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美談
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リール殿下とサリーの結婚は愛する人を守るために遠ざけ、守り抜いた美談となり、多くの人に祝福された。エマ・ネイリーは姿を消していた。
王太子妃になったサリーは毎日、にこにこと笑い続けた。怒ることも、泣くことも、喜ぶこともない。
「殿下はお優しいですもんね」
「そんなことありませんわ、優しさなんてもう与えて貰うこともございませんわ。顔を見ればゴミを見るような目で見て、暴言を吐く生き物ですから」
「まあ、ご冗談を、おほほほほ」
「殿下は素晴らしい才能をお持ちで」
「良かったら差し上げますわよ」
「まあ、よろしいのですか」
「ええ、リボンでも付けましょうか」
「まあ、ご冗談を、おほほほほ」
冗談では無い、本当に要らないものとなった。視界に入れたくもない、不愉快で不快で堪らない、あれを褒められて肯定したことは一度もない。
もはや、どこが好きだったのか思い出すこともない。
「リビット伯爵にどうも愛人がいるらしいのよ、殿下にはありえないでしょうけど」
「そんなことはないわよ、たくさんの美しい女性が出入りしているわ」
「そうなの?そんなこと話していいの?」
「事実なんだからいいんじゃないかしら?王宮の皆さんがご存知だわ」
殿下の側近であるクリコット・バーンズは、不仲であることを隠そうともしないサリーに常々怒っていた。
「妃殿下、あのようなことは困ります」
「事実じゃない」
「事実でもです」
「別にいいじゃない。女性に愛される魅力的な王太子だと思われるのではないかしら?」
「妃殿下はよろしいんですか」
「ええ、無理やり結婚させられたのですよ。ご存知ないの?あれが何してようが、私には関係無いわ」
二人は仲の良い関係だった。サリーが殿下を慕っているのは明らかだったのが、一気に崩れたのだ。サリーは婚約を解消して欲しいと殿下にも両陛下にも両親にも何度も願い出た、でも誰もが解消を許さなかった。
不正を見付けた功績が婚約解消によって、評価されなくなるからだ。
二人は食事も、もちろん寝室も別で、公務以外で顔を合わせることもなくなった。殿下はお茶に誘ったり、出掛けようと、何度も改善を試みたが、だから言ったじゃありませんかと解消すべきだったと会話にもならない始末だった。
二年が経ったが、子どもは生まれなかった。それもそのはずだ、初夜以降二人は行為をしていないのだ。初夜は行わないと結婚にならないのだと無理矢理行われたのだ。終わった後で、サリーの言った言葉は『ああ、早く死にたい』だった。
「このままでは側妃を迎えることになる」
「良かったではありませんか、こそこそ呼ばなくてもよくなりますね」
「何を言っているんだ!私はサリーとの子が欲しいのだ」
「私はあなたとの子なんてこれっぽちも要りませんわ、気持ち悪い」
殿下は性欲処理のために女性を呼んでは閨を共にしていた。女性たちは殿下が離してくれなくて困っているとわざわざ言いに来ていたのだ。
後継のために側妃、ウィンダム伯爵家からレベッカが召し上げられて、半年で懐妊した。殿下も複雑な思いはあったが、王家としては良かったというべきなのだろう。サリーもおめでとうございますと笑顔で喜んでくれた。
「妃殿下?」
「レベッカ様でしたわね?この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます。先に懐妊してしまって、申し訳ない気持ちだったのです」
「いえいえ、喜ばしいことですわ」
「妃殿下にも早く同じ喜びを分かち合いたいと思っておりますの」
「私は辞退しておりますの」
「えっ、どうしてですか?」
「何も聞いてらっしゃらないの?ならば私から言うことはございませんわ。お身体、大事にしてくださいね」
侍女に話を聞くと、二人は上手くいっておらず、閨も共にしていないそうだ。レベッカとは何夜も共にしたというのに、あんなに堂々としていたけど、愛されていなかったのねとほくそ笑んだ。
「妃殿下?」
「あら?悪阻はもういいの?」
「今日は具合が良いんですの」
「それは何よりだわ」
「それよりも夜のお相手が出来ないので、殿下が心配で」
レベッカはお腹を擦りながら、あなたのところに行くことはないでしょうからという意味を込めて、不安そうに見つめてみたが、サリーは微笑んだままである。
「大丈夫よ、いつのも女性たちがやってくれるわ」
「えっ?愛妾がいるのですか」
「愛妾かは知らないけど、ずっとおりますわ。だから心配せずに、あれの相手などせず、あなたは子どもを産めばいいのよ」
再び、侍女から殿下はずっと閨の相手がいることを聞いた。私は愛されて子どもを産むわけではないのかと急に不安になった。愛してると言われたわけではないが、私は身籠り、殿下の唯一となる寵愛を受けるはずだ。でなければ、あんなに求めたりしないだろう。きっと、そうだ。
「妃殿下、肩書が重たいのではありませんか」
「そうですわね、その通りですわ」
「私は自分で言うのは憚れますが、優秀だと思っております。跡継ぎも出来た今、妃殿下も自由になれるのではありませんか」
「本当ですの?」
「えっ?ええ」
「あなたにお任せしていいんですの?」
「ええ、私は肩書が重いとは思わない、誇りに思えるのです。殿下を支え、跡継ぎを育てることは造作もありませんわ」
「まあ、素晴らしい!ネイリー様に逃げられて、もう無理かと思っておりましたが、ありがとうございます。すぐ、すぐ殿下に話してみますわ。本当にありがとう!くれぐれもお身体を大事にしてくださいね」
「ネイリーというのはあの?」
「ええ、エマ・ネイリーです」
