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王子様、冒険者になる
嗚呼、喧騒
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「マジかよ・・・」
静まり返った広場の中で誰かが漏らす。その場にいた殆どの者の予想を覆して、貴族の若者が勝利を収めたからだ。
無論、いつも見る様な喧嘩のあり様とは趣が大分違ったのは言うまでもないが、それにしたってヴォルフガングが負けるだなどとは誰も思わなかった。
「ハーッハッハ!賭けは私の一人勝ちのようだね、悪いなぁ諸君。」
大声を上げて喜ぶ男が一人、ベルナールだ。
周囲の冒険者は驚きと若干の悔しさが残る顔をしているが、さして気にはしていない。ヴォルフガングが負けたことに関しては驚きが大きいものの、賭け自体はその落ちを皆が分かっているからだ。
「さぁ皆中に入り給え、盛況を極める王都の冒険者ギルドがお通夜の様に静まり返っては形無しだ。今日は私の奢りといこう、存分に騒ぎ給え!」
ギルドの冒険者達の間で大きく張られた場合、そして大半の者が負けベルナールが勝っている場合その後必ずベルナールはサービスをする。大方はギルドにあるメニューの値引きなのだが、今回はベルナールしか勝ったものが居ないので奢りと相成ったのだろう。
「ささ、主役のお二人さんも。あれは喧嘩にしては静かに過ぎた。中で存分に騒ぎたまえよ。」
ワイワイガヤガヤと広場にいた者達はギルドの中に入っていく。正面入り口は受付カウンターだが、その裏手はバーになっている。
その中央に二人は腰かける、アルベールとヴォルフガングだ。
「それでは二人の馬鹿に、乾杯!」
ベルナールが乾杯の音頭をとり、皆が騒ぎ出す。どっと騒がしくなるこの瞬間がベルナールは大好きだった。そしてベルナールもその喧騒の中に身を投じるのだ。
「これは、酒か?」
アルベールはカップを手に訝し気な顔をする。彼はこれまで酒というものをたしなんだことが無い。王宮で出る酒と言えばワインで、一度好奇心から口をつけてその渋さに顔をしかめたものだ。
「安心しろ、酒ではない。茶だ。」
ヴォルフガングは既に一杯干している。彼のは酒だが、アルベールに渡されたカップには茶が入っていた。子供には早い、というより気を利かせてくれたのだろう。
「しっかし、形の上とは言えヴォルフに勝つなんてなぁ。坊主、お前さん本当に貴族かい?」
テーブルに同席しているジョンがアルベールに問う。貴族でも剣術等に明るい者はいる。しかしそれはたしなみ程度のもののはず。ベテランの冒険者であるヴォルフガングに勝つ道理は無いと思われたのだ。
「形の上と俺は思っていない。小僧は強い。余程強い者から指南を受けているのだろう。」
ヴォルフガングは酒をあおりながら言う。アルベールには相当な強さを持つ師が付いているはずなのだ。そうでなければあの動きには説明がつかない。
「あれ?そういやぁ・・・。」
ジョンが不意に言葉を漏らす
「坊主の名前、まだ聞いてなかったよな?良かったら教えてくれないか。ヴォルフに勝つような男を、いつまでも坊主呼ばわりじゃ座りが悪いぜ。」
ドヨめきが起こり、周囲が一斉にアルベールを注視する。当然だが皆興味津々だ。突然現れてヴォルフガングと喧嘩騒ぎ、その上これに勝つ貴族の少年。名前を知りたいというのも無理からぬ話だ。
「私の名前か、それは・・・。」
アルベールは言うか迷った。言う事によって身分がばれてしまうのは別に構わない。しかし、実の所アルベールは貴族ではない。王族なのだ。貴族位であれば態度を崩さないだろうが王族ともなればどうであろうか。アルベールは自分に対する彼らの態度がもし変わってしまったらと思い、言い淀む。
