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第四十話「いきなり英雄(中編)」
しおりを挟む致死の猛撃が紙一重の距離を通り過ぎていく。
その度に叩きつけるような突風が巻き起こる。
荒れ狂う猛風の中、俺は思考する。
どうすればいい? どうすれば奴に勝てる?
当てられはする。回避も余裕。けれどこのままじゃジリ貧だ。
武器が無い。
いかにスキルでごり押ししたとはいえさすがに素手では限界がある。
武器を借りるか? その暇があるか?
そもそも普通の武器が通じる相手か?
俺のパワーと相手の装甲に負けて砕けちゃったりするんじゃないか?
まぁ、斬鋼剣を使用してさえいれば武器そのものに魔力が巡ってそれ自体が強化されるみたいだからその辺はなんとかなるのかもしれないが。
じゃないと岩だの鋼だのなんて切れないもんな。
とはいえ、無い物はしょうがない。
一応、魔法のスキルから自動的に引き出された知識によると、黒魔法に“魔力を形成し武器として精製する魔法”いわゆる魔力剣的なものもあるようなようなのだが……。
この黒魔法に関するもろもろのスキルは基本的にセルフィの持つものをコピーしたものだ。
ゆえに、設定がセルフィのものをトレースしているのだ。
設定とは何かというと、詠唱短縮の設定のことなのだが。
詠唱短縮の設定とは、まぁざっくり説明すると、どの魔法をどの印で発動するか、みたいなものだ。
この世界において呪文詠唱を短縮するとは、自ら選び指定した単純な暗号を口にしたり、特定の印を虚空に指先や杖で描くことで、設定した魔法陣が展開され高速度の代理詠唱が開始される、というシステムになっているのだが……。
セルフィはこの“魔力を武器に形成する魔法”魔猟霊装を、短縮登録していないようなのだ……。
まぁ、魔法使いが白兵戦するような状況に陥る時点ですでに詰んでる訳で、なんのためにあるんだこの魔法、って感じのゴミスキルめいたものではあるのだけどさ……。
いや、それでもちゃんとさ、念のため準備くらいしておこうよ。
うん、まぁ借りたスキルである上に、後で修正しなかった俺が一番悪いんだけどさ。
という訳で、使用するには長い口頭での呪文詠唱を、魔力操作に若干の集中を伴いながら行う必要があるという訳なのだが……。
あかん、これ作ってる間に死ぬわ。
という訳でこれも却下。
SランクやSランクプラスの魔法なら強力な魔法もある。
それを使えば一撃でとどめを刺すことも可能ではあるかもしれない。
だが、さっきの理由と同じで無理だ。
セルフィのスキルがベースになっている以上、先ほど得たばかりのSランク以上の魔法には一切の短縮登録が行われていない。
高位の魔法であるほど詠唱は長い。ゆえに、隙だらけになる長い時間をどう過ごせばいいのか、という話になる。
そもそも疲労感から見ても、もうそうそう魔力が残っていない気がする。
大丈夫かね、この世界、魔力が尽きたら死ぬとか無いよね?
そうこうと思考する間にも敵の猛攻は荒れ狂い飛び交っている訳で。
やかましい、と殴ろうにも斬鋼剣の乗っていない拳などペチンで終わることだろう。
むしろ無駄に攻撃したことで隙ができる危険性もある。
ぐぬぬ……。
となると――剣閃砲か。
けど、恐らく魔力不足だ。
そもそも斬鋼剣と併用してあの威力なのだ。
斬鋼剣もあと一回使えるかどうか。
両方使うには疲労感的に魔力が足りるとはとても思えない。
単体での使用でどの程度の威力になるものか。
その一発は“賭け”となる。外したら即、詰み。そんな選択はできるだけ避けたい。
ってか、そもそも使えたとしてもアレはヤバイ。
何がヤバイって、撃つ方向間違えたら街が消し飛ぶ。
他のとこ飛んでっても地形が変わる。その結果、何が起こるかわかりゃしない。
そう、多分だけどこの哀れな古翼竜君みたいに、無慈悲な破壊により住みかを失い、安息地を求めて放浪し、その末に凶暴化した魔物が群れの王となり、第二第三の獣魔大乱が……という感じで終わらない負の連鎖がいつまでも続く可能性さえあるのだ。無限ループとか怖いのでやめていただきたい。
上手いとこ狙えればいいのかもしれないが、あんな素早い的に当てるためにはしっかりと狙いをつけなきゃならない訳で。当てられるタイミングで放たなければとても直撃なんてさせられない訳で。直撃しなければ例え剣閃砲でもしとめきれるとは限らない。となると、確実に直撃させられる偶発的チャンスを見計らって放たなければならない。ということはつまり、どこに飛ぶかなんてわからないし、そんな周囲の影響も考慮したベストなタイミングを意図的に引き当てるなんて器用なことさすがに無理だ。こっちだって実はわりと必死な訳で、そんな制御してる余裕なんてあるはず無い。
ってかさ。
そもそもさ。
迂闊にアレ使って“実は今回の事件の元凶だ”ってバレたらクソヤバくね?
