極夜のネオンブルー

侶雲

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2天使の時代

7バグビートの戦慄

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ペンタが眠りについてから三日後、
アンディがストリートに着くと、
ダニエルが怒鳴るように話しかけてきた。

「おいアンディ!
ペンタはどうなってんだ?」(ダニエル)

「ああ、その事で話がある。」(アンディ)

ペンタの入院先は、アンディの親族が経営する
病院だった。

「ペンタは昏睡状態だ、今はペンタの親族と
レオがあいつのそばにいる。
そして今、こっちの音をペンタのところへ
飛ばしてもらってる状態だ。
ダニエル、君の力が必要だ。」(アンディ)

「あ?
俺に何をしろって?」(ダニエル)

「バトルだ、俺とバトルをしてくれ。」(アンディ)

「こんな時に踊ってる場合かよ!
TPOわきまえやがれ!」(ダニエル)

「こんな時だから、だ!
いいか、人間の脳というのはデリケートな場所だ、
簡単にはメスを入れられない!
ペンタが自力で記憶を呼び覚ますしかないんだ、
俺たちにはそのサポートしかできない!
外傷は治療できる。
後はペンタを目覚めさせるだけだ。
そのためにはペンタにゆかりのある音を聞かせるのが
唯一の手段なんだ、特効薬とはいかないが、
それしかないんだよ!」(アンディ)

突然、タップの音が鳴り出した。
どこから現れたのか、そこにはタップを踏む
ランバードがいた。
ランバードが事故現場にいると聞いていたダニエルは
驚いた。

「ランバード?
お前、現場で警察とかと
事故の状況説明してたんじゃねえのかよ?」(ダニエル)

「ああ、ゼルのじじいにコテンパンに
しぼられちまったよ。
まったくよお、ガーディアンが三人揃って
このザマだぜ!
おい先生、さっさと踊れよ!
それで起きるんだよな、あのネボスケはよお!」
(ランバード)

ゼルというのは、ガーディアンたちの統括である。

「それでいい、君たちの声が一番効果的なはずだ。
レオもペンタのそばで話しかけてくれている。
確実とは言えないが、後はペンタ次第だ!」(アンディ)

アンディは踊りだした。

しばらくすると、今度はベアージーのタップが
快音を上げた。

「今度はこっちの番だぜ、先生!
ダニエル、見せてやれ!」(ベアージー)

「やかましい、っつうか熱っ苦しいんだよお前は。」
(ダニエル)

そう言いながら、ダニエルは踊り出した。

「まさか俺がこんな老いぼれとバトルすることに
なるとはよお、全部ペンタが悪いんだぜ!
あの野郎、ただじゃすまさねえからな!」(ダニエル)

快調に毒舌を飛ばしながらダニエルは踊り続ける。
しばらくして、再びアンディとランバードが
踊り出した。
ところが、ベアージーがランバードにヤジを飛ばした。

「おいランバード、そりゃなんだ?
ふざけてんのか?
いつものステップはどこいったんだよ?」(ベアージー)

「悪いかよ?
今はヘロヘロなんだよ、ゼルと警察に
質問責め食らってよお!」(ランバード)

「嘘つけ!
お前のスタミナは底無しだろうが!」(ベアージー)

ベアージーの言葉に対して、ランバードは
感情を露にした。
タップを止め、ベアージーに近寄り怒鳴った。

「こんな時に冷静でいられる方がどうかしてるぜ!
だいたいアイツはなあ、
俺がいなきゃ事故に遭わなかったんだ!
俺がペンタと話して、引き止めたりしたから、
アイツはよお…」(ランバード)

そこへ突然バグビートが現れ、会話に入ってきた。

「その通りだぜランバード、
それに、レオの野郎も悪い、あいつがいなきゃ
ペンタはあんなとこウロウロしてねえ!
それによ、スケッチブック渡してペンタに
絵を描かせたのは俺だぜ!
何なら、ここにいるウォーカー全員がペンタの敵だ!
俺たちゃ極悪人のパーティーだな!」(バグビート)

続いてアンディが口を挟んだ。

「ランバードの言葉を肯定するなら、
バグビートの言葉も肯定せざるをえない、
それに、ペンタがレオに告白するよう仕向けたのは
俺だ、考え方によっては俺のせいにもなってしまう。
なあ、ランバード、
頼むから君自身のことを責めないでくれ。
それは、ある意味ペンタへの侮辱だ。
ペンタは自分の考えで行動し、
ペンタの運命を切り開き、
ペンタの人生を生きているんだ!」(アンディ)