偽名を口にすることも出来る。こちらは簡単だ、適当な名前を言えばいい。何処の貴族かなど知る由も無いのだから、風変わりな貴族の子息として受け入れられるだろう。
しかし、彼らに嘘を吐くというのは憚られた。何より眼前で酒をあおるヴォルフガング。彼はアルベールを認めたはずなのだ。いや、ヴォルフガングに限らない。ここにいる人たちは、皆アルベールの事を認めた上で彼の名を知りたがっているのだ。
アルベールと名乗りたい、しかし、アルベールと名乗るのが怖かった。
「アルベール、ですよ。彼の名前は。」
後ろから声がして、自分の名前をいい当てられる。いつの間に立っていたのか、男が一人そこにいた。
「当ギルドのマスター、ベルナールと申します。以後、お見知りおきを。」
ベルナールは軽く会釈をする。突然さらっと名前を言われてしまいアルベールは当惑する。名前を言い当てられたという事は、自分の事を知っているという事だ。
「ベルナール殿、か。しかし、私は・・・。」
ざわざわとする周囲、小さく第三王子の声も聞こえてくる。当然だ。貴族以上の身分の者でアルベールの名前と言えば、先ず真っ先に浮かぶのが第三王子であるアルベールなのだから。顔は分からずとも第三王子アルベールの名は知っている。何せ国王陛下の息子の名だ。
「ご安心なさい、貴方の心配通りにはなりませんから。」
ベルナールはニコりと笑う。不安気なアルベールとは対照的に、何の心配もいらないという様に。
「なぁ、坊主。」
ジョンが少し真面目な顔で問うてくる。
「お前さん、第三王子のアルベールなのか?」
ジョンの質問に周囲がシンと静まり返る。まるで水を打った様な静けさだ。アルベールは少し振り向いてベルナールを見やる。ベルナールは微笑んで小さく頷くばかりだ。
意を決し、アルベールは肯定する。
「そうだ。」
瞬間、ギルドの中がドっと沸き上がった。
静まり返った広場の中で誰かが漏らす。その場にいた殆どの者の予想を覆して、貴族の若者が勝利を収めたからだ。
無論、いつも見る様な喧嘩のあり様とは趣が大分違ったのは言うまでもないが、それにしたってヴォルフガングが負けるだなどとは誰も思わなかった。
「ハーッハッハ!賭けは私の一人勝ちのようだね、悪いなぁ諸君。」
大声を上げて喜ぶ男が一人、ベルナールだ。
周囲の冒険者は驚きと若干の悔しさが残る顔をしているが、さして気にはしていない。ヴォルフガングが負けたことに関しては驚きが大きいものの、賭け自体はその落ちを皆が分かっているからだ。
「さぁ皆中に入り給え、盛況を極める王都の冒険者ギルドがお通夜の様に静まり返っては形無しだ。今日は私の奢りといこう、存分に騒ぎ給え!」
ギルドの冒険者達の間で大きく張られた場合、そして大半の者が負けベルナールが勝っている場合その後必ずベルナールはサービスをする。大方はギルドにあるメニューの値引きなのだが、今回はベルナールしか勝ったものが居ないので奢りと相成ったのだろう。
「ささ、主役のお二人さんも。あれは喧嘩にしては静かに過ぎた。中で存分に騒ぎたまえよ。」
ワイワイガヤガヤと広場にいた者達はギルドの中に入っていく。正面入り口は受付カウンターだが、その裏手はバーになっている。
その中央に二人は腰かける、アルベールとヴォルフガングだ。
「それでは二人の馬鹿に、乾杯!」
ベルナールが乾杯の音頭をとり、皆が騒ぎ出す。どっと騒がしくなるこの瞬間がベルナールは大好きだった。そしてベルナールもその喧騒の中に身を投じるのだ。
「これは、酒か?」
アルベールはカップを手に訝し気な顔をする。彼はこれまで酒というものをたしなんだことが無い。王宮で出る酒と言えばワインで、一度好奇心から口をつけてその渋さに顔をしかめたものだ。
