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それは夜を統べるもの
暮れなずむ王都
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新しく作られている街の名前は「ベスラ」とお触れが出た。
この街には今、途轍もない規模で人々が流入している。その中には各地から集まった人は勿論の事ながら、異界の門を通って来た人々もいた。
それらはコボルトやドワーフと言った者達で、外見は獣人族とちいさいおっさんと言った所だった。
コボルト族は小器用で色んな職種に雇われて行ったが、ドワーフ族の面々は建築や鍛冶の方面でその力を発揮していった。
この頃には町割りも終わり、国の兵も雇われた者達も一緒くたになって働いていた。物が続々と流入しだし、ここベスラは凄まじい活気で以て幸先の良い滑り出しを見せていた。
そして王都。
冒険者がたまに見た事の無いような化け物や魔物に会うと言った話は出るが、基本的には平和である。それら化け物の中には恐るべき力を持った者がいないでも無いが、冒険者は無理をしない。狩れるものは狩り、狩れないと分かれば逃げるのである。
それでも犠牲はでる。しかしながら多くの金を得ようとすれば、大きなリスクは致し方ないのだ。
「まぁここの所訓練ばかりだったし、たまにはこういうのも悪くは無いな。」
「そうでしょアル?たまには肩の力抜いて羽を伸ばさなきゃさ、いっつも疲れてたらいざという時に力でないよ?」
大通りの市場に向かう道を歩いているのはアルベールとミリアム。今日は二人とも具足は身に着けていない。いたって普通の服だ。
「この格好で歩いていると、王宮を抜け出していた頃を思い出すな。あの頃はまさか冒険者になるとは思ってもみなかった。」
笑いながら二人並んで歩く。確かに強くなるための訓練は欠かせない。しかし毎日やっていてはモチベーションにも関わってくる。なのでたまには息抜きをしないといけないという事でこの日は休みという事にしたのだ。
これはセリエが提案しジョンが乗り、そしてミリアムがアルベールを誘った。
「で、ミリアムは坊主との距離を縮められるのでしょうか?セリエさんはどうお考えで?」
二人の後方にまた二人の影、言うまでも無くジョンとセリエだ。
先だっての発言もミリアムに頼まれて二人が提案したのだ。まぁそれでなくとも休むのには賛成だったが。
「そうねぇ。距離がどうのと言うより先ずはある程度仲良くならなきゃ話にもならないんじゃない?一緒に冒険して仲間意識はあると思うけど、だからと言って恋愛に発展するとは限らないし、ねぇ?」
「まぁ、そうだよな。坊主も今は確かに冒険者だけどよ、そもそも王子様ってんだからこれはあれだろ?言うなれば身分違いの恋って奴だろ?ミリアムを応援してはやりたいけど、なぁ?」
王子様だからと言う訳でなく、勿論それもあるにはあるのだろうが、ミリアムはアルベールのその強さを見て惚れ込んだ。
マルティコラス戦やリッチ戦で見せた強さ、そしてジェラールとマリオンの様子をみて彼女はその想いを更に深くしたのだ。
それは恋に恋しているだけだと言ってしまえばそうなのかも知れない。しかし、ミリアムがアルベールに対して好意を持っているという事。そしてアルベールとそういう仲になりたいと思っている事は確かなのだ。
身分違いだという事も重々分かってはいる事だが、それをしてもミリアムは諦めたくは無かった。
そして、ジョンとセリエもそんなミリアムを応援する事にした。
ミリアムだって決して器量が悪い訳では無い。それに性格だって少し大っぴらかも知れないが悪い子ではない。年は幼く見えるが実は十八歳だという事を除けば、良いんじゃないだろうか?
