39 / 57
それは夜を統べるもの
黒き者共はかく語りき
しおりを挟む
「で、フルカス君は置いてきましたと。」
暗い暗い何処かで男の声がする。黒い服に身を包む彼には、何と顔が無い。
「うん、狼少女は始末しそこなっちゃったけどね。でもこの世界での存在の定着にもう一つ可能性が出て来たのは目に見える成果じゃないかな?向こうの幻想をばら撒かなくても、この世界の人間が僕たちの存在を観測して認識すればいい訳だし。」
同じく黒い服に身を包む男が答える。彼はアスワド。先だってジルベルタの殺害に失敗し、一泡吹かせられた男だが特段悔しさが顔に出ている訳では無い。
「まぁでも、人間ごときに僕らのスケールは計り知れない訳だし、あんまり期待は出来ないけどね。それどころか、下手に想像されてその存在が確定しちゃうと格段に弱くなっちゃう危険もある。実際、アスワドは件の狼少女の一撃を貰ってよろめいちゃった訳だし?」
向こうの世界での彼らであれば、人間など歯牙にもかけない存在だった。それくらい強大であり、例え実在する幻想として昇華された存在とは言え、ライカンスロープ如きの攻撃でよろめくなどとは考えられない。そう、本来ならば。
「僕らは向こうの世界からやって来て日が浅い。それだけにまだその存在が確定していない。すこしは表立って動かなきゃならないけど、あんまり動きすぎるのも良くない気がするね。」
向こうの世界の魔術によってその存在を幻想に堕とされた彼らは、その存在を、在り方を人間の想像力に一任する形になってしまった。夢の世界に逃れる事でその影響を小さくすることには成功したものの、少なからずその存在は改変されている。
「現実世界で行動すると、どうしたって人間の幻想に対する想像の影響は受けてしまう。とはいえ、動かなきゃ何時まで経っても存在が確定しない。難しいもんだねこれは。」
諸手を上げてお道化た声を出すが、彼らは彼らなりに困窮してはいた。何せ自分達を幻想に堕とした魔術の影響は甚大だった。夢に世界では自由にその存在を書き換えられたが、現実世界に出ると途端に弱体化してしまうのだから。
何せ人間の想像力は恐ろしかった。時代が下っていくと物語に閉じ込められた彼らを尚改変する者達が現れたのだから。
「それに僕らは窮極の門を勝手にこじ開けて使っちゃってる。今はまだばれてないけど、奴に気付かれたらまず間違いなく僕らに激おこのはずさ。」
それはあらゆる時間、空間、世界に隣接する存在の持つ門だ。その門を勝手に使う事で、彼らは向こうの世界の幻想の存在を此方の世界に送り込んできた。しかし、門の持ち主に知られればそれもどうなる事やらだ。
「もう大概の幻想は向こうから連れ出してきたし、それはどうだっていいんだけどね。問題があるとしたら奴が改変の影響を受けていた場合、こちらの世界の人間の味方をしだす可能性があるってことだね。いやぁ、割かしピンチだねぇ僕等。」
笑いながら顔の無い男は言う。
「とは言え、僕等だって止まる訳には行かないんだよね。本当の自分を確定させて、外なる神の使者としての使命を果たすのさ。幸い本当の意味で僕らの邪魔が出来る存在はいない。今の内にやりたい放題やっておかなきゃね。」
フフンと鼻を鳴らし顔の無い男は言う。鼻が何処にあるのかは分からないが。
彼らは向こうの世界で歪められた自分たちを本来の姿に戻したいのだ。しかし、それは同時にこの世界の人間達、いや全ての生きとし生ける者たちにとって不幸と同義なのである。
何故なら彼らの使命は混沌。歪んだ邪悪を世界に振りまき外なる神を顕現させる事こそが彼らの使命なのだから。
それは即ちこの世界の崩壊をも意味する。向こうの世界で外なる神が顕現した時、ある惑星が粉々に粉砕された。その名残が、火星と木星の間にある小惑星帯であると言う。
