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第一章「初等部編」
第十二話「実食! ディナータイム!!」
しおりを挟む目の前に、豪勢なディナーが並んでいた。
豪快でワイルドな分厚い厚切りのステーキっぽいのに、茶色いシチュー風に煮込まれたゴロゴロの角切り肉。
衣を付けられてカリッと上げられた薄切り肉に、ミディアムレアな薄切り肉が乗せられたサラダ。
そして、何か角切りにされた小さな部位がいくつか乗せられ、濃厚なクリームソース? をかけられた小皿。
食べ過ぎないよう少量づつ盛られて小皿で運ばれてくる。
匂いだけで涎が溢れ出す……。
「四眼巨大黒毛牛狼は凶暴な魔獣ではあるがね、実はAランク級魔獣グルメの中では三大美食に入る美味な食材なんだよ」
Aランク級……それは一体どれくらいのランクなのだろう。
「まぁ、Sランク以上の食材には劣るが、一般人では一生お目にかかれない可能性もあるほどの高級品だ。まずは厚切り肉から一口食べて見なさい」
厚切り肉をナイフとフォークで切って、ソースに付けようとして――。
「おっと、ミリア待った。まだだ。まずは肉だけの味を味わってごらん」
パパの進めるとおりにお肉のみの味を確かめるべく口内へと運ぶ。
モニュ――。
一噛みした瞬間に広がる濃厚な味。
それはまさに味の暴風雨。
暴力的なまでに凝縮された旨みが口内を暴れまわる!!
本当の美食を味わった時、人は言葉を忘れる。
口内に広がる無数の旨みが脳の快楽領域を刺激し、頬が蕩け――いや、それを通り越して脳が、頭が、全体が蕩ける程の快楽を放出している。
「ほぁぁぁぉぉぉぅ……」
見れば、シアが口を広げ涙目になりながらだらしない表情で硬直していた。
「んむぅ~っ」
ララちゃんはきつく目を瞑り、全身に広がる快楽に耐えていた。
――これは、ヤバイ。
「それだけでも美味いだろう? じゃあそのソースをかけて食べてごらん?」
お肉だけでこの反応……それに、こんな過ごそうなものをかけてしまったらどうなってしまうのだろうか――。
答えは目の前にあった。
いつもなら頬一杯に頬張りハムスターのようになっているシアが、止まっていた。
いや、止まっているのではない。
白目を剥いて涙を流しながら舌をだらしなく垂らして痙攣していた。
「おっほぉぉ……ぉぉっ……ぉほぉっ……」
とてもヤバイ顔でその味の果てにある天国を表現していた。
「ふ、ふぇぇぇ……」
ララちゃんはだらしなく椅子に全身を預け、ふにゃふにゃになっていた。
「ふぅむ、子供達にはまだ、魔獣グルメは早すぎたかな?」
冷静にそれを咀嚼するパパ&ママ。そしてローザさんとオルディシア先生。
メイドさん達は……やはり食べなれていないようで、感涙に咽び泣く者、全身を襲う美味という快楽に抗いつつも抗いきれずに完墜ちしてはしたない顔をさらける者、あまりの美味に平然な表情をしたまま意識を失いかけている者。様々だった。
ソースを付けて私も一口。
――口に入れた瞬間、口に広がる濃厚でクリーミーなソースの味わい、濃縮した美味さの塊が弾け、芳醇な香りは鼻腔を突き抜ける、それだけで美味いという感触が脳を暴力的なまでに刺激する。
咀嚼するたびに口に広がる旨みは先ほどの比ではなく――それは快楽という名の暴力。
体全体が蕩けるほどに美味さという快楽が爆発的に脳を直接刺激する。
これはもう味ではない。脳の快楽物質を際限なく解放させる――全身が世界と融和するかと思えるほどの、蕩けるような快楽。
「そのソースにはね、四眼巨大黒毛牛狼の脳を使っているんだ。もちろん、最高級の美酒も隠し味に入れてある」
「銘酒を三つほど、人魚の星に、森林の月、夜空の太陽をオリジナルの割合で使用させていただきました」
我が家の料理長であるメイドさんの一人がペコリとお辞儀する。
今回ばかりは素人の練習には使わせてくれなかったらしい。
どうりで、クリーミーで濃厚な旨みが暴力的なまでに舌を、いや、脳内を直接愛撫する。
「んほぉっ……ほぉぅっぉへぇぇぇ……」
シアが、とても人前で見せてはいけない表情で美食を味わっている――。
わかる。わかるんだけどそのお顔はダメだよ……お嫁にいけなくなっちゃう。
そして、私は次の料理へと手を伸ばした。
――で、気付けば料理は無くなっていた。
どうやら、一心不乱に食べつくしてしまったらしい。
物凄い美味しかった事だけは覚えている。
――自我を喪失させるほどにヤバイ。
なんか、ヤバイ物質が入ってるんじゃないか、ってくらいヤバイ程に美味しいという事だけはかろうじて理解できた。
シアはテーブルにベッタリと体を預け、ビクンビクンしていた。
ララちゃんも椅子に体をあずけ、ぐにゃんぐにゃんになって放心しながら時折ヒクヒクしている。
結論。過ぎたる快楽は武器。
恐ろしい料理の片鱗を味わってしまうのであった。
ちなみに、余った部位は市場におろしたらしい。それだけでも一財産稼げるくらいのお値段だったらしい……。
――しかし、超ランク冒険者様の引退した末に選んだ道が、ねぇ、
食事の後、俺はパパさんをテラスに呼び出して、ちょっと珍しく親子でガチの語り合いって奴を試みてみた。
二階のロビーにね。良い感じのテラスがあるんだわ。
夜風が実に心地良い。
前世の空より少し紫がかった夜空。月もあっちとは違って、淡い赤みがかったのと、淡い蒼白いのと、不思議な光を放つ奴が二つもある。
月明かりの下で語り合う親子。良いシチュエーションだとは思うんだけどね。
……元英雄様の未来。それはコネと実力と魔法の力を駆使した商会の設立。
その後は、国をよりよくするためにと出馬して、あっという間に政界入りねぇ。
で、すぐにトップへと登りつめて今にいたる。って……え? 一体おいくつで?
