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決裂
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離縁状が消えても、リール殿下がサインしたのは事実である。何を言われても、このまま出て行けばいいと、正面から宮を出て行くことにした。
動きがあれば殿下に報告が行くことになっていたのだろう。門に着く前に殿下が慌てた様子でやって来た。
「サリー、どこへ行く?外出は聞いていないぞ」
「出て行くんです」
「出て行く!?」
「そういうお約束だったはずです」
「約束?」
最初から離縁状をなかったことにするつもりだったのだろう。金庫の番号を知っている者は限られる。疑わなかったわけではないが、賭けてみてもいいかと思ったのに、最後まで信用を失わせてくれるものだ。
「はあ…もう出ていければ何でもいいです」
「約束とは何だ?」
「そういう思惑で進むんですね、報復させたいですか」
報復の準備をしなければならないのか、面倒ではあるが仕方ない。
「何を言っているんだ?息子を放って出て行くというのか」
「言いましたね、それ」
「何を言っているんだ!戻りなさい、我儘は許さない」
「分かりました」
サリーは大人しく宮に戻ったが、鞄の中身を出すことはなかった。そして同時に微笑みすら消えた。
「最初から一人ずつ行きましょうかね。まずは…」
クリコットは恐る恐る、殿下に大丈夫だったのか聞くが、この作戦を言い出したのは殿下で、行うと決めたのも殿下ある。
サリーに離縁を約束すると言って、子どもを産ませて、その後にそんな話はしていないと白を切る。サリーに役者にもなれると言われたのを逆手に取ることにした。
「大人しく宮に戻ったよ」
「大人しくですか?」
「ああ、怒鳴り散らされる覚悟であったが、分かっていたのかもしれない。子どもを産んで変わったのだろう」
「でもその割に一度も会いに行かれていませんよ」
「母親なんだ、いずれ会いに来るさ」
しかし、サリーは毎日、ミーラ王子の様子は侍女に聞くものの、会いに行くことはなかった。
そして、サリーは宮にある女性を呼び出した。
名前はグリズナー・トラス。爵位は伯爵。
「お久しぶりね、グリズナー夫人」
「妃殿下、ご無沙汰しております」
「実はね、あなたの発言の責任を取って貰おうと思いましてね」
「発言、でございますか」
「ええ。皆さん、私をやり込めたいだけだと思っていたのだけど、実は慢心だったと反省しましたの。一ヶ月後にバリミューア島で、交流会があるのはご存知?様々な国の重鎮が来られるの」
バリミューア島はリゾート地である。そこで他国との交流会が開かれることになっている。サリーは毎回参加し、他国同士の通訳を務めることもある。
「いっ、いえ」
「そちらにグリズナー夫人に行っていただきます。私の代理として、ねっ?」
「は?私などが代理など、許可されるはずがありません」
「いいえ、あるんですの。王太子妃が指名した者に代理を任命することが出来ますの。特権というものですわね」
王太子妃は母国語も合わせれば、四ヶ国語が必須となる。ゆえに代理という権限がある。通常は側妃に代理をさせるのだが、現在側妃はいないため、別の者に王太子妃の権限のみで指名が出来る。
交流会の参加者や周辺地域の者はサリーの語学力を知っている。ゆえに話せないから、出席しないというものではないことは明らかである。
「でも、なぜ私が…」
「ですから、あなたが発言されたではないですか?憶えていないとしても、関係ありません。『王太子様とは年齢が合わなかっただけなのよ、本来なら私の方が王家に相応しかったのに、とっても残念だわ』と、頬に手を当てて発言されました。一言一句、間違いはありません。六年前の六月七日の王家主催の夜会でした。私、記憶力がとてもいいんですの」
「そ、それは」
「だって、あの時点で私は王太子の婚約者だったのよ。嘘を付くはずないものね?そうよね?まあ、もう承認してありますから、私が取り下げることがない限り行っていただきます。よろしいですね?」
「待ってください!もし、粗相でもしたら、大変なことになりますよ」
グリズナー夫人でもさすがに自分では務まらないことは分かる。そして、なぜお前がいるんだという顔をされることも容易である。
「構いません。だって出来ないはずがないですもの。そうでしょう?詳細が決まりましたら、文で知らせますから、よろしくお願いいたしますわね。もうお帰りになって結構ですよ」
「出来ません、申し訳ございませんでした」
「いいえ、出来ます。いいえ、やっていただきます。お送りして頂戴」