星をも砕くその神が顕現すれば、それこそ人間など太刀打ち出来ようはずがない。アルベール等の住む星もまたその惑星と同じ最期を遂げるだろう。
「お次はニーグルムの番って訳ね。彼は確か風車の騎士を殺すんだったよね?面白く無いから。」
「そうそう。彼もさぁ、なんちゃって騎士のままでそこらをうろついて、精々笑える冒険譚を提供してくれれば良かったのにさ。何を間違えたのか立派な鎧兜付きで向こうに行っちゃって、それに妖精の魔術師?あれはまぁ滑稽で笑えるけど、正直もういいよね。」
アスワドと顔の無い男はジェラールについて何をか話している。ジルベルタの例から鑑みるに、彼等も向こうの世界では違う存在だったというのだろうか。
風車の騎士と言う彼らの呼び方からある程度の推察は出来るかもしれないが、確かな事は分からない。
「何にせよさぁ、もう賽は投げられちゃってるんだよね。僕らはもう失うものなんて無いし、精々勝手に暴れてやればいいのさ。味方がいない訳で無し、彼らと協力して世界を滅ぼそう。外なる神、アザトース様の顕現によってね。」
顔の無い男たちはほくそ笑む。見るのが嫌なくらい上等な笑顔で。そして彼らは動くのだ。海底に潜み死肉を喰らう気味の悪い生き物の様に。そして振りまくのだ。世界に混沌を、恐怖を、混乱を。
彼等には目的だけがある。過程は酷ければ酷い程良い。過程でどれだけ勝とうが負けようが、それは彼等にはどうでもいいのだ。グチャグチャの泥仕合になって、敵は勿論味方さえも疲弊しつくし、そしてその果てに外なる神が顕現すれば彼らの悲願は成就するのだから。
顔の無い男。彼は這い寄る混沌。千の貌を持つ無貌の神。そして世界に邪悪な混沌を振りまくトリックスター。
彼の名前はニャルラトテップ。
暗い暗い何処かで男の声がする。黒い服に身を包む彼には、何と顔が無い。
「うん、狼少女は始末しそこなっちゃったけどね。でもこの世界での存在の定着にもう一つ可能性が出て来たのは目に見える成果じゃないかな?向こうの幻想をばら撒かなくても、この世界の人間が僕たちの存在を観測して認識すればいい訳だし。」
同じく黒い服に身を包む男が答える。彼はアスワド。先だってジルベルタの殺害に失敗し、一泡吹かせられた男だが特段悔しさが顔に出ている訳では無い。
「まぁでも、人間ごときに僕らのスケールは計り知れない訳だし、あんまり期待は出来ないけどね。それどころか、下手に想像されてその存在が確定しちゃうと格段に弱くなっちゃう危険もある。実際、アスワドは件の狼少女の一撃を貰ってよろめいちゃった訳だし?」
向こうの世界での彼らであれば、人間など歯牙にもかけない存在だった。それくらい強大であり、例え実在する幻想として昇華された存在とは言え、ライカンスロープ如きの攻撃でよろめくなどとは考えられない。そう、本来ならば。
「僕らは向こうの世界からやって来て日が浅い。それだけにまだその存在が確定していない。すこしは表立って動かなきゃならないけど、あんまり動きすぎるのも良くない気がするね。」
向こうの世界の魔術によってその存在を幻想に堕とされた彼らは、その存在を、在り方を人間の想像力に一任する形になってしまった。夢の世界に逃れる事でその影響を小さくすることには成功したものの、少なからずその存在は改変されている。
「現実世界で行動すると、どうしたって人間の幻想に対する想像の影響は受けてしまう。とはいえ、動かなきゃ何時まで経っても存在が確定しない。難しいもんだねこれは。」