少なくとも、帝国の幽閉塔から放たれた謎の光が翼竜の住みかである山を貫いたって情報はもう届いているはずな訳で。間違いなくこの古翼竜もその事件の当事者な訳で。
獣魔大乱は、どこからか現れた強力な固体が群れを率いた結果発生する。縄張りを追われた強力な固体もその群れの王の候補者。
俺が剣閃砲でぶっ貫いて破壊してしまったロトス山とやらは翼竜の住みか。今回の獣魔大乱の群れの王は古竜種の翼竜。とても無関係とは思えない。
どう楽観的に考えてもその元凶は、俺だ。そんな俺が危機を救ったってマッチポンプでしかない訳で。そんな中、俺があの光を再現してこいつを倒したらどうなる? 俺が実は元凶でしたってバラすようなもんじゃん?
その先にあるのって多分……英雄ルートどころか、街を危険にさらした元凶としての罪人刑罰ルートですよね? 最悪死罪かな?
……無理無理無理無理かたつむり。
そんな危険な選択とてもできませんよ?
せっかく可愛い嫁ができたってのに。
こんなところで社会的に死ぬなんざまっぴらごめんのすけ。
物理的に生き延びても犠牲になるなんざごめんこうむりざえもんにござるよ!
という訳で、どのみち必殺奥義の斬鋼剣剣閃砲は使えない。
というか今後使用不可の切り札になる可能性も微粒子レベルで存在しかねない。
剣閃砲使えるってこと自体、偽装スキルでステータスプレートから隠蔽した方がいいかもしれんな。
となると、どうする?
「どうした? もしかして……もう撃つ手なしなのか?」
うんうん唸っている俺に、ベテラン風味のおっちゃんが遠くから声をかけてくる。
「ん~……ちょっと、ヤバイかも?」
小声で呟いた声が届いてしまったらしい。
「うぇぇ? マジでぇ!? あんなに格好良く助けに来てくれたのにぃ!?」
赤髪のバンダナスタイルの盗賊風の姉ちゃんが悲鳴のような声をあげる。
「うぅ……最後の頼みの君がそれじゃあ、あぁ、そうかぁ……これはもう、とうとう終わりかぁ……死ぬしかないのかぁ……」
涙目で絶望の表情をさらしつつ嘆く盗賊風姉ちゃん。
「あぁ……もっと美味しいご飯食べとけばよかったにゃ」
何かを悟ったような表情であさっての方向へと悲痛な呟きをもらす武術家風の獣耳ちゃん。
いや、そんな諦めモード入らなくても、一応まだ考え中なだけですってば。
回避の合間のわずかな余裕で周囲を見渡すと祈るような姿で俺を見つめる面々。
あのロリロリ魔術師ちゃんも必死な形相で拝むように俺を見ている。
赤髪の魔術師さんは無表情な余裕面のようだが。
ん? そういえば。
ロリロリ魔術師ちゃんを見て思い出した。
対象拡大を用いた攻撃魔法の全弾発射。
あれにより、一撃一撃は小さな傷でも、いちどに大量に叩き込む事で大打撃を与えていたじゃないか。
仮に彼女らの魔力がA~Sだったとして、スキルがAランク程度の魔法だったとして、それであれだけの威力を発揮することができたのだ。魔力SSSの俺が放てばどうなる?
