伝説のパーティ!~王子アルベールとその仲間達は如何にして伝説と謳われる様になったか~

雨雲之水

文字の大きさ
上 下
3 / 57
王子様、冒険者になる

喧嘩でGO

しおりを挟む
「マスター、大変です!」



 冒険者ギルドの二階にある大きな部屋に女性が駆け込んでいく。この部屋はギルドマスター、つまり冒険者ギルドの責任者の部屋である。



「どうしたねアネット。喧騒はわが友と呼ぶに相応しいが、それにしても騒々しすぎる。何事かあったかね?」



 ゆったりとした所作でアネットを迎えた彼は王都の冒険者ギルドマスター、名前をベルナールと言った。年の頃は50を過ぎたばかりで、白髪の混じった頭に髭を蓄えている。



「どうしたね?じゃないですよ!喧嘩です、喧嘩!ヴォルフガングさんの喧嘩を貴族の男の子が買っちゃったんです!」



 ほぉ、とベルナールは感嘆の息を漏らした。これまで一度も貴族がヴォルフガングの喧嘩を買ったことは無い。ヴォルフガングの威容もあるが、冒険者ごときに売られた喧嘩を買うなど馬鹿々々しくて貴族としてはやってられないからだ。

 そんな下らない喧嘩をわざわざ買う貴族の子息とはいかなる者か、ベルナールとしては興味が沸いた。勿論止める気などはさらさら無い。そもそも当人が承知の上で行う喧嘩なのだ。殺し合いでは無いのだから、精々好きにやればいい。

 貴族に手など上げないだろうと舐めた貴族の子供なら、張り手の一発でもお見舞いされればいいのだ。まぁ、ヴォルフガングならばきつい拳骨になるのだろうが。



「しかしヴォルフガングに正面から睨みつけられて、それでも尚喧嘩を買ってのける貴族の子息とは一体どうした御仁かねぇ?」



 裏手の窓から広場を覗くと、心地よい喧騒と共に人だかりが出来ている。その中央に二人の人物、デカい方がヴォルフガングだろうから、向こう正面が問題の男か。



「む、あの御仁は・・・」



 そう言うとベルナールは急ぎ足で広場に向かう。アネットは喧嘩を止めてくれるのだと安堵の息を漏らすが勿論そうではない。



(おそらく広場の冒険者達は賭けをしているに違いない。殆ど、いや、全員ヴォルフガングに賭けて話にもならんだろう。愛しき喧騒に少しばかりスパイスを振りかけに行こうかね。)



 ベルナールは冒険者達の賭けに乗ろうとしているだけであった。



 広場の中央で互いに見つめあう二人は対照的だった。一人は大柄で筋骨隆々、不敵な笑みがいかにも強者であると物語っている。そしてもう一方は服装こそ冴えないが、立ち居振る舞いは何処か涼やかだ。



 周囲の者達はヴォルフガングが勝つと信じて疑わないだろう。実際体格に差があり過ぎるし、冒険者と貴族の子供では踏んできた場数も違う。



 しかし、ヴォルフガングはアルベールを正面に捉えて周囲の冒険者達とは違う思いを持った。



(これは、きつい拳骨を食らわせて終わりと言う訳にはいかなさそうだな。)



 あの小僧、これから喧嘩をやるって言うのに気負いが全く無い。緊張感が無いと言う訳ではない。しかしこれだけの人数に囲まれているという事も、目の前に俺がいるという事も、この小僧の心に波を起こしていないのだ。



 飄々としていると言う訳でも無いが、少なくともアルベールには恐怖心が微塵も無かった。しかし、それは別にヴォルフガングに勝つことが出来るという自信の表れと言う訳でも無かった。



(ひょっとしたら並々ならぬ男なのかも知れんな。)



 貴族は気に入らない、しかしヴォルフガングは喧嘩の勝敗に関わらずこの小僧は認めてもいいのかもしれないという気になっていた。成程この小僧は口だけが達者な貴族連中とは一味違うらしい。生まれは確かに貴族なのだろうが、対峙したこの瞬間に感じるのは強い冒険者の纏う雰囲気、とは言いすぎであろうか。



(何にせよ、一合打ち合えば分かる事。)



 ヴォルフガングが静かに気合を入れ直したところに、向こうから声がかかった。



「ヴォルフガング殿、受けておいて何なのだが、私は喧嘩をしたことが無い。喧嘩とは、どうすれば勝ちなのだ?」



 間の抜けた、といえばあまりにも間の抜けた質問だった。周囲からは笑い声すら聞こえる。



 だが、これを聞いてヴォルフガングは思った。殴り合いのただの喧嘩では勿体ないと。一合の打ち合いによる試合にしたいと、そしてこの小僧ならばそれが出来るのではないかと。



「一発だ、先に一発当てた方の勝ちにしよう。」



「そうか、ならばそうしよう。」



 ヴォルフガングの言葉にアルベールは返答する。落ち着いた声だ。その声を聞いてヴォルフガングは思わず笑みが零れる。

 また周囲の人々はこう思った。ヴォルフガングもあれで優しい所がある男だ。貴族は気に入らないと言ってはいるが相手は子供、拳骨一発で許してやるつもりなんだろう、と。



 各々の思いが交差する中、時間は経過していく。そして不意に両者の目が合い、それは自然と試合開始のゴングとなった。



 互いにゆっくりと歩み寄っていく。無論すでに始まっている。明確な合図は無かったが、それは両者認識していた。



 互いの腕が、足が届く間合いに差し掛かる。時間がゆっくりと動くようでいて、加速する感覚を両者が覚える。集中力は極限を極めている。二人ともがその最中にいるのだ。



 先に打つか、避けて打つか。これはヴォルフガングが先に打った。避けられない速さで、打ち込む。勿論当たる瞬間引くつもりでいた。痛いだろうが最小限の痛み。個人的にはもう喧嘩ではないのだから、相手に勝つことは考えているが、痛めつける事は考えてはいない。



 そして、アルベールもまた先に打った。しかし、アルベールとヴォルフガングとでは体格による手足の長さに差がある。体重差もそうだ。アルベールが打ったのは打ち出されたヴォルフガングの腕だった。



 剣術で言えば盾で相手の剣を弾く様に、アルベールはヴォルフガングの腕を弾いた。そのまま腕だけで弾こうとすれば、質量の問題で押し負けヴォルフガングの突きはアルベールに激突するだろう。アルベールはギリギリまでヴォルグガングの突きを引き付け、弾いたのだ。

 更にその弾く瞬間には、アルベールはもう一歩前に出ている。左足を蹴り足にして、右足を前に出し、同時に右腕で突き込む。

 アルベールの拳はヴォルフガングの胸に当たっていた。打ち抜いてはいない。当たるギリギリの距離で打ち込まれた拳はヴォルフガングの胸に丁度当たって止まったのだ。



 この喧嘩を試合と見たのはヴォルフガングだけでは無かった。アルベールもまた、ヴォルフガングの言葉を受け取ってこの喧嘩を試合と見たのだ。もっとも、喧嘩をしたことが無いアルベールにとっては、「喧嘩とは試合の様な事をするのだな。」という認識ではあったのだが。



 周りは静寂に包まれていた、しかしヴォルフガングの口元は笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...