諸手を上げてお道化た声を出すが、彼らは彼らなりに困窮してはいた。何せ自分達を幻想に堕とした魔術の影響は甚大だった。夢に世界では自由にその存在を書き換えられたが、現実世界に出ると途端に弱体化してしまうのだから。
何せ人間の想像力は恐ろしかった。時代が下っていくと物語に閉じ込められた彼らを尚改変する者達が現れたのだから。
「それに僕らは窮極の門を勝手にこじ開けて使っちゃってる。今はまだばれてないけど、奴に気付かれたらまず間違いなく僕らに激おこのはずさ。」
それはあらゆる時間、空間、世界に隣接する存在の持つ門だ。その門を勝手に使う事で、彼らは向こうの世界の幻想の存在を此方の世界に送り込んできた。しかし、門の持ち主に知られればそれもどうなる事やらだ。
「もう大概の幻想は向こうから連れ出してきたし、それはどうだっていいんだけどね。問題があるとしたら奴が改変の影響を受けていた場合、こちらの世界の人間の味方をしだす可能性があるってことだね。いやぁ、割かしピンチだねぇ僕等。」
笑いながら顔の無い男は言う。
「とは言え、僕等だって止まる訳には行かないんだよね。本当の自分を確定させて、外なる神の使者としての使命を果たすのさ。幸い本当の意味で僕らの邪魔が出来る存在はいない。今の内にやりたい放題やっておかなきゃね。」
フフンと鼻を鳴らし顔の無い男は言う。鼻が何処にあるのかは分からないが。
彼らは向こうの世界で歪められた自分たちを本来の姿に戻したいのだ。しかし、それは同時にこの世界の人間達、いや全ての生きとし生ける者たちにとって不幸と同義なのである。
何故なら彼らの使命は混沌。歪んだ邪悪を世界に振りまき外なる神を顕現させる事こそが彼らの使命なのだから。
それは即ちこの世界の崩壊をも意味する。向こうの世界で外なる神が顕現した時、ある惑星が粉々に粉砕された。その名残が、火星と木星の間にある小惑星帯であると言う。
星をも砕くその神が顕現すれば、それこそ人間など太刀打ち出来ようはずがない。アルベール等の住む星もまたその惑星と同じ最期を遂げるだろう。
「お次はニーグルムの番って訳ね。彼は確か風車の騎士を殺すんだったよね?面白く無いから。」
「そうそう。彼もさぁ、なんちゃって騎士のままでそこらをうろついて、精々笑える冒険譚を提供してくれれば良かったのにさ。何を間違えたのか立派な鎧兜付きで向こうに行っちゃって、それに妖精の魔術師?あれはまぁ滑稽で笑えるけど、正直もういいよね。」
アスワドと顔の無い男はジェラールについて何をか話している。ジルベルタの例から鑑みるに、彼等も向こうの世界では違う存在だったというのだろうか。
風車の騎士と言う彼らの呼び方からある程度の推察は出来るかもしれないが、確かな事は分からない。
「何にせよさぁ、もう賽は投げられちゃってるんだよね。僕らはもう失うものなんて無いし、精々勝手に暴れてやればいいのさ。味方がいない訳で無し、彼らと協力して世界を滅ぼそう。外なる神、アザトース様の顕現によってね。」
顔の無い男たちはほくそ笑む。見るのが嫌なくらい上等な笑顔で。そして彼らは動くのだ。海底に潜み死肉を喰らう気味の悪い生き物の様に。そして振りまくのだ。世界に混沌を、恐怖を、混乱を。
彼等には目的だけがある。過程は酷ければ酷い程良い。過程でどれだけ勝とうが負けようが、それは彼等にはどうでもいいのだ。グチャグチャの泥仕合になって、敵は勿論味方さえも疲弊しつくし、そしてその果てに外なる神が顕現すれば彼らの悲願は成就するのだから。
顔の無い男。彼は這い寄る混沌。千の貌を持つ無貌の神。そして世界に邪悪な混沌を振りまくトリックスター。
彼の名前はニャルラトテップ。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる