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それは夜を統べるもの
旧き者達
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「あ、あ奴、儂を置いて行きおった・・・」
フルカスは怒りに肩を震わせている。
先だってフルカスと共に来たアスワドはここが潮時と言わんばかりに虚空へと消えてしまった。同行したフルカスを置いて。
おそらくわざとだろう。フルカスを連れて帰るくらいの余裕はあったはずだ。
「ご老人、フルカスと言ったか。貴方はアスワドの様に消えるように去る事は出来ないのか?」
アルベールがフルカスに問う。この老人が何者かは知らないが、アスワドと共に来たという事はそちら側の者なのだろう。実力もかなりのものだったし、それ位出来ても不思議ではない。
「儂は魔方陣を介してでなければ遠方への移動は出来ん。ここへ来たのはアスワドの力を使ってじゃった。だからアスワドと共にでなければ儂は帰れぬ。」
異界の魔術を行使しなければ帰る事が出来ないという事だろうか。いや、それにしたってアスワドに置いて行かれたという事は、彼はフルカスを手元に置いておくつもりが無いという事だ。もし帰れたとしても、迎え入れられはしないだろう。
「行くあてが無いのなら王都に来てもらっても構わないが。フルカス殿、アスワドと共にいたという事は貴方も異界の住人という事なのだろうか?良ければその辺りの話を道すがら聞かせて欲しい。」
フルカスを置いて帰ったこと自体が何かしらの陰謀なのかもしれないとは思ったが、フルカスから話を聞きたいというのは事実だ。アルベール達はまだアスワド陣営について有力な情報を何も持っていない。聞けるチャンスがあるのなら、聞いておきたいのは当然だろう。
「良いのか?儂はアスワドと共に来た。あ奴の仲間と思しき者じゃぞ?」
それは分かっている。しかし先ほど見せたアスワドへの怒りは本物だろうし、今更危害を加えるでも無いだろう。フルカスは理知的である様に見えたし、交渉の余地はありそうだった。
「あぁ、先ずは私の屋敷まで来てもらいたい。そこで色々と話を聞かせてくれれば幸いだ。」
「おぉ、こちらの世界の人間にもなかなかどうして礼儀を弁えたのがいるでは無いか。知っておると思うが儂はフルカス、古老の悪魔にして悪魔の騎馬軍団二十を統べる騎士よ。人間よ、儂を迎え入れられる事を喜ぶが良いぞ。ふぁふぁふぁ。」
「アクマって?」
「今は黙っとけって。」
悪魔が何かについては皆その答えを持たなかったが、一同黙っておくことにした。フルカスはご機嫌の高笑いを上げている。このまま王都まで連れて帰ってあわよくばこちらに引き込んでしまおうとアルベールは考えた。
なにせ腕がたつのは既に知っている。その上彼は騎士だと言っていたし、騎馬軍団の長だとも言った。その軍団まで味方につけられるかどうかは分からないが、少なくとも彼は騎馬団での戦い方に精通しているはずだ。味方につけて損は無い。
ふと横を見ると、ジルベルタは青ざめてうつむいていた。具合が悪いのでも無いようだが、フルカスが悪魔だと言った時ほどからだろうか。
ジルベルタは最早以前の彼女では無い。向こう正面に何が立ちふさがっても気丈に立ち向かうだろう。その彼女がこれだ。
彼は悪魔と言う存在なのだろう、ジルベルタがライカンスロープという存在であるように。そして悪魔とは、努々油断のならない恐るべき存在なのかもしれないとアルベールは思った。
北の村から帰還したアルベール達は、彼の屋敷でフルカスから話を聞くことにした。
何せアスワドと一緒にいたのだ、それなりに情報は持っているはずだし、おいて行かれて今更アスワドに義理立てするとも考えにくかった。
「先ずは質問、アクマってなんなの?おじいちゃんの種族?」
先陣切ってミリアムが質問した。ジルベルタの様子を見て更に疑問の念を深くした彼女は、道中悪魔と言うものが何なのか気になって仕方がなかったようだ。
「ふむ、確かに儂の種族と言って差し支えなかろう。悪魔とは神の敵対者。人間を堕落させ退廃の渦に巻き込む者よ。とは言え、この世界には儂らが敵対する神がおらぬ。この世界の人間は儂らが敵対する神より創造されておらん。じゃからして儂ら悪魔がお主等に堕落と退廃を振りまく理由も無い訳じゃ。そこの狼は元は異界の者なんじゃろう?儂を恐れておるのはそれ故じゃよ。」
