【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ

文字の大きさ
上 下
22 / 203

暴露

しおりを挟む
 夫人に久しぶりにまじまじと対峙した殿下は、当時よりも十キロ以上ふくよかになっており、一瞬別人かと思ったほどであった。

「夫人の言ったことを、妃に謝罪してくれ」
「申し訳ございません。ですが、私ほとんど憶えていないのです。妃殿下が記憶力が良いのは存じておりますが、どこを謝れば良いのか」
「言った方は憶えていないというのは、蔑むようなことを言った証拠だろう」

 嫌味を言った方が憶えていなくとも、言われた方は憶えているのが、世の常だ。

「いえ、そのようなことは」
「殿下とは年齢が合わなかっただけで、本来なら私の方が王家に相応しかったと言ったのだろう?」
「そのことも憶えていないのです」
「はあ、嘘なのか知らないが、閨の教育担当で驕ったのか?自分は魅力的だと勘違いしたのか?」
「いえ、そのようなことは」
「だがな、サリーは夫人を代理に立て続けるぞ?仮病も毎回は使えない、夫人に出来るのか?各国の集まる会議、交流会、学会」
「誕生祭でしたら、お役に立てるかと…」

 交流会は無理だと思ったが、母国の誕生祭ならば指名されたのなら、立つのもやぶさかではないと思っていた。指名なのだから、拒否は出来ないだろうと、交流会のことはすっかりなかったように考えており、周りから羨ましいと思われることなのではないか、夫も義息子も娘も、誇らしいと思ってくれるのではないか。正直、女性に生まれた以上、一度は立ってみたかった場所である。

「は?夫人は何ヶ国語、話せるのだ?」
「あの、トワイ語のみです」
「愚か者が…誕生祭には他国の者も来るんだぞ?外国語で話し掛けられたら?夫人はサリーより相応しかったと言って、代理に立たされているのだ。分からないのか?」
「っ、それは。代理ですから、通訳を付ければ」
「まあ、代理だから通訳は問題ないが、外国語は一つも話せないのに、相応しいと言ったことになる」
「あっ、それは…」

 グリズナーはようやく自身の立場を知った。横に立って、優雅に微笑んでいるだけでは足りない。サリー王太子妃と比べられるのだ。娘はまだ幼いが、義息子には誤魔化せない。継母ということで、娘が緩衝材となって、折角上手く家族になれたと思っていたのに、まさかこんなところで崩れるわけにはいかない。

「トラス伯爵にも嫡男にも、娘にも夫人のせいで迷惑が掛かることになる、分かるな?きちんと謝罪してくれ」
「承知しました」

 三人でサリーの宮に応接室に行くと、既に待っており、グリズナー夫人はサリーに向かって、深く頭を下げた。

「申し訳ございませんでした」
「何の謝罪かしら?一度、吐いた言葉は消えませんよ?(カベリ語)」
「あの、その」
「何の謝罪かと聞いております(アペラ語)」
「サリー、夫人はトワイ語しか出来ない」
「まあ、皆、同じね(ノワンナ語)」
「失礼なことを申しまして、不快にさせたことを大変申し訳なく思っております」
「何を言ったか、憶えているの?」
「全てではありませんが、私が相応しいなどと…」
「あとは?」
「…」

 サリーは整理するように頭を軽く振ると、一気に喋り始めた。

「『頭の出来が良いだけで、殿下の横に立つのって怖くないのかしら?意外と強い心を持ってらっしゃるのかしら?』とか『語学が出来るからっていい女ってわけじゃないのよ?お分かり?』とか、これは同じ日だったわね、えっと六年前の八月三十日のスワン公爵の夜会でした、あなたは薄いオレンジ色の大きく胸元の開いたドレスを着ていて、周りから裸に見えるとコソコソ言われていた日。憶えてらっしゃる?」

 グリズナー夫人はめかし込んで来たはずのドレスを握りしめ、真っ青になっており、目の焦点すら合っていなかった。

「あとは『私の柔肌のもち肌に殿方は吸い付くのよ、リール殿下もお気に召してね、吸い付いて離れなかったのだから。あなたで満足できるのかしら?私、心配だわ』とかね、これは六年前の十月九日のリビター侯爵家の夜会ね、あなたは薄紫色のまた胸元が大きく開いたドレスを着ていて、周りから腐ったような色だとコソコソ言われていた日。憶えてらっしゃる?」

 サリーは捲し立てるように話し、もはや誰も声が出せなかった。

「あとは」
「もう…もう止めてください、申し訳ございませんでした」
「吐いた言葉は戻らないの。消えないわ、だって、私は記憶力が良いんですもの。そうでしょう?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

【完結】ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...