伝説のパーティ!~王子アルベールとその仲間達は如何にして伝説と謳われる様になったか~

雨雲之水

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それは夜を統べるもの

一の騎士、それは円卓を超えて

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 川べりに立った小屋は、私と彼の安住の地だった。



 彼はジェラール・ド・リドフォール、私はマリオン・ル・フェイ。円卓を目指す騎士と、それを見守る妖精の魔術師。それでよかった。



 ある時変な男が現れた。黒い服を着た男。男はジェラールを挑発した。アーサー王を悪し様に言って。そしてあろうことか、ジェラールは鍋を被って男を追いかけて行ってしまった。

 すかさず私も追いかけた。彼が何処かへ行ってしまわないよう。彼をル・フェイの住処に連れ戻せるよう。



 何故か追いついた先は暗い洞窟の中だった。



 でもそれは結果的には幸運だった。見知らぬ世界の見知らぬ土地で、ジェラールは正真正銘騎士になれた。しかも一の騎士だ。アーサー王伝説になぞらえるなら、ランスロット卿の位置と言って良い。

 危険なのは承知していた。でも仲間になった冒険者は皆強そうだったし、実際強かった。私も本で読んだ知識を役に立てることでパーティの中で浮くことは無かった。上手く行っていた。



 でも、ここにいる人たちの中で私だけが嘘をついている。



 私は魔法を使えない。何なら妖精でも無い。ジェラールのおかげで多少知識があるだけの下女。この世界に来た時に、着ている服は本の中の魔術師の様に変わっていた。けれど魔法は使えなかった。

 ジェラールは本物の騎士になった。鍋の兜も蓋の盾も、立派な騎士のそれになっていた。でも私は?



 ここにいるみんなのなかで、わたしだけが、うそつき







 頭を押さえるマリオンは苦しそうに呻く。



「おやおや、妖精の魔術師はどうしたのかなぁ?忘れていた何かを思い出しちゃったかな?それとも、覚えていて今まで黙っていたのかなぁ?」



 ヘラヘラと笑いながらニーグルムは語り掛ける。アスワド同様性格は悪い。



「おのれ言わせておけば!大丈夫だマリオン。君を不安にさせる不逞の輩は、このジェラールが退ける。」



 自信たっぷりに言葉を放ちマリオンを元気づけようとするジェラール。しかし悲しいかな、今はそのジェラールの言葉がマリオンの心を抉っていく。



「違う、違うのジェラール。この世界に来て、貴方は立派な騎士になった。でも私は・・・」



 目に涙が滲む。ジェラールは騎士となった。しかし自分はそうではない。仲間達は自分の事を妖精の魔術師だと思っているだろう。魔法が使えないのには何か事情があるのだろうと。

 事情ならば確かにある。それは彼女が妖精でも魔術師でも無い、ただの人間であるという事だ。



 空虚な妄想の中ならば、それでよかった。だが今は違う。皆が命を懸けて戦う場で、自分だけが嘘をついて空気の様に存在している。



 外見は変質していた。しかしジェラールは鎧兜が変質しただけで別段彼の中身が変わった訳では無い。ジルベルタの時とは違い、彼には人を上回る力などは備わらなかったのだから。

 だがそれでよかった。ジェラールの持つ武勇はこの世界で花開き、その真価を発揮したのだから。



 じゃぁ、マリオンは?



「私はこの世界に来てもただの人間、ただのマリオンなのよ・・・」



 か細い声でマリオンは言う。魔法が使えないものか何度も試みた。だが駄目だった。

 ジルベルタと同様に、ジェラールと同様に、自分にも何かしらの力が宿っていてくれればと何度も思った。しかし現実は残酷だった。



 自分を確信する。特別な力など何も持っていないと。そして思う。そんな自分が彼らの傍にいていいものなのかと。つまり、ジェラールの傍に。



 元の自分を確定してしまうマリオン。そしてそれは、変質の崩壊を招く。



「むっ!」



「あぁ・・・」



 マリオンの服が元に戻る。同時に、ジェラールも。同時にこの世界に来て同時に変質した二人。彼らの変質は繋がっていた。夢から覚める時が来た。



「あははははは、いいねぇそれ。素敵な格好だよ騎士様。妖精ちゃんも良く出来ました。そうそう君らは風車の騎士さ。夢から覚めればただの人、ってね?」



 ニーグルムがしてやったりと言った風に笑う。



「全くつまらない三文芝居だったよ。馬にも乗らない騎士様がこの世界を当てども無くうろついて、滑稽な遍歴でもしてくれればおかしかったのに。王子様に出会ってまさか本当に騎士になって、しかもそれが一の騎士なんてさぁ。」