アルベールの好みの問題もある。いや、そればかりか実は既に許嫁がいたりはしないだろうか?ミリアムはそこまで考えてはいなかったろうが、ジョンとセリエはその点からもハラハラしていた。
アルベールにそれとなく聞いてみようかとも思ったのだが、内容がデリケートなだけにそうあけすけに聞く訳にも行かなかった。というより、もしいると答えられてしまった場合ミリアムに何と言えばいいのか二人には分からなかった。
「アルは抜け出してた時は何してたの?この辺ぶらつくにしたって限度もあるし。」
前方で二人は楽しそうに話している。それを後方で二人が少しドキドキしながら見ている。
別に今回のデート一回でどうにかなるだなんて二人も思ってはいない。それはミリアムだって同じ事だろう。しかし、それはそれだ。
「そうだな、この辺でいつも買い食いしていた。あまり長く抜けているとばれてしまうかも知れなかったから、散歩くらいの感覚でね。」
「へぇ~、今だったら割と違和感ないけど、その頃だったら結構ギクシャクしながら食べ歩きしてたんじゃない?ちょっと見てみたかったかも。」
話題自体は他愛も無い内容だ。が、ジョンとセリエもその頃のアルベールの話は聞いてみたくあった。自分達と出会う前。厳密には冒険者ギルドに来るようになる前のアルベールの話を。
「丁度いつも買っていた屋台が出ているから、少し寄って行こう。」
屋台の品はジャガイモをすりつぶして小麦粉をまぶして鉄板で焼いたものだ。それに塩をまぶして食べるというなかなかに簡素な料理。
屋台の親父は禿げた頭に髭面で、いかにも屋台が似合いそうな風体だ。
「お、坊主。暫くじゃねぇか。最近見なかったからどうしたもんかと思ってたが、そうか。女が出来たって訳かい。」
親父がニカっと笑って言う。
「親父ナイス!」
ジョンが屋台の親父に心で喝采を送る。身内じゃそういう事はやりにくいが、赤の他人ならやってしまっても何も問題は無い。
「アルの反応はどう?」
セリエはアルベールの反応が気になっている。少なくともこの反応でミリアムへの今の心持ちが少しでもわかろうと言うもの。気になる所であった。
「まいったな、はは。」
そう言ってアルベールはミリアムに向かって少しはにかむ。顔立ちの良いアルベールは流石はにかみも絵になる。
「ずるくない?あれずるくない、ねぇ?」
セリエがジョンに言う。どちらともとれますと言う様なあのアルベールの仕草ではミリアムの惚れポイントが増すだけだろう。これが王族の余裕なのか。
ミリアムも少しうつむいて赤くなっている。当然だ。ミリアムは彼が王子である事も知っているのだから、というよりそんな事を王子様にされてそうならない女性はいるのだろうか?
「くそ、坊主め。はにかんだだけでこの威力か。あんなん下手すりゃ男でもドキっと来ちまうぞ。」
「え、ジョン貴方そういう?」
「飽くまでものの例えでね?セリエさん。」
後方でわいわい言っている二人はさておき、アルベールとミリアムは品を受け取り二人で食べながら歩いて行った。
方向は武器防具の店が軒を連ねる区画だ。冒険者ギルドもそこにある。
二人が入った先は武器屋だった。男女として見るならばどうかと思うが、冒険者二人として見ればまぁありがちなロケーションにシチュエーションと言える。
アルベールが普段身に着けている武具はなかなかに値が張る物だ。外装は地味に設えてあるが中身は一流のそれである。フィリップ等がアルベールに送ったものなのでそれも当然だが。
「武器屋かぁ、そういや俺ちゃんも新しい剣が見たいんだった。」
「貴方の場合防具も新調した方が良いんじゃない?身軽さも大事だけど今はスキップの魔術も使えるんだから、もう少し防御力重視の鎧でもいいと思うわよ?」
武器屋を見た事でふと我に返って二人は話す。セリエは既に魔術を専門にしているのでナイフ位は持っているが弓はもう持っていない。
「むぅ、中に入るって訳にも行かねぇし、出てくるまで待つかぁ。」
「まぁ、流石に武器屋の棚にロマンスは置いてないだろうしねぇ。」
ジョンとセリエは手持無沙汰。暫く待つ事と相成った。
一方店内では。
