上 下
23 / 203

破壊

しおりを挟む
 グリズナー夫人は崩れ落ち、そのままサリーに向かい、膝をつき、床に頭を付けて謝罪している。

 過去の言葉だとしても、自分が驕り、対象であった殿下の前で暴露にされるのが、こんなに恥ずかしいことだったとは想像していなかった。自身と妃殿下の言葉のどちらを信じるか、聞かなくても分かることだ。

「妃殿下を妬み、驕っていたのだと今なら分かります。申し訳ございませんでした」
「そう、でしたら代理、お願いね」
「えっ、いえ、私には出来ません」
「なぜ?」

 サリーは首を傾け、心底不思議な顔をしている。

「サリー、私に誕生祭に他人の夫人を伴えというのか、伯爵に何て説明する?」
「伯爵には私が説明しますわ」
「困ります…夫には何も話していないのです」
「夫人の言ったことは、確かに度を過ぎており、サリーを意図的に傷付ける行為だ。だが閨の教育担当は公にすることはない、夫人も契約書に漏らさないとサインしたはずだ。なぜそのようなことを言った?」

 グリズナー夫人は小刻みに震えており、サリーは素知らぬ顔で、再び何かやら考えているようで、頭を小さく振っている。

「でも私には話してくれたのよ?『本当はね、閨の教育って三回なの。でもとっても相性がいいみたいで、殿下も虜になってしまったんでしょうね。倍の六回に増やして欲しいって言われちゃったのよ。私の後があなただなんて殿下はお可哀想だわ』と、殿下の閨の教育の書類も確認しましたから、確かに嘘ではありませんでしたわ」
「もう、もう、止めて!」
「あなたが言ったことだわ、なぜ責任を取らないの?『愛している、美しいと何度も仰るのよ。私も罪な女よね、妻にはなれないのに』と仰っていたじゃない?妻ではないけど、代理していただけるわね?」

 呆然とする殿下を見ながら、クリコットはこの様子に口も出せない立場だが、もはやサリー妃殿下の一人舞台だと思った。頭の中に手札が詰まっているのだろう。

「私が何か問題のあることを言っているかしら?正当な権利として、代理を何度も愛している、美しいと言った相手で、ご自身も相応しかったのにと、双方の要望をまとめているのよ?」
「愛しているとは言っていない」

 憶えてもいないが、もしかしたら美しいとは言ったかもしれないが、愛しているなどと言った憶えはない。信じられない気持ちだった。

「まあ、そこは知らないわ。閨の教育を覗いたわけでもないから、夫人が言っただけだもの。嘘なの?そんなに私を蔑みたかったの?」
「…申し訳ございません」
「謝って許す許さないではないの。私はグリズナー夫人がサリー・オールソンの代理として、出席するまで続けます」
「待ってくれ」
「何ですの?あなたも関係者として、責任取るべきですわよね?私ね、忘れることが出来ないの。だからね、嘘も暴言も、蔑む言葉も大嫌いなの。ずっと残り続けるの、あなたに分かる?」

 サリーが記憶力が良いことは分かっていた、だがそのような弊害があることを考えていなかった。

「一度代理をすれば、いいのか」
「一度かは分からないわ、正当な権利だもの。違う?とりあえず、この方が一番しつこかったの。私はまだあの当時は、殿下を支えなくてはと思っておりましたからね、酷く傷つきましたの。あなたは毎回、気持ちの良さそうな顔をしてらしたわね、そんなに楽しかったのかしら?」
「申し訳ございませんでした」

 もはやグリズナー夫人はカエルのような姿になっており、悲惨である。

「謝るのもしつこいのね、あなたの答えは『承知しました。美しく、愛されている、相応しい私がお引き受けします』ですわよ、それ以外認めません。いいですね?で、私は忙しいんですの、もうそろそろ帰ってくださる?それとも、相応しいあなたが代わりにやってくださるのかしら?」
「今日はもう下がらせる。すまなかった」
『では、さようなら。良い、誕生祭を(ノワンナ語)』

 力の入らないままのグリズナー夫人を馬車まで護衛に運ばせて、帰すことにした。

 執務室に戻った殿下は眉間に皺をよせ、ずっと黙っており、クリコットも言葉を発することは出来なかった。それほどに妃殿下の言葉は突き刺さるものであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

処理中です...