 ニーグルムは持っていた剣を後ろに放り投げると虚空に手を伸ばし、そこから一振りの剣を抜いた。



「そんな英雄譚はいらないんだよね。矮小な人間は矮小な人間らしく、寒い道化芸でも披露してなよ!」



 剣を手にニーグルムはジェラールに向かう。しかしジェラールの姿はもはや騎士のそれではない。右手に持った剣はお飾り、そればかりか兜は鍋で盾はその蓋だ。



「なんのっ!」



 ジェラールは飾りの剣でニーグルムの剣を受け止めようとする。飾りの剣でも受けるくらいはできる。そう踏んでの事だ。それは確かに正しい、ニーグルムの手に持つ剣の事をさえ考えなければ。



「何だと?」



 被った鍋も手に持つ剣も、ニーグルムの剣の前ではバターと同じだった。

 幸い体は切れていなかったが、頭の鍋は割け剣は真っ二つに斬られてしまった。



「君が一の騎士になったって言うからさ、もってきちゃったよ。アーサー王伝説一の騎士の剣、わかるかなぁ?」



 ニーグルムの手に持つ剣は淡い輝きを放っている。アーサー王伝説一の騎士と言えば、湖の騎士と謳われその誉れも高いランスロット卿だ。そして彼の剣と言えば。



「まさかそれは、アロンダイト・・・・・?」



 ジェラールは驚愕した。あの円卓に並ぶ騎士たちの中でも特にその誉れの高いランスロット卿。そのランスロット卿の剣アロンダイトを、まさかニーグルムがその手に持つだなどと。



「大正解!いいでしょ?一の騎士様を殺すんだったらこれ位箔の付いた剣でやってあげようかなって言う私の心遣いだよ?感謝してほしいねぇ。」



 ビシっとポーズをとるニーグルム。アルベール達には何のことやらサッパリだが、しかしニーグルムの手に持つ剣が相当のものである事はうかがい知れた。



「アスワドの時は邪魔が入ったけど、今回それは無い。ま、有り難く殺されちゃってよ?王子様達には後で用があるから大人しくしておいてね。」



 ニーグルムは手をひらひらとアルベール達に振る。ヴァンパイアであるクリスチアンの邪眼の効果は強力で未だにどうにもならない。そのクリスチアン自体は椅子に座って黙っているが。



「さて、言い残したことはあるかい?私は優しいからねぇ、最後に少しくらいは時間をあげてもいいよ?」



 余裕たっぷりと言った風のニーグルム。実際、ここからジェラールがニーグルムに打ち勝つ事は到底不可能だろう。



「ふむ、そうだな。」



 ジェラールは振り返り、マリオンの傍にしゃがみこむ。



「マリオン。」



「ごめんなさい、ごめんなさいジェラール。私のせいで・・・」



 泣き声を上げながらジェラールに謝るマリオン。



「何を謝る事がある、マリオン。他の誰もが私を嘲笑する中で、君だけが私の傍で私を見守っていてくれた。だからマリオン、泣かないでくれ。他の誰が何と言おうとも、私にとって君はル・フェイ。私が愛する妖精だ。」



 マリオンの頬を伝う涙を指で払う。ジェラールのその瞳は試練に立ち向かう物語の騎士の目だ。



「フランシス・・・」



 顔を赤くしてマリオンは小さい声で呼ぶ、彼の名前を。



「君にその名を呼ばれると・・・照れるな。」



 立ち上がりニーグルムに向き直るジェラール。彼の顔に迷いはない。



「教えてやろうニーグルム。騎士を見守るル・フェイに愛された騎士は、たとえどんなに厳しい試練であろうともそれに打ち勝つのだ。」



 強い意志を言葉に乗せるジェラール。しかしニーグルムはその言葉に対し大笑いで返す。



「いやいや、度々笑わせてくれるねぇ。打ち勝つって私とこのアロンダイトにかい?さっき君の剣を二つに切り裂いたのを君も見てたでしょうに。これだから現実と妄想の区別がつかない狂人は。まぁいいや、最後に笑わせてくれた事だし、一息に殺してあげるよ。」



 互いに駆け出す。しかしニーグルムが手に持つのは伝説の騎士の剣アロンダイト。一方ジェラールの手にあるのは折れた直剣だ。勝負は目に見えすぎるほど見えている。



 しかしジェラールは恐れない、恐れていない。彼は信じている、自分を。そして、自分を見守っていてくれたマリオンを。

 彼女は自分の事をただの人間だと言った。しかしそんな訳が無い。彼女が見守っていてくれたからこそ、自分は騎士になれたのだ。皆が認めるこの世界の騎士に。

 ジェラールが騎士なのだとしたらマリオンは何だ?妖精?魔術師?そんな事は知らない。彼女はル・フェイだ。



 私が騎士となる前から愛していたただ一人のル・フェイだ!



 ニーグルムのアロンダイトに対して受けるように前に出した左腕。ニーグルムの顔は狂気に満ちた笑いで染まる。腕ごと落とす。腕ごと頭を切り裂いて殺すと、そう言っている様に。



 思わず目を背けるマリオン。直後に激しい金属音がする。



 恐る恐るそむけた目を戻すマリオン。その眼前には、ニーグルムのアロンダイトを盾で受け止める白銀の鎧の騎士が立っていた。
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