残りの総魔力量で何発程度いけるか多少の賭けにはなるが……その物量攻撃に、俺の超高魔力という一撃の破壊力が乗れば。
追尾誘導効果を付与した攻撃魔法の一斉掃射。それは確実に当てられる高火力の必殺攻撃。これだ! これしかない!
「いい案が思い浮かびました! 協力、お願いできますか?」
精鋭の戦士達に問いかける。
いくらステータスやスキルが強かろうとどうにもならない時ってのが人にはある。
いくらラノベの主人公みたいなチート能力者だろうと、なんでも一人で乗り越えられるとは限らない。作り物のフィクションならともかく、リアルであるならなおさらだ。
そういった時、物語の主人公達はどうしてきた?
そう言う時は、一人で全部背負うのではなく、力を借りればいいんだ。
周囲を見渡せば、祈るような表情で俺の戦いを見守る精鋭の戦士達。
この怪物相手に引けを取らずに戦い抜いた真の精鋭達だ。実力者達だ。
ならばきっと、彼らなら信頼できる。
ここから先は俺のターンだ! みたいにしゃしゃり出といてちょっと情けなくはあるけれど。
けど、何そんな救世主か神に祈るみたいな目で俺を見てやがるんだよ。
傍観者になんてなってんじゃねぇよ。お前らだって充分強い戦士じゃん。まだその心は折れちゃいないんだろ?
急ごしらえのパーティになるけどさ。せっかくだから一緒に戦おうぜ!
俺は無敵の主人公様なんかじゃない。だから一人ではなく、みんなで戦う。
そうやって、確実な勝利を目指す!
嫁達との幸せな未来のために!
「今、この場を決められるとしたら恐らく君だけだろう。あたしは乗るよ」
赤髪ロングの魔術師お姉さんが答えると。
「俺もだ。面白くなってきやがった」
ベテランのおっちゃんもにやりと口はしに笑みを浮かべる。
そして、俺も私もと、十五人全員が俺の言葉に答えを返す。
「よし、少しの間だけでいいので、時間を稼いでください。一撃で決めます!」
おう、と十五人の声が木霊した。
前衛の戦士達が翻弄し、後方の戦士達が剣閃を放つ。
攻撃要員の魔法使いはできることが無いようだが、支援魔術師達は障壁などを張って防御主体の前衛をカバーする。
その間に、俺は魔力を集中させる。
ほんのわずかな集中だが、さっきはそれでしくじった。
思った以上に、スキルで自然に使えるようになっていても集中力のようなものが何割か割かれてしまうらしい。
そんな中、いかに達人の境地に至っているとはいえ、確実に回避し続けられるとは限らない。
俺を敵と認識しているとはいえ、攻撃を受ければ対応する。
今、古翼竜は精鋭との戦いに思考を割かれている。
その間に、一瞬の隙に、短い暗号を繋げた簡易詠唱と、特定の印を両手で描くことで短縮詠唱を実行する。
魔法陣が複数展開され、代理詠唱の開始と共に体内の魔力が循環し、魔法の発動に必要な魔力操作がスキルにより無意識かつ自動的に行われる。
無数の障壁に守られつつも、その超重量の尾撃により吹き飛ばされる重装備のおっさん。
一瞬で間合いを詰め、後方の十一人へと致死の轟炎が迫る。
転移し、彼らが逃れたその瞬間。
「できました! いきます!」
いざ追撃せん、と奴を翻弄すべく跳躍の姿勢に入った回避型前衛三人に合図を送る。
合図により踏みとどまった三人。
その様子を見て我に返ったのか、巨竜の頭部がこちらへと向けられる。交差する視線。
「――もう遅い。チェックメイトだ」
俺の放つ魔力弾の群れが古翼竜の全身を穿った。
セルフィが短縮登録していた最大対象拡大量、その数実に六十。
頭部、胴体、翼、脚、巨大なその体における照準指定した六十箇所の部位目掛け、一斉に放たれた大量の魔力矢は、超高速で回避せんと夜空へ逃れた竜の体を追尾誘導、紫色に光輝く美しい尾を引きながら、魔弾はついぞ、その厄災振りまく巨竜の体へと深々と突き刺さるのだった。
応援ありがとうございます!
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