ、その紙は…」
「ご両親にも読んでいただいた。義母上は自分たちの責任だと仰っていたよ。私の母も同じ女性として、軽蔑すると言っていた。そして君の発言はいずれ子どもたちにも見せる」
「待ってください、それだけは…お願いです」

 グリズナーは義息子は無理でも、いずれ娘が助けてくれるはずだと心のどこかで思っていた。伏して頭を下げたが、トラス伯爵は冷めた目で見つめるだけだった。

「あの子たちには知る権利があるだろう?なぜ君は追放されたのか、自分の娘が同じように十歳も年上の女性に言われたらどう思う?しかも君は子爵令嬢、伯爵夫人でしかなかったのに、よくも侯爵令嬢に王太子妃殿下に言えたものだな?君が出来ることは妃殿下に心から謝罪し、反省することだけだ」

 グリズナーは再び、崩れ落ちることになり、その後はただ静かに過ごした。才女と呼ばれるサリーを見下すことでの得る一時の快感で全てを失った。

「マリーズは…仕方ないわね。となると、次はミアローズ・エモンドね」

 サリーは再び、次の矢を放とうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...