グリズナー夫人は足に力が入らず、覚束ない足取りで、護衛に支えられて、部屋を出されることになった。
リビアナは報復が始まったのだと体が震えた。
動きがあれば殿下に報告が行くことになっていたのだろう。門に着く前に殿下が慌てた様子でやって来た。
「サリー、どこへ行く?外出は聞いていないぞ」
「出て行くんです」
「出て行く!?」
「そういうお約束だったはずです」
「約束?」
最初から離縁状をなかったことにするつもりだったのだろう。金庫の番号を知っている者は限られる。疑わなかったわけではないが、賭けてみてもいいかと思ったのに、最後まで信用を失わせてくれるものだ。
「はあ…もう出ていければ何でもいいです」
「約束とは何だ?」
「そういう思惑で進むんですね、報復させたいですか」
報復の準備をしなければならないのか、面倒ではあるが仕方ない。
「何を言っているんだ?息子を放って出て行くというのか」
「言いましたね、それ」
「何を言っているんだ!戻りなさい、我儘は許さない」
「分かりました」
サリーは大人しく宮に戻ったが、鞄の中身を出すことはなかった。そして同時に微笑みすら消えた。
「最初から一人ずつ行きましょうかね。まずは…」
クリコットは恐る恐る、殿下に大丈夫だったのか聞くが、この作戦を言い出したのは殿下で、行うと決めたのも殿下ある。
サリーに離縁を約束すると言って、子どもを産ませて、その後にそんな話はしていないと白を切る。サリーに役者にもなれると言われたのを逆手に取ることにした。
「大人しく宮に戻ったよ」
「大人しくですか?」
「ああ、怒鳴り散らされる覚悟であったが、分かっていたのかもしれない。子どもを産んで変わったのだろう」
「でもその割に一度も会いに行かれていませんよ」
「母親なんだ、いずれ会いに来るさ」
しかし、サリーは毎日、ミーラ王子の様子は侍女に聞くものの、会いに行くことはなかった。
そして、サリーは宮にある女性を呼び出した。
名前はグリズナー・トラス。爵位は伯爵。
「お久しぶりね、グリズナー夫人」
「妃殿下、ご無沙汰しております」
「実はね、あなたの発言の責任を取って貰おうと思いましてね」
「発言、でございますか」
「ええ。皆さん、私をやり込めたいだけだと思っていたのだけど、実は慢心だったと反省しましたの。一ヶ月後にバリミューア島で、交流会があるのはご存知?様々な国の重鎮が来られるの」
バリミューア島はリゾート地である。そこで他国との交流会が開かれることになっている。サリーは毎回参加し、他国同士の通訳を務めることもある。
「いっ、いえ」
「そちらにグリズナー夫人に行っていただきます。私の代理として、ねっ?」
「は?私などが代理など、許可されるはずがありません」
「いいえ、あるんですの。王太子妃が指名した者に代理を任命することが出来ますの。特権というものですわね」
王太子妃は母国語も合わせれば、四ヶ国語が必須となる。ゆえに代理という権限がある。通常は側妃に代理をさせるのだが、現在側妃はいないため、別の者に王太子妃の権限のみで指名が出来る。
交流会の参加者や周辺地域の者はサリーの語学力を知っている。ゆえに話せないから、出席しないというものではないことは明らかである。
「でも、なぜ私が…」
「ですから、あなたが発言されたではないですか?憶えていないとしても、関係ありません。『王太子様とは年齢が合わなかっただけなのよ、本来なら私の方が王家に相応しかったのに、とっても残念だわ』と、頬に手を当てて発言されました。一言一句、間違いはありません。六年前の六月七日の王家主催の夜会でした。私、記憶力がとてもいいんですの」
「そ、それは」
「だって、あの時点で私は王太子の婚約者だったのよ。嘘を付くはずないものね?そうよね?まあ、もう承認してありますから、私が取り下げることがない限り行っていただきます。よろしいですね?」
「待ってください!もし、粗相でもしたら、大変なことになりますよ」
グリズナー夫人でもさすがに自分では務まらないことは分かる。そして、なぜお前がいるんだという顔をされることも容易である。
「構いません。だって出来ないはずがないですもの。そうでしょう?詳細が決まりましたら、文で知らせますから、よろしくお願いいたしますわね。もうお帰りになって結構ですよ」
「出来ません、申し訳ございませんでした」
「いいえ、出来ます。いいえ、やっていただきます。お送りして頂戴」
グリズナー夫人は足に力が入らず、覚束ない足取りで、護衛に支えられて、部屋を出されることになった。
リビアナは報復が始まったのだと体が震えた。
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