「安心しろ、酒ではない。茶だ。」
ヴォルフガングは既に一杯干している。彼のは酒だが、アルベールに渡されたカップには茶が入っていた。子供には早い、というより気を利かせてくれたのだろう。
「しっかし、形の上とは言えヴォルフに勝つなんてなぁ。坊主、お前さん本当に貴族かい?」
テーブルに同席しているジョンがアルベールに問う。貴族でも剣術等に明るい者はいる。しかしそれはたしなみ程度のもののはず。ベテランの冒険者であるヴォルフガングに勝つ道理は無いと思われたのだ。
「形の上と俺は思っていない。小僧は強い。余程強い者から指南を受けているのだろう。」
ヴォルフガングは酒をあおりながら言う。アルベールには相当な強さを持つ師が付いているはずなのだ。そうでなければあの動きには説明がつかない。
「あれ?そういやぁ・・・。」
ジョンが不意に言葉を漏らす
「坊主の名前、まだ聞いてなかったよな?良かったら教えてくれないか。ヴォルフに勝つような男を、いつまでも坊主呼ばわりじゃ座りが悪いぜ。」
ドヨめきが起こり、周囲が一斉にアルベールを注視する。当然だが皆興味津々だ。突然現れてヴォルフガングと喧嘩騒ぎ、その上これに勝つ貴族の少年。名前を知りたいというのも無理からぬ話だ。
「私の名前か、それは・・・。」
アルベールは言うか迷った。言う事によって身分がばれてしまうのは別に構わない。しかし、実の所アルベールは貴族ではない。王族なのだ。貴族位であれば態度を崩さないだろうが王族ともなればどうであろうか。アルベールは自分に対する彼らの態度がもし変わってしまったらと思い、言い淀む。
偽名を口にすることも出来る。こちらは簡単だ、適当な名前を言えばいい。何処の貴族かなど知る由も無いのだから、風変わりな貴族の子息として受け入れられるだろう。
しかし、彼らに嘘を吐くというのは憚られた。何より眼前で酒をあおるヴォルフガング。彼はアルベールを認めたはずなのだ。いや、ヴォルフガングに限らない。ここにいる人たちは、皆アルベールの事を認めた上で彼の名を知りたがっているのだ。
アルベールと名乗りたい、しかし、アルベールと名乗るのが怖かった。
「アルベール、ですよ。彼の名前は。」
後ろから声がして、自分の名前をいい当てられる。いつの間に立っていたのか、男が一人そこにいた。
「当ギルドのマスター、ベルナールと申します。以後、お見知りおきを。」
ベルナールは軽く会釈をする。突然さらっと名前を言われてしまいアルベールは当惑する。名前を言い当てられたという事は、自分の事を知っているという事だ。
「ベルナール殿、か。しかし、私は・・・。」
ざわざわとする周囲、小さく第三王子の声も聞こえてくる。当然だ。貴族以上の身分の者でアルベールの名前と言えば、先ず真っ先に浮かぶのが第三王子であるアルベールなのだから。顔は分からずとも第三王子アルベールの名は知っている。何せ国王陛下の息子の名だ。
「ご安心なさい、貴方の心配通りにはなりませんから。」
ベルナールはニコりと笑う。不安気なアルベールとは対照的に、何の心配もいらないという様に。
「なぁ、坊主。」
ジョンが少し真面目な顔で問うてくる。
「お前さん、第三王子のアルベールなのか?」
ジョンの質問に周囲がシンと静まり返る。まるで水を打った様な静けさだ。アルベールは少し振り向いてベルナールを見やる。ベルナールは微笑んで小さく頷くばかりだ。
意を決し、アルベールは肯定する。
「そうだ。」
瞬間、ギルドの中がドっと沸き上がった。
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