アルベール達はにわかに驚いた。神に敵対するような者が向こうの世界にいる事に。こちらの世界にも宗教くらいはある。よって神も一応存在することになっているが、万物の根源が第一質量で魂も何もかも滅べば第一質量に還元される事を知っている。
この世界で宗教に縋るという事は、ものを知らないという事と同義だ。ともすれば精神世界に意志ある者が存在する可能性は否定できないが、人を救ったり奇跡を起こす所謂神など存在しない。
「まぁ、契約によってその人間に叡智を授けてやることも出来るぞ?お代はその者の魂になるがな。」
にやりと笑うフルカス。悪魔としての威厳を示すために冗談めかして脅しを入れて来たのだろうか?しかしその脅しはここにいる誰にも通用しない。叡智はともかく、先にも述べた通り魂は体が滅べば第一質量に還元されてしまう。魂を留め置く手段があればともかく、そうでなければ叡智のただ貰いが出来てしまう。
「そうか、でもなじいさん。お代が魂っていうのはこれからは見直した方が良いと思うぜ。」
ジョンが説明する。魔術の稽古をアルベールから受けている面々は当然これら物質世界と精神世界からなる世界の構成と第一質量の関係についてをアルベールより習っている。
「何と、世界の構成そのものが儂らの世界とは絶対的に違うのか。」
フルカスは目を丸くして驚いていた。神がいないのはまぁ仕方ないとして、魂を貰って配下に置くことも出来ないと来た。幻想に堕ちていく最中でこれまでに配下にした人間の魂はそのいずれもが消えてなくなってしまった。こちらの世界で増やそうと思ったが、それも叶わなくなってしまった。
「まぁ、それはおじいさんの方でおいおい考えて貰うとして。あの黒きアスワドとかいうのについて教えて下さらないかしら?」
ショックを受けるフルカスにセリエが言う。フルカス自身の事も勿論気にはなるのだが、本題はこちらだ。彼らの情報がアルベール等としては喉から手が出るほど欲しいのだ。今後の為にも。
「奴等か。そもそも彼の世界で儂らが幻想となり物語の中の存在となったのはあ奴等が原因なのじゃ。」
全員が目を見開いてフルカスを見る。
「奴らは幻想になった者達の誰よりも若い。しかしその実、誰よりも古くから存在していたのじゃ。」
フルカスは矛盾をはらむ言葉を使った。誰よりも若いのに誰よりも年寄りとは妙な事を言う。
「およそ人間と言う種族が世界に存在する以前より奴等は存在した。初めの頃は静かにしておったんじゃろうが、その内そこかしこで悪さをするようになった。あ奴等の言う混沌の王を、世界に混乱と恐怖を振りまくことで呼びだそうとしたのじゃ。そして、それに気づいたものがおった。」
「それが、アスワドの言っていたプロヴィデンスの男か?」
アルベールの言葉にフルカスが静かに頷く。
「そうじゃ。あ奴等名前も言いたくないくらいあの者に腹が立って居るようじゃ。まぁ、それもそうじゃろうな。あ奴等にとっては人間なんぞ小石の様な物。躓けば腹も立つじゃろう。」
イヒヒと笑うフルカス。こうしてみると本当はアスワドの事も嫌いだったように思える。
「そのプロヴィデンスの男は、彼らに何をしたの?」
セリエが言う。ミリアムは話についてきているがジルベルタはソファで寝ている。
「あの男はあ奴等を封じるために一つの魔術を行使した。超常の存在を幻想に堕とし、物語の中に封じ込めてその力を剥奪する魔術をな。星辰の位置と力を発動する為の要素として盛り込んだ、宇宙を魔方陣にした魔術よ。」
フルカスの言葉に一同は呆然とする。宇宙、つまり夜に浮かぶ星空を魔方陣として発動させる魔術を作ったというのだ、プロヴィデンスの男は。
「知識自慢の悪魔たちは皆あの男の創った魔術に興味津々だった。あのような大掛かりな魔術は儂らも初めて見る代物じゃったからな。世界を滅ぼす魔術なのかと思ったくらいじゃよ。」
「あの魔術が彼の世界で行使された最後の魔術じゃ。それ以降超常の存在は全て幻想となり物語の中に封じられた。あの男の目論見通り、アスワド達も二度と悪さが出来んようになったと言う訳じゃ。」
フルカスは言葉を続ける。
「あ奴等の物語は存在しなかった。だからあ奴等の物語をあの男が書いた。そして男はその物語群をコズミック・ホラーと称し、周知させていった。そうして人々の認識の力を以て、男はアスワド等を完全に封じ込めた訳じゃよ。余波で儂らまで巻き添えを食ったがな。」
途轍もない話にアルベール達はどうしていいか分からない。そんな強大な魔術を行使できる魔術師が彼の世界に存在したというのも驚きだった。
しかし