「そういえば、パパっていくつなの?」
「ん? 今年で36かな。どうした急に」
“俺”より若ぇ……。
人間成功する人って決まってるんだなぁ……。
この人にも成長期とか努力してきた時期なんて本当にあるのか? って疑問に思ってしまう。
――俺君、それじゃあさっきシア達にしてあげた話が台無しだよぅ。
あいとぅいまてん。
――けどまぁ、あの話も俺君が今までしてきた経験があったからできた話なんだよね。
そだな。俺たちはまだ半人前。二人で一つってこったな。
などと脳内会話しつつ。
「全然知らなかったから。あんなに強かったとか」
「あぁ、昔取った杵柄を誇るほど愚かしい事は無いからね。所詮は元さ」
「でも、凄かった」
「ふふん。尊敬したかね? ちなみに、夜のアレはもっと凄いぞぉ?」
「それ、娘に誇る事じゃない」
「ふむ、それもそうか」
「どうしたらそんな風になれるの?」
「ん~? それは、夜のテクニックについてかい?」
「違う~。どうしたらあんな風に強くなれるんだろうって……」
「ん~、ミリアは……ならなくていいんじゃないかな」
「どうして?」
「それだけ綺麗なんだから、普通に結婚して、普通に子供でも産んで、それだけでも国家に役立てるじゃないか」
「……ん~」
「別に、女性戦士を差別するつもりは無いがね。この国は男女平等だ。戦う意思があるのであれば、兵に性別は問わない」
「うん……」
「けど、パパはあまりミリアに危険な仕事をして欲しくはないなぁ」
「……けど、今日みたいにいきなり、って事もある訳でしょ?」
「ん? あぁ、そういう事か」
「私達、もっと強くなりたい。もう、今回みたいな無様な結果は嫌だから」
「ふむ……」
「もちろん、勝ち目の無い敵に出会ったら無理しないで逃げる。けど、いつまでも護られてる側じゃいられないから」
「……なるほど」
「いつかは、私達が護る側にならなきゃいけないから」
「ふむ……そうか。じゃあちょっとだけパパのお話をしてみようか」
パパさんが仕事を始めたのは14の頃らしい。
義務教育が終わり次第、冒険者デビュー……と行きたかったんだけど、12じゃまだ体が育ちきっていなかったそうで、14で遅れてデビューを果たしたのだそうな。
学校で様々な事を学びつつ、簡単な仕事をこなしながら経験を積み――その経験のおかげで名門校にもたやすく進学できた。
「運がよかっただけさ。仕事を始めたのだって、そのままじゃ進学するための資金が足りなかったからだし」
で、学園卒業後1年で現代を生きる伝説の英雄、死の運命を破壊する者と呼ばれるだけの功績を成し――。
「私より優れている奴なんて沢山いたさ。けど、彼らは運悪く生き延びる事ができなかった」
翌年には七星英雄の称号を受ける。
「だから結果的に、運良く生き延びた私が奴らの分も成果を不当に得てしまった。それだけさ」
それから2年。26歳まで現役でがんばって、娘がうまれたのを機に危険な仕事から引退。
それから半年で商会を設立して大きくした後に友人に譲って、残り半年で初出馬して翌年には色々とあれこれコネコネしてこの国の膿を潰して正式にこの領土を得て、この家を建てた。
今36……。
――化け物ですね。
「今はただの、しがない一児のパパさ」
「本当は、もっと格好良く戦いたかったのよね」
ホットワインとホットハニーミルクを持って、ママさんもやってくる。
「あぁ、けど久々の戦闘でね。失敗して娘を失うわけにはいかなくて、つい本気を出さざるを得なかった」
「いつもなら格好つけて派手な戦闘したがるのよ? 余裕があると何手も、いくつも技を使ってね」
「ん~、娘の今後の勉強に色んな手を見せてあげたかったんだけどねぇ」
「まぁ、全てにおいて、娘の方が大事だもんね~」
「そうだね」
二人はかつてパーティを組んでいたらしい。
オルディシアさんもローザさんも。
で、もう一人との五人パーティ。
いくつもの困難を乗り越えて――。
「ま、所詮は昔話さ。拳でケリを付けられる魔物なんて楽な方さ。政治とかいう汚らしい世界の本当面倒臭いこと」
肩をすくめて笑うパパさん。
「ミリアはどんな大人になるのかねぇ」
「……ん~」
ここは、パパみたいなカッコ良い大人、って言ってあげるとポイント高いですぜ。
――ん~。やだ。なんか恥ずかしい。
さいでっか。
「何にせよ、今日は大活躍だったそうじゃないか」
「懐かしいわねぇ。幻屠獄悶闘岩人」
「ママもやったの?」
「そりゃぁもちろん。白露花女学院伝統風物詩ですもの」
「勝てた?」
「六年生になってからかな。長い戦いの末に、かろうじてね」
「この年で合格できる奴は稀らしいからなぁ。パパとっても誇らしいぞぉ」
「えへへ」
そんな風に、その日、私ちゃんは親子水入らずで語りあったのさ。
シアとララちゃんも、すっごく褒められたらしいし。
なんだかんだありはしたけど、めでたしめでたし、だな。
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