「これにする!」
「あぁ、私もその方が良いと思う。ミリアムの体格なら少し細身の短剣の方が取り回しもしやすいだろうし。」
二人は至って普通に武器を買っていた。デートコースはおそらくミリアムが決めているのだろうが、アルベールとの距離を縮めるのに武器屋は果たして最適だったのだろうか?とはいえ、他に思いつかなかったというのも分かる。
何せミリアムは至って普通の冒険者だ。となると冒険者なりの考え方しかできないと言うのも無理からぬ話だろう。普段行くところと言えば武器屋防具屋冒険者ギルドのバー、そして宿屋か。
もっとほかに行く場所が無かったのかと問えば、無かったと答えるだろう。
「お、出て来た。」
「結構早かったわねぇ。あ、何か買ってる。」
ミリアムは包みを抱えていた。それを見て、ジョンも新しい武具が欲しくなる。
「俺も今度行こう。」
「あら、まだどこか行くみたいね。」
時間はもうそろそろ夕刻だ。ギルドのバーに行くには確かに少し早い。
「どこ行くの、アル?」
連れられて行った先は宝飾品関連の店が並んでいる区画だ。冒険者にはよっぽど縁の無い所ともいえる。
キョロキョロと辺りを見回すミリアム。高価な宝飾品が並んでいる店だけあってガラスを使ったショーウィンドゥが眩しい。
その中をアルベールは堂々と歩いていく。
「ここだ、さぁ入って。」
「う、うん。」
二人が入ったのは王宮御用達の高級店だ。ジョンとセリエは中に入ろうという気にすらならない。セリエは少し入ってみたい様であるが、いずれにせよこの格好じゃ無理だと頭を振った。
「わぁ。」
中は輝かんばかりのあり様だった。右も左も宝石で埋め尽くされている。普段ならば店に入る事はおろかこの区画に立ち入ろうとすら思わない、そんな場所なのだから。
ミリアムの目も輝いている、あたかも眼前に映る宝石を映し返すかのように。
しかし、ふと我に返るのだ。冒険者稼業で宝飾品など必要ない、身に着ける必要がないのだから。同じ値段なら宝石より武具を買うだろう。
ここに並んでいるのは貴族が買う様な高価な品々ではない。しかし一定以上の富裕層の為の品である事は明白で、ミリアムが手を出すようなものでは無いのだ。
「アル、何でこんな所に?」
ミリアムが言うが早いか店の者が来る。少し偉そうな身なりの者だ。彼は二人を一瞥したが、アルベールを見ると物腰柔らかに対応した。
「これを彼女に。」
アルベールが指さしたのは小振りだがサファイアを誂えたネックレスだった。
店の者はかしこまりましたと丁寧に言い、ショーケースから出してアルベールに渡す。
「今日一日付き合ってくれたお礼だ。うん、良く似合っているよ。」
赤い髪のミリアムにはサファイアが良く映えた。小さく輝くサファイアが、しかしミリアムには何より大きく輝いて見えた。
「ありがとう。」
小さい声でミリアムは言う。いつも声の大きい彼女だが、この時ばかりはそうはいかなかった。
アルベールは笑顔で答える。そしてその髪の様に真っ赤な彼女を引き連れて外に出た。
「あ、出て来た。」
ジョンとセリエは落ち着かない感じで二人を見ている。同じく冒険者の二人にとってはこの区画がもう落ち着かなくて仕方がない場所だ。
「あの、アル。今日はね、本当に・・・」
ミリアムはドギマギしながら言葉を紡ごうとしている。とにもかくにも最後のインパクトは強烈だった。
アルベールの気を引くだとか、距離を縮めるだとかはとっくに頭から離れて何処かへ行ってしまっていた。
「あぁ、私も楽しかった。やっぱりたまには羽を伸ばさないといけないな。」
にこりと笑ってアルベールは言う。
「この後は冒険者らしく、ギルドのバーで締めくくろうか。だが、その前に。」
赤くなっているミリアム、その正面に立つアルベール。ふと顔を上げると、アルベールの姿が見えない。
「あれ?坊主が消えた?」
ジョンがそう言うが早いか後ろから肩を叩かれた。勿論セリエもである。
「やぁ、二人とも。私たちはこれからギルドにむかうんだが、二人はどうする?」
ぎこちない笑顔で振り向く二人の先には笑顔のアルベールがいた。あの一瞬で遠視の魔術で二人の後ろを遠視してスキップで飛んだのだ。