「その男が完璧に魔術を行使したというのなら、何故アスワドや貴方達はこの世界にこれたのだ?」
そう、この疑問が当然出てくるのである。
フルカスは怒りに肩を震わせている。
先だってフルカスと共に来たアスワドはここが潮時と言わんばかりに虚空へと消えてしまった。同行したフルカスを置いて。
おそらくわざとだろう。フルカスを連れて帰るくらいの余裕はあったはずだ。
「ご老人、フルカスと言ったか。貴方はアスワドの様に消えるように去る事は出来ないのか?」
アルベールがフルカスに問う。この老人が何者かは知らないが、アスワドと共に来たという事はそちら側の者なのだろう。実力もかなりのものだったし、それ位出来ても不思議ではない。
「儂は魔方陣を介してでなければ遠方への移動は出来ん。ここへ来たのはアスワドの力を使ってじゃった。だからアスワドと共にでなければ儂は帰れぬ。」
異界の魔術を行使しなければ帰る事が出来ないという事だろうか。いや、それにしたってアスワドに置いて行かれたという事は、彼はフルカスを手元に置いておくつもりが無いという事だ。もし帰れたとしても、迎え入れられはしないだろう。
「行くあてが無いのなら王都に来てもらっても構わないが。フルカス殿、アスワドと共にいたという事は貴方も異界の住人という事なのだろうか?良ければその辺りの話を道すがら聞かせて欲しい。」
フルカスを置いて帰ったこと自体が何かしらの陰謀なのかもしれないとは思ったが、フルカスから話を聞きたいというのは事実だ。アルベール達はまだアスワド陣営について有力な情報を何も持っていない。聞けるチャンスがあるのなら、聞いておきたいのは当然だろう。
「良いのか?儂はアスワドと共に来た。あ奴の仲間と思しき者じゃぞ?」
それは分かっている。しかし先ほど見せたアスワドへの怒りは本物だろうし、今更危害を加えるでも無いだろう。フルカスは理知的である様に見えたし、交渉の余地はありそうだった。
「あぁ、先ずは私の屋敷まで来てもらいたい。そこで色々と話を聞かせてくれれば幸いだ。」
「おぉ、こちらの世界の人間にもなかなかどうして礼儀を弁えたのがいるでは無いか。知っておると思うが儂はフルカス、古老の悪魔にして悪魔の騎馬軍団二十を統べる騎士よ。人間よ、儂を迎え入れられる事を喜ぶが良いぞ。ふぁふぁふぁ。」
「アクマって?」
「今は黙っとけって。」
悪魔が何かについては皆その答えを持たなかったが、一同黙っておくことにした。フルカスはご機嫌の高笑いを上げている。このまま王都まで連れて帰ってあわよくばこちらに引き込んでしまおうとアルベールは考えた。
なにせ腕がたつのは既に知っている。その上彼は騎士だと言っていたし、騎馬軍団の長だとも言った。その軍団まで味方につけられるかどうかは分からないが、少なくとも彼は騎馬団での戦い方に精通しているはずだ。味方につけて損は無い。
ふと横を見ると、ジルベルタは青ざめてうつむいていた。具合が悪いのでも無いようだが、フルカスが悪魔だと言った時ほどからだろうか。
ジルベルタは最早以前の彼女では無い。向こう正面に何が立ちふさがっても気丈に立ち向かうだろう。その彼女がこれだ。
彼は悪魔と言う存在なのだろう、ジルベルタがライカンスロープという存在であるように。そして悪魔とは、努々油断のならない恐るべき存在なのかもしれないとアルベールは思った。
北の村から帰還したアルベール達は、彼の屋敷でフルカスから話を聞くことにした。
何せアスワドと一緒にいたのだ、それなりに情報は持っているはずだし、おいて行かれて今更アスワドに義理立てするとも考えにくかった。
「先ずは質問、アクマってなんなの?おじいちゃんの種族?」
先陣切ってミリアムが質問した。ジルベルタの様子を見て更に疑問の念を深くした彼女は、道中悪魔と言うものが何なのか気になって仕方がなかったようだ。
「ふむ、確かに儂の種族と言って差し支えなかろう。悪魔とは神の敵対者。人間を堕落させ退廃の渦に巻き込む者よ。とは言え、この世界には儂らが敵対する神がおらぬ。この世界の人間は儂らが敵対する神より創造されておらん。じゃからして儂ら悪魔がお主等に堕落と退廃を振りまく理由も無い訳じゃ。そこの狼は元は異界の者なんじゃろう?儂を恐れておるのはそれ故じゃよ。」
アルベール達はにわかに驚いた。神に敵対するような者が向こうの世界にいる事に。こちらの世界にも宗教くらいはある。よって神も一応存在することになっているが、万物の根源が第一質量で魂も何もかも滅べば第一質量に還元される事を知っている。
