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第五十六話「いきなりパンツ・オン・ザ・フェイス(前編)」

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 あ、ありのまま、今起こった事を話すぜ。

 後ろに立っていた嫁の一人が、振り向いたらヒーロー着地ポーズを決めていた。

 ……全裸で。

 何を言っているのか訳がわからねぇと思うが、俺も何を見せられているのか理解が追い付かなかった。

 ……アソコがどうにかなりそうだった。

 変〇仮面だとかけ〇こう仮面だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がしたぜ。

 よく見ると、投げ捨てたのであろうパンツがまだ宙を舞っていた。
 色はピンク。しかも紐パン。Tバック。ほぼ紐な奴だ。

 それが今、ふわりとこちらに飛んできて、ファサリと俺の顔へと着地した。
 そして、恐らく幸運SSSの力なのだろう。なぜかピッタリちょうどよく――クロッチに当たる部分が俺の鼻を覆った。
 ホカホカと生暖かい。人の温もり。これはセルフィの体温だ。そして……。

 鼻腔を吹き抜けるはなんともいえぬかぐわしき香気。

 いや、別に狙った訳では無いんだ。嗅ぐつもりなんてさらさら無かったんだ。
 ただ呼吸という生命維持に不可欠な生理現象がゆえの必然的事故といいますか、その、何と言いましょうか。そのような形になってしまっただけと言いますか。あ、別に言い訳なんてするつもりさらさら無いんですけどぉ? わたくし、別にパンツをくんかくんかするのが特別好きな匂いフェチといいますか、そういう変態チックな性癖を持つとか? そういう訳では全然ありませんでございましてよ? そもそもぉ? そんなことしなくたってぇ? 別にその気になれば今の俺なら直でいくらでも生で嗅ぎたい放題な訳ですしおすしぃ?

 ……けどまぁ、生物というのは呼吸を必要とする生き物な訳でしてまぁ、そのぉ。

 あ、私、呼吸不要のスキルを持っているんでした~。ヨホホホホ~。チート系転生者ジョーク。

 いや、例え呼吸不要のスキルがあろうとね? 不自然に思われないためにというかなんといいましょうか、ね? そもそも今まで生きてきた十数年にもわたる人生経験のね? 癖とも言いましょうか。サガといいますしょうか。なんといいますかね? 事故なんです。事故なんですよこれは~!!

 くっそ、正直に話すよ。そうすりゃいいんだろ!? 嗅ぎたかったからに決まってんじゃん!!

 ……そんな訳でしてね。その、まぁ。つい、ね。スッとね。一呼吸ね。嗅いでしまった訳ですよ。

 その瞬間、脳裏に浮かんだのは天上の花畑。そこに実る楽園の果実。

 ……ん~、生娘の匂いだ。

 いや、正確にはもう生娘ではない訳だが。
 それでも、匂いとしては感じないフェロモンのような何かが、雄としての本能とも言える部分に直接語りかけてくるのですよ。
 これは若く、健康的で、とても繁殖に適した雌であると。

 甘酸っぱいような、切ないような、どこか懐かしい、決して不快な匂いなどでは断じてない。むしろ好ましいとさえ感じさせる、青春を思わせるような、それはもうフレッシュな香りでございました。

 その香り、まさに胸中微涼を生ずるが如し。巨根キノコマン類の貝合わせその他マン病速攻あること亀の如し。

 ……な~んてね。まぁ、普段使いの石鹸か、生活魔法香気フレグランスの残り香なのかもしれないけどさ。きちんと清潔にしている努力がうかがえる、まさに少女の香りとも言える一品でございました。満足!

 で、そんな健康的で魅力的な女性であるはずのセルフィさんはといいますと、だ。
 未だヒーロー着地ポーズの姿勢のまま全裸でドヤ顔キメてたりする。

 実は、さっきからまだほんの一瞬ちょっとしか経っていなかったりするんだよね。
 余りの出来事に気が動転した俺の脳は、スキルの影響なのか何なのか、この余りにも異常な光景に対処すべく無意識に超加速状態せんとうモードを発動させていたようで。

 そんな訳で、俺の嫁。大絶賛全裸で決めポーズ中なう。

 ……実にシュールな構図である。エロいはずなのに。

 なお、こんなトンチキなポーズをしているのは恐らくだが、無理な速度の代償として体勢でも崩した、ということなのだろう。
 超高速での脱衣を実現させるための制約と誓約とするならば無難な縛りと言った所なのだろうが。

 ……って、いや無理すんなよ。
 転んで怪我でもしたらどうすんだよ。
 こんなくだらないことで頭でも打ったらどうすんだよ。そのままお亡くなりにでもなられてみやがれ。俺、速攻で闇堕ちして世界滅ぼしちゃうからな?

 ゆっくり脱げばいいじゃない。むしろ見たかったんだぜ? 脱ぐところ……。

 そんな俺の想いを知ってか知らずか。まぁ知らないんだろうけどな。
 セルフィは無表情に、何事もなかったかのようにゆるやかに、そして優美に立ち上がる。

 それは、両踵を付け閉じた脚をやや半身にして真っすぐ立ち、ゆるやかに両腕を開くというモデルのような美しい立ち姿。

 実に自然で、優雅で無駄の無い洗練された鮮やかな所作だ。

 ふわりと、音さえ感じさせる動きに合わせて、ふぁさりと、その長い黒髪が踊るように宙を舞う。

 美少女が行っているのだ。美しくない訳が無い。

 だってよ、全裸なんだぜ?

 ……だが、悲しいかな。全ては前世における無駄な知識のせいなのだろう。

 俺の脳裏にはどうしても、倒した巨大白熊の上に悠然と立つ地上最強の生物おとこの姿が思い浮かんでしまう。
 テーブルの上に立つ全身内蔵武器まみれの最凶死刑囚の姿とかな。
 どうしてもあの濃ゆい絵柄の顔が脳裏に浮かび上がってしまうのだ。

 それだけがとても残念だった。

 だが、それを差し引いても、彼女はとても美しかった。
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