「俺ちゃん達もそろそろ行こうかなぁ~って思ってた所ぉ・・・何時から?」
ジョンが聞く。
「屋台の辺りかな?」
アルベールが答える。
「あらぁ~、とっくにばれちゃってたって訳ねぇ。」
苦笑いでセリエも言う。
「あぁ~!ちょっと何、ついてきてたの!?」
角から出て来た三人を見てミリアムが大声で言う。そして急いでネックレスを服の内側に隠した。
そうして四人は、騒ぎながらギルドへと向かい歩いていく。こうして王都の一日は暮れなずむ。そして夜の帳が落ちたなら、今度はギルドの明かりが灯るのだ。
ミリアムは今日の事を一生忘れないだろう。アルベールの気心が如何なるものであるのか、それはミリアムにはうかがい知れない。けれど良いのだ、今はそれで。
この街には今、途轍もない規模で人々が流入している。その中には各地から集まった人は勿論の事ながら、異界の門を通って来た人々もいた。
それらはコボルトやドワーフと言った者達で、外見は獣人族とちいさいおっさんと言った所だった。
コボルト族は小器用で色んな職種に雇われて行ったが、ドワーフ族の面々は建築や鍛冶の方面でその力を発揮していった。
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そして王都。
冒険者がたまに見た事の無いような化け物や魔物に会うと言った話は出るが、基本的には平和である。それら化け物の中には恐るべき力を持った者がいないでも無いが、冒険者は無理をしない。狩れるものは狩り、狩れないと分かれば逃げるのである。
それでも犠牲はでる。しかしながら多くの金を得ようとすれば、大きなリスクは致し方ないのだ。
「まぁここの所訓練ばかりだったし、たまにはこういうのも悪くは無いな。」
「そうでしょアル?たまには肩の力抜いて羽を伸ばさなきゃさ、いっつも疲れてたらいざという時に力でないよ?」
大通りの市場に向かう道を歩いているのはアルベールとミリアム。今日は二人とも具足は身に着けていない。いたって普通の服だ。
「この格好で歩いていると、王宮を抜け出していた頃を思い出すな。あの頃はまさか冒険者になるとは思ってもみなかった。」
笑いながら二人並んで歩く。確かに強くなるための訓練は欠かせない。しかし毎日やっていてはモチベーションにも関わってくる。なのでたまには息抜きをしないといけないという事でこの日は休みという事にしたのだ。
これはセリエが提案しジョンが乗り、そしてミリアムがアルベールを誘った。
「で、ミリアムは坊主との距離を縮められるのでしょうか?セリエさんはどうお考えで?」
二人の後方にまた二人の影、言うまでも無くジョンとセリエだ。
先だっての発言もミリアムに頼まれて二人が提案したのだ。まぁそれでなくとも休むのには賛成だったが。
「そうねぇ。距離がどうのと言うより先ずはある程度仲良くならなきゃ話にもならないんじゃない?一緒に冒険して仲間意識はあると思うけど、だからと言って恋愛に発展するとは限らないし、ねぇ?」
「まぁ、そうだよな。坊主も今は確かに冒険者だけどよ、そもそも王子様ってんだからこれはあれだろ?言うなれば身分違いの恋って奴だろ?ミリアムを応援してはやりたいけど、なぁ?」
王子様だからと言う訳でなく、勿論それもあるにはあるのだろうが、ミリアムはアルベールのその強さを見て惚れ込んだ。
マルティコラス戦やリッチ戦で見せた強さ、そしてジェラールとマリオンの様子をみて彼女はその想いを更に深くしたのだ。
それは恋に恋しているだけだと言ってしまえばそうなのかも知れない。しかし、ミリアムがアルベールに対して好意を持っているという事。そしてアルベールとそういう仲になりたいと思っている事は確かなのだ。
身分違いだという事も重々分かってはいる事だが、それをしてもミリアムは諦めたくは無かった。
そして、ジョンとセリエもそんなミリアムを応援する事にした。
ミリアムだって決して器量が悪い訳では無い。それに性格だって少し大っぴらかも知れないが悪い子ではない。年は幼く見えるが実は十八歳だという事を除けば、良いんじゃないだろうか?