サリーは音を立てないように早足で去って行った。エマ・ネイリー、殿下が心変わりしたと噂になった女性だった。今はどこで何をしているのかも知らない。
王太子妃になったサリーは毎日、にこにこと笑い続けた。怒ることも、泣くことも、喜ぶこともない。
「殿下はお優しいですもんね」
「そんなことありませんわ、優しさなんてもう与えて貰うこともございませんわ。顔を見ればゴミを見るような目で見て、暴言を吐く生き物ですから」
「まあ、ご冗談を、おほほほほ」
「殿下は素晴らしい才能をお持ちで」
「良かったら差し上げますわよ」
「まあ、よろしいのですか」
「ええ、リボンでも付けましょうか」
「まあ、ご冗談を、おほほほほ」
冗談では無い、本当に要らないものとなった。視界に入れたくもない、不愉快で不快で堪らない、あれを褒められて肯定したことは一度もない。
もはや、どこが好きだったのか思い出すこともない。
「リビット伯爵にどうも愛人がいるらしいのよ、殿下にはありえないでしょうけど」
「そんなことはないわよ、たくさんの美しい女性が出入りしているわ」
「そうなの?そんなこと話していいの?」
「事実なんだからいいんじゃないかしら?王宮の皆さんがご存知だわ」
殿下の側近であるクリコット・バーンズは、不仲であることを隠そうともしないサリーに常々怒っていた。
「妃殿下、あのようなことは困ります」
「事実じゃない」
「事実でもです」
「別にいいじゃない。女性に愛される魅力的な王太子だと思われるのではないかしら?」
「妃殿下はよろしいんですか」
「ええ、無理やり結婚させられたのですよ。ご存知ないの?あれが何してようが、私には関係無いわ」
二人は仲の良い関係だった。サリーが殿下を慕っているのは明らかだったのが、一気に崩れたのだ。サリーは婚約を解消して欲しいと殿下にも両陛下にも両親にも何度も願い出た、でも誰もが解消を許さなかった。
不正を見付けた功績が婚約解消によって、評価されなくなるからだ。
二人は食事も、もちろん寝室も別で、公務以外で顔を合わせることもなくなった。殿下はお茶に誘ったり、出掛けようと、何度も改善を試みたが、だから言ったじゃありませんかと解消すべきだったと会話にもならない始末だった。
二年が経ったが、子どもは生まれなかった。それもそのはずだ、初夜以降二人は行為をしていないのだ。初夜は行わないと結婚にならないのだと無理矢理行われたのだ。終わった後で、サリーの言った言葉は『ああ、早く死にたい』だった。
「このままでは側妃を迎えることになる」
「良かったではありませんか、こそこそ呼ばなくてもよくなりますね」
「何を言っているんだ!私はサリーとの子が欲しいのだ」
「私はあなたとの子なんてこれっぽちも要りませんわ、気持ち悪い」
殿下は性欲処理のために女性を呼んでは閨を共にしていた。女性たちは殿下が離してくれなくて困っているとわざわざ言いに来ていたのだ。
後継のために側妃、ウィンダム伯爵家からレベッカが召し上げられて、半年で懐妊した。殿下も複雑な思いはあったが、王家としては良かったというべきなのだろう。サリーもおめでとうございますと笑顔で喜んでくれた。
「妃殿下?」
「レベッカ様でしたわね?この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます。先に懐妊してしまって、申し訳ない気持ちだったのです」
「いえいえ、喜ばしいことですわ」
「妃殿下にも早く同じ喜びを分かち合いたいと思っておりますの」
「私は辞退しておりますの」
「えっ、どうしてですか?」
「何も聞いてらっしゃらないの?ならば私から言うことはございませんわ。お身体、大事にしてくださいね」
侍女に話を聞くと、二人は上手くいっておらず、閨も共にしていないそうだ。レベッカとは何夜も共にしたというのに、あんなに堂々としていたけど、愛されていなかったのねとほくそ笑んだ。
「妃殿下?」
「あら?悪阻はもういいの?」
「今日は具合が良いんですの」
「それは何よりだわ」
「それよりも夜のお相手が出来ないので、殿下が心配で」
レベッカはお腹を擦りながら、あなたのところに行くことはないでしょうからという意味を込めて、不安そうに見つめてみたが、サリーは微笑んだままである。
「大丈夫よ、いつのも女性たちがやってくれるわ」
「えっ?愛妾がいるのですか」
「愛妾かは知らないけど、ずっとおりますわ。だから心配せずに、あれの相手などせず、あなたは子どもを産めばいいのよ」
再び、侍女から殿下はずっと閨の相手がいることを聞いた。私は愛されて子どもを産むわけではないのかと急に不安になった。愛してると言われたわけではないが、私は身籠り、殿下の唯一となる寵愛を受けるはずだ。でなければ、あんなに求めたりしないだろう。きっと、そうだ。
「妃殿下、肩書が重たいのではありませんか」
「そうですわね、その通りですわ」
「私は自分で言うのは憚れますが、優秀だと思っております。跡継ぎも出来た今、妃殿下も自由になれるのではありませんか」
「本当ですの?」
「えっ?ええ」
「あなたにお任せしていいんですの?」
「ええ、私は肩書が重いとは思わない、誇りに思えるのです。殿下を支え、跡継ぎを育てることは造作もありませんわ」
「まあ、素晴らしい!ネイリー様に逃げられて、もう無理かと思っておりましたが、ありがとうございます。すぐ、すぐ殿下に話してみますわ。本当にありがとう!くれぐれもお身体を大事にしてくださいね」
「ネイリーというのはあの?」
「ええ、エマ・ネイリーです」
サリーは音を立てないように早足で去って行った。エマ・ネイリー、殿下が心変わりしたと噂になった女性だった。今はどこで何をしているのかも知らない。
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