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非望

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 殿下が結婚し、子爵家の領地に戻っていたエマ・ネイリーは、殿下が側妃を娶ったことに驚き、側近であるクリコットに連絡を取った。

 クリコットは久しぶりに見たエマ・ネイリーは良くも悪くも変わってはいなかった。背筋を正し、まだ男装の麗人のように振舞っている。

「側妃とはどういうことですか」
「後継のためです」
「サリー様は子どもを産めなかったのですか」
「あなたにお答えすることはありません」
「でも側妃だなんて」
「自分が選ばれるとでも思っていましたか?」

 エマは肩をビクッとさせ、やっぱりそういう思惑だったか、分かり易い女だ。

「でも、私、前に試験を受けたんです」
「はい、酷い結果だったと伺っています」
「えっ…でも、あれはこれから学んでいくための試験だと」

 エマに結果が知らされることはなく、正妃は無理だったのだろうと、側妃が求められることがあれば、自身が呼ばれるだろうと思っていた。

「ええ、そうですね」
「だったら、あの時点でサリー様と比べられることはおかしいのではありませんか」
「おかしくないですよ、あの試験を王太子妃殿下が受けられたのは八歳です。あなたより、八歳の時点で遥かに出来が良かった」

 物覚えのいいサリーを王太子妃にしようと、教育を詰め込んだペルガメント侯爵の賜物である。

「はっ、でも、私は子爵令嬢で、サリー様は侯爵令嬢ですよ」
「ええ、生まれは選べませんからね」
「だったら、サリー様より出来が悪いのは当たり前ではありませんか」

 アズラー夫人の見掛け倒し、まさにピッタリな表現である。

「本気で仰ってますか?あの時点であなたは十七歳ですよ、八歳の時点であなたより出来の良かった王太子妃殿下が八歳から、十六歳まで掛かった教育があなたに可能だとでも?最低でも十年は掛かっていたはずですよ?その時、あなたは二十七歳です、それでも終っていないと思いますけど」
「っ、でも、やってみないと分からないじゃないですか」

 何が男装の麗人だ、みっともない女々しい女である。

「言語だけでも大変なんです、あなた一つも出来なかったそうではありませんか。最低でも三ヶ国、自由自在に操れますか?」
「じゃあ、側妃ならもう少し簡単なのではありませんか」
「そうですね、それでもあなたには無理だったと思いますよ。三ヶ国語、学びましたか?喋れますか?」
「通訳を雇えば…」
「なぜ、あなたに通訳を雇わなくてはならないのです?殿下が優しくし過ぎたんでしょうね、殿下が褒めたから、その振る舞いを続けているのでしょう?」

 劇で男装をしたことで、男装の麗人だと言われて、令嬢たちに格好いいと持て囃されたが、長身なのがコンプレックスだったので、あまり嬉しいものではなかったが、殿下に格好いいですねと言われたのは、とても嬉しかった。

「素敵だと言ってくださいました。だから」
「殿下は誰にでも言います。本当に思っていて、伝わっていないのは王太子妃殿下だけだと思います」
「私にも、私には本気でした」
「はあ、どうしたいというのです?殿下は愛妾ですら、断ったのですよ」
「ですから、側妃に」
「愛妾にする気もない者に、なれるわけないでしょう?」
「…そんな」
「縁談もまとまらなかったのでしょう?」
「まとまらなかったわけではありません。私とは合わなかっただけです」

 縁談はどうなったのか調べると、断った理由が、ほぼ同じであった。

「言語は何がお得意ですか」
「ええと、ノワンナ語なら少し」
『日常会話くらいですか?(ノワンナ語)』
「へ?あの、コンチハ」

「男装が似合うそうですね」
「私はそうは思いませんが、周りにそう言われます」
「訓練などはされているのですか」
「訓練?ですか」
「剣や体術など」
「いいえ、女性は男性に守ってもらうものですから」

 妃殿下のように教養があるとは思えない。そして男装の麗人のように振舞っているが、中途半端である。騎士のように鍛えているわけでも、踊りが上手いわけでもない、エスコートも動きがしなやかではない、張りぼてであるということだった。

 少し会っただけでも人となりが分かるというのは、さすが相手が全員高位貴族だったせいのか、あまりにエマ・ネイリーが無様なのか。

 子爵令嬢なのだから、同じ爵位の相手の縁談を受ければよかったのに、家の意向か分からないが、侯爵家と伯爵家の縁談しか会わなかったらしい。
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