アルベールの好みの問題もある。いや、そればかりか実は既に許嫁がいたりはしないだろうか?ミリアムはそこまで考えてはいなかったろうが、ジョンとセリエはその点からもハラハラしていた。
アルベールにそれとなく聞いてみようかとも思ったのだが、内容がデリケートなだけにそうあけすけに聞く訳にも行かなかった。というより、もしいると答えられてしまった場合ミリアムに何と言えばいいのか二人には分からなかった。
「アルは抜け出してた時は何してたの?この辺ぶらつくにしたって限度もあるし。」
前方で二人は楽しそうに話している。それを後方で二人が少しドキドキしながら見ている。
別に今回のデート一回でどうにかなるだなんて二人も思ってはいない。それはミリアムだって同じ事だろう。しかし、それはそれだ。
「そうだな、この辺でいつも買い食いしていた。あまり長く抜けているとばれてしまうかも知れなかったから、散歩くらいの感覚でね。」
「へぇ~、今だったら割と違和感ないけど、その頃だったら結構ギクシャクしながら食べ歩きしてたんじゃない?ちょっと見てみたかったかも。」
話題自体は他愛も無い内容だ。が、ジョンとセリエもその頃のアルベールの話は聞いてみたくあった。自分達と出会う前。厳密には冒険者ギルドに来るようになる前のアルベールの話を。
「丁度いつも買っていた屋台が出ているから、少し寄って行こう。」
屋台の品はジャガイモをすりつぶして小麦粉をまぶして鉄板で焼いたものだ。それに塩をまぶして食べるというなかなかに簡素な料理。
屋台の親父は禿げた頭に髭面で、いかにも屋台が似合いそうな風体だ。
「お、坊主。暫くじゃねぇか。最近見なかったからどうしたもんかと思ってたが、そうか。女が出来たって訳かい。」
親父がニカっと笑って言う。
「親父ナイス!」
ジョンが屋台の親父に心で喝采を送る。身内じゃそういう事はやりにくいが、赤の他人ならやってしまっても何も問題は無い。
「アルの反応はどう?」
セリエはアルベールの反応が気になっている。少なくともこの反応でミリアムへの今の心持ちが少しでもわかろうと言うもの。気になる所であった。
「まいったな、はは。」
そう言ってアルベールはミリアムに向かって少しはにかむ。顔立ちの良いアルベールは流石はにかみも絵になる。
「ずるくない?あれずるくない、ねぇ?」
セリエがジョンに言う。どちらともとれますと言う様なあのアルベールの仕草ではミリアムの惚れポイントが増すだけだろう。これが王族の余裕なのか。
ミリアムも少しうつむいて赤くなっている。当然だ。ミリアムは彼が王子である事も知っているのだから、というよりそんな事を王子様にされてそうならない女性はいるのだろうか?
「くそ、坊主め。はにかんだだけでこの威力か。あんなん下手すりゃ男でもドキっと来ちまうぞ。」
「え、ジョン貴方そういう?」
「飽くまでものの例えでね?セリエさん。」
後方でわいわい言っている二人はさておき、アルベールとミリアムは品を受け取り二人で食べながら歩いて行った。
方向は武器防具の店が軒を連ねる区画だ。冒険者ギルドもそこにある。
二人が入った先は武器屋だった。男女として見るならばどうかと思うが、冒険者二人として見ればまぁありがちなロケーションにシチュエーションと言える。
アルベールが普段身に着けている武具はなかなかに値が張る物だ。外装は地味に設えてあるが中身は一流のそれである。フィリップ等がアルベールに送ったものなのでそれも当然だが。
「武器屋かぁ、そういや俺ちゃんも新しい剣が見たいんだった。」
「貴方の場合防具も新調した方が良いんじゃない?身軽さも大事だけど今はスキップの魔術も使えるんだから、もう少し防御力重視の鎧でもいいと思うわよ?」
武器屋を見た事でふと我に返って二人は話す。セリエは既に魔術を専門にしているのでナイフ位は持っているが弓はもう持っていない。
「むぅ、中に入るって訳にも行かねぇし、出てくるまで待つかぁ。」
「まぁ、流石に武器屋の棚にロマンスは置いてないだろうしねぇ。」
ジョンとセリエは手持無沙汰。暫く待つ事と相成った。
一方店内では。
「これにする!」
「あぁ、私もその方が良いと思う。ミリアムの体格なら少し細身の短剣の方が取り回しもしやすいだろうし。」
二人は至って普通に武器を買っていた。デートコースはおそらくミリアムが決めているのだろうが、アルベールとの距離を縮めるのに武器屋は果たして最適だったのだろうか?とはいえ、他に思いつかなかったというのも分かる。