この世界で宗教に縋るという事は、ものを知らないという事と同義だ。ともすれば精神世界に意志ある者が存在する可能性は否定できないが、人を救ったり奇跡を起こす所謂神など存在しない。
「まぁ、契約によってその人間に叡智を授けてやることも出来るぞ?お代はその者の魂になるがな。」
にやりと笑うフルカス。悪魔としての威厳を示すために冗談めかして脅しを入れて来たのだろうか?しかしその脅しはここにいる誰にも通用しない。叡智はともかく、先にも述べた通り魂は体が滅べば第一質量に還元されてしまう。魂を留め置く手段があればともかく、そうでなければ叡智のただ貰いが出来てしまう。
「そうか、でもなじいさん。お代が魂っていうのはこれからは見直した方が良いと思うぜ。」
ジョンが説明する。魔術の稽古をアルベールから受けている面々は当然これら物質世界と精神世界からなる世界の構成と第一質量の関係についてをアルベールより習っている。
「何と、世界の構成そのものが儂らの世界とは絶対的に違うのか。」
フルカスは目を丸くして驚いていた。神がいないのはまぁ仕方ないとして、魂を貰って配下に置くことも出来ないと来た。幻想に堕ちていく最中でこれまでに配下にした人間の魂はそのいずれもが消えてなくなってしまった。こちらの世界で増やそうと思ったが、それも叶わなくなってしまった。
「まぁ、それはおじいさんの方でおいおい考えて貰うとして。あの黒きアスワドとかいうのについて教えて下さらないかしら?」
ショックを受けるフルカスにセリエが言う。フルカス自身の事も勿論気にはなるのだが、本題はこちらだ。彼らの情報がアルベール等としては喉から手が出るほど欲しいのだ。今後の為にも。
「奴等か。そもそも彼の世界で儂らが幻想となり物語の中の存在となったのはあ奴等が原因なのじゃ。」
全員が目を見開いてフルカスを見る。
「奴らは幻想になった者達の誰よりも若い。しかしその実、誰よりも古くから存在していたのじゃ。」
フルカスは矛盾をはらむ言葉を使った。誰よりも若いのに誰よりも年寄りとは妙な事を言う。
「およそ人間と言う種族が世界に存在する以前より奴等は存在した。初めの頃は静かにしておったんじゃろうが、その内そこかしこで悪さをするようになった。あ奴等の言う混沌の王を、世界に混乱と恐怖を振りまくことで呼びだそうとしたのじゃ。そして、それに気づいたものがおった。」
「それが、アスワドの言っていたプロヴィデンスの男か?」
アルベールの言葉にフルカスが静かに頷く。
「そうじゃ。あ奴等名前も言いたくないくらいあの者に腹が立って居るようじゃ。まぁ、それもそうじゃろうな。あ奴等にとっては人間なんぞ小石の様な物。躓けば腹も立つじゃろう。」
イヒヒと笑うフルカス。こうしてみると本当はアスワドの事も嫌いだったように思える。
「そのプロヴィデンスの男は、彼らに何をしたの?」
セリエが言う。ミリアムは話についてきているがジルベルタはソファで寝ている。
「あの男はあ奴等を封じるために一つの魔術を行使した。超常の存在を幻想に堕とし、物語の中に封じ込めてその力を剥奪する魔術をな。星辰の位置と力を発動する為の要素として盛り込んだ、宇宙を魔方陣にした魔術よ。」
フルカスの言葉に一同は呆然とする。宇宙、つまり夜に浮かぶ星空を魔方陣として発動させる魔術を作ったというのだ、プロヴィデンスの男は。
「知識自慢の悪魔たちは皆あの男の創った魔術に興味津々だった。あのような大掛かりな魔術は儂らも初めて見る代物じゃったからな。世界を滅ぼす魔術なのかと思ったくらいじゃよ。」
「あの魔術が彼の世界で行使された最後の魔術じゃ。それ以降超常の存在は全て幻想となり物語の中に封じられた。あの男の目論見通り、アスワド達も二度と悪さが出来んようになったと言う訳じゃ。」
フルカスは言葉を続ける。
「あ奴等の物語は存在しなかった。だからあ奴等の物語をあの男が書いた。そして男はその物語群をコズミック・ホラーと称し、周知させていった。そうして人々の認識の力を以て、男はアスワド等を完全に封じ込めた訳じゃよ。余波で儂らまで巻き添えを食ったがな。」
途轍もない話にアルベール達はどうしていいか分からない。そんな強大な魔術を行使できる魔術師が彼の世界に存在したというのも驚きだった。
しかし
「その男が完璧に魔術を行使したというのなら、何故アスワドや貴方達はこの世界にこれたのだ?」
そう、この疑問が当然出てくるのである。
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