【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ

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反省

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 重苦しい空気、長い沈黙を破るように、リール殿下はぽつりと話し始めた。

「なぜ、サリーは一度も私に言って来なかったのだろうか」
「内容も内容ですから、言いにくかったのではないでしょうか。聞かれても殿下は真実を話されましたか?」

 クリコットは当時の殿下ならば、誤魔化したのではないか。謝罪ではなく、放って置け、気にするなとでも言ったのではないかと思う。

「…しかし私の耳には一切入っていない。注意すらされていないんだ」
「誰かが止めていたと?」
「そうではないかと思う」
「妃殿下の母君でしたら、止めるかもしれませんね。あの夫妻は王太子妃になる娘だから、価値があると思ってらっしゃいますから」

 サリーの両親のペルガメント侯爵夫妻は、なぜあんな才女が生まれたのかと聞きたくなるほど、高位貴族とはこうあるべきだというのを体現しているよく似た夫妻で、分かり易く上には媚びへつらい、下は見下し、偏見も酷い。

「ああ、そうだな。サリーは夫妻に一切、トワイ語を使わないんだ。話しているけど、分からない。サリーならではの復讐なんだろうな」
「あっ、ああ!!」

 クリコットは立ち上がり、なぜか片腕を振りながら、急に大きな声を上げた。

「なんだ?どうした?」
「私もです。この前、代理の件で伺った際に全てノワンナ語でした」
「警告だろうな、次は違う言語になるぞという」
「ようやく、意味が分かりました」
「だが、私は責任を取らなくてはならない。サリーが傷付き、記憶が良いばかりに一生、傷付いた言葉を抱えて生きていくんだ」
「そうですね、おそらく全て裏を取れば、事実だと分かるでしょう」
「私こそが驕っていたのだな。代理をどうするかだな、下げることがない以上、欠席とするか。父上と母上に相談してみるよ」

 両陛下に時間を取ってもらうことになった。交流会の一件は話してあり、母上はサリーが出ればいいじゃないかと不満そうだったが、父上は産後なのだから特に問題にはならないだろうと、大事には至らなかった。

 サリーが王家に入ってからも、国王夫妻と家臣という立場から変わっておらず、一線を引いた関係性である。

「グリズナー・トラスが結婚前に自分が相応しいだけでなく、幾度となくサリーを蔑んでいたことが分かりました」
「そうだったのか」
「閨の教育のこともサリーに聞かせていたようで、サリーは全て憶えておりました。記憶力が良いばかりに、一生抱えて行かなくてはならない。それにすら気付いてもいませんでした」
「確かに、そうだな。良きことの様で、そのような弊害もあるのか」

 陛下もサリーの功績で、恩恵を受けている。自身もあれだけ記憶力が良ければと考えることはあっても、辛さなど想像したこともなかった。

「はい、サリーはそのようなことを言われても、一度も私には言ってくれませんでした。信用されていなかったのは勿論ですが、サリーの親が止めていたのかもしれません。辛い思いをさせてしまいました。サリーにとっては極めて不快な記憶でしょう、どうやって償えばいいのか」

 殿下は母親である王妃が一瞬、瞳を動かしたことに気付いた。もしかしたらと思っていた、サリーは母より王妃に相談するのではないかと、あの反応は当たりだ。

「どうしましたか、母上」
「いえ、何でもありませんわ」
「何かご存知なのですか」
「いえ、私はあなたのためを思ってだったのよ。サリーから聞いていたの。女性から殿下との関係を匂わされるのですが、どうすればいいのかと…」
「何と言ったのですか」
「だから、そんなことは黙って堪えなさいと、リールは尊い存在なのだから、責めたりしてはなりませんと」

 一番気持ちが分かる存在の言う台詞なのだろうか。側妃と娶ることも積極的に賛成したのは王妃であった。それが実は騙されて、足りないレベッカだったことが、今となってはお似合いである。

「なぜですか、悪いのは私ではないですか」
「でもあなたは唯一の子よ、そんなことで拗れたら、困るじゃない」
「サリーがいなくなっても困ったでしょう!」
「でも、サリーは侯爵家が何とかするって言うものだから、でも私だけじゃないわ。ティファナだって、同じことを言っていたはずよ」
「ああ…だからサリーは誰にも言わなかったんだな」

 サリーの心に寄り添ってくれる者は誰もいなかった。王太子妃教育と、侯爵家の教育で、クラスメイトと話す時間はあっても、友人を作ったところで、過ごす時間すらなかったと言っていたことを思い出した。
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