何せミリアムは至って普通の冒険者だ。となると冒険者なりの考え方しかできないと言うのも無理からぬ話だろう。普段行くところと言えば武器屋防具屋冒険者ギルドのバー、そして宿屋か。
もっとほかに行く場所が無かったのかと問えば、無かったと答えるだろう。
「お、出て来た。」
「結構早かったわねぇ。あ、何か買ってる。」
ミリアムは包みを抱えていた。それを見て、ジョンも新しい武具が欲しくなる。
「俺も今度行こう。」
「あら、まだどこか行くみたいね。」
時間はもうそろそろ夕刻だ。ギルドのバーに行くには確かに少し早い。
「どこ行くの、アル?」
連れられて行った先は宝飾品関連の店が並んでいる区画だ。冒険者にはよっぽど縁の無い所ともいえる。
キョロキョロと辺りを見回すミリアム。高価な宝飾品が並んでいる店だけあってガラスを使ったショーウィンドゥが眩しい。
その中をアルベールは堂々と歩いていく。
「ここだ、さぁ入って。」
「う、うん。」
二人が入ったのは王宮御用達の高級店だ。ジョンとセリエは中に入ろうという気にすらならない。セリエは少し入ってみたい様であるが、いずれにせよこの格好じゃ無理だと頭を振った。
「わぁ。」
中は輝かんばかりのあり様だった。右も左も宝石で埋め尽くされている。普段ならば店に入る事はおろかこの区画に立ち入ろうとすら思わない、そんな場所なのだから。
ミリアムの目も輝いている、あたかも眼前に映る宝石を映し返すかのように。
しかし、ふと我に返るのだ。冒険者稼業で宝飾品など必要ない、身に着ける必要がないのだから。同じ値段なら宝石より武具を買うだろう。
ここに並んでいるのは貴族が買う様な高価な品々ではない。しかし一定以上の富裕層の為の品である事は明白で、ミリアムが手を出すようなものでは無いのだ。
「アル、何でこんな所に?」
ミリアムが言うが早いか店の者が来る。少し偉そうな身なりの者だ。彼は二人を一瞥したが、アルベールを見ると物腰柔らかに対応した。
「これを彼女に。」
アルベールが指さしたのは小振りだがサファイアを誂えたネックレスだった。
店の者はかしこまりましたと丁寧に言い、ショーケースから出してアルベールに渡す。
「今日一日付き合ってくれたお礼だ。うん、良く似合っているよ。」
赤い髪のミリアムにはサファイアが良く映えた。小さく輝くサファイアが、しかしミリアムには何より大きく輝いて見えた。
「ありがとう。」
小さい声でミリアムは言う。いつも声の大きい彼女だが、この時ばかりはそうはいかなかった。
アルベールは笑顔で答える。そしてその髪の様に真っ赤な彼女を引き連れて外に出た。
「あ、出て来た。」
ジョンとセリエは落ち着かない感じで二人を見ている。同じく冒険者の二人にとってはこの区画がもう落ち着かなくて仕方がない場所だ。
「あの、アル。今日はね、本当に・・・」
ミリアムはドギマギしながら言葉を紡ごうとしている。とにもかくにも最後のインパクトは強烈だった。
アルベールの気を引くだとか、距離を縮めるだとかはとっくに頭から離れて何処かへ行ってしまっていた。
「あぁ、私も楽しかった。やっぱりたまには羽を伸ばさないといけないな。」
にこりと笑ってアルベールは言う。
「この後は冒険者らしく、ギルドのバーで締めくくろうか。だが、その前に。」
赤くなっているミリアム、その正面に立つアルベール。ふと顔を上げると、アルベールの姿が見えない。
「あれ?坊主が消えた?」
ジョンがそう言うが早いか後ろから肩を叩かれた。勿論セリエもである。
「やぁ、二人とも。私たちはこれからギルドにむかうんだが、二人はどうする?」
ぎこちない笑顔で振り向く二人の先には笑顔のアルベールがいた。あの一瞬で遠視の魔術で二人の後ろを遠視してスキップで飛んだのだ。
「俺ちゃん達もそろそろ行こうかなぁ~って思ってた所ぉ・・・何時から?」
ジョンが聞く。
「屋台の辺りかな?」
アルベールが答える。
「あらぁ~、とっくにばれちゃってたって訳ねぇ。」
苦笑いでセリエも言う。
「あぁ~!ちょっと何、ついてきてたの!?」
角から出て来た三人を見てミリアムが大声で言う。そして急いでネックレスを服の内側に隠した。
そうして四人は、騒ぎながらギルドへと向かい歩いていく。こうして王都の一日は暮れなずむ。そして夜の帳が落ちたなら、今度はギルドの明かりが灯るのだ。
ミリアムは今日の事を一生忘れないだろう。アルベールの気心が如何なるものであるのか、それはミリアムにはうかがい知れない。けれど良いのだ、今はそれで。
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