ランバードは、落ち着いた表情を取り戻した。
バグビートは踊り出し、
同時にいつもの減らず口を始めた。

「ヒャッハー!
リズムをよこせよランバード!
連舞雲の連携プレーをお見舞いしてやんぜ!
いつかストリートで踊ってやるために
今まで練習続けてたんだぜ!
おら、ボサッとしてんじゃねえぞ
アンティークアンディ、来いよ!」(バグビート)

ランバードのタップに乗せて、
連舞雲のコンビネーションが始まった。
ストリートにおいてはあるまじき危険因子である。
ダンサー一人、タップ一人のタッグだったら
ギリギリ容認できる。
それがダンサー複数人となると、ヒートアップした結果
サイレンの音を聞き逃し兼ねない。
それがたった二人でも、
そこから我も我もと増える可能性があるのだ。
バトルだったらなおさらである。
ガーディアンたちがゾロゾロと集まってくる。
しかし、ガーディアンにはバグビートたちを
止めることができない。
感情的になっている彼らを止めることは、
かえって危険を招きかねないのだ。

しばらくすると、女性ダンサーのリタが
バグビートに挑戦してきた。

「ちょっとアンタたち、
コンビネーションなめないでよね!
あたしたちが手本見せてやるから、ダニエルは
下がってて!」(リタ)

リタは、ベアージーのタップに乗せて
女性ダンサーのネイリーとの
コンビネーションを始めた。
しばらくリズムを刻んでいたベアージーだったが、
リタに指図してきた。

「おいリタ、お前らいつも七人だろ?
他のメンバーも連れてこいよ!」(ベアージー)

ストリートのダンサーの中でも、
十代の女性ダンサーのほとんどはレオに憧れて
ストリートデビューしてきたクチで、
リタたちはその典型である。
女性七人が集まり、一糸乱れぬダンスを披露した。
ガーディアンたちはいよいよ危機感を強めた。

連舞雲の番になると、それまで黙っていたアイアンが
アンディに口出ししてきた。

「おい学園長、お前のダンスはありがたすぎてよお、
良い子の面々がアクビこいてんだ、わかるよなあ?
あっち行って茶でもすすっててくんねえか?」
(アイアン)

「アイアン、変わってくれると
俺としても助かる、後は頼んだ。」(アンディ)

ダニエルもバグビートたちについた。

「面白くなってきたな、今だけはバグビートに
ついてやる。」(ダニエル)

バグビートのテンションは一気に上がった。

「ヒャッハー、コイツはおもしれえ!
ダニーブレイカーにパペットアイアンと来やがった!」
(バグビート)

すかさずベアージーがヤジを飛ばした。

「なんだこりゃ?
ストリートの辛口四天王が揃い踏みかよ、
おどろおどろしい光景じゃねえか。」(ベアージー)

四人のスタイルはそれぞれ異なる。
バグビートはアニメーションと呼ばれるタイプの
ポップンダンス、
ダニエルはアクロバティックなブレイクダンス、
アイアンはロボットダンスやパペットダンスを
取り入れたパントマイムである。
しかしながら、ランバードのリズムに
三人は巧みに合わせていく。
時にユーモアの効いたコミカルな動きを交えて
周囲の笑いを誘いつつ、
四人のダンスはギャラリーの歓声を浴びた。

リタたちの番になると、ダンサーたちが
続々と参加してきた。
ちなみに、ダニエル、アイアン、ランバードの三人も、リタやそのメンバーたちも、
他のどのダンサーも流星群のメンバーである。
ギャラリーの中には流星群や連舞雲以外の
チームの者もいるし、
あるいはチームに属さない者たちもいるが、
ストリートでは流星群と連舞雲が圧倒的に
存在感を放っていた。
リタたちのダンサーの数はあっという間に
三十人を越え、バグビートたち四人の周りをぐるりと
取り囲んだ。
そして、バグビートの正面では、あの男が踊っていた。

「ヒャッハー!
待ってたぜ、カウボーイ!
最初のアワーバトル以来だよなあ、
俺とお前の直(ちょく)はよお!」(バグビート)

歓喜のバグビートに、ダニエルが水を差す。

「わかるかよバグビート、
お前が引きこもってたった一人しか
増やせねえ間に、ベアージーとカウボーイは
百人集めたんだぜえ!
お前とは格が違うんだよ!」(ダニエル)

ランバードがダニエルにツッコんだ。

「集めたのはお前じゃねえだろ?
誇らしげにうたってんじゃねえよ!
それに、手柄の半分以上はレオだぜ?」(ランバード)

「うるせえな!」(ダニエル)

ダニエルとランバードなどお構いなしに、
バグビートの減らず口は止まらない。

「百人の味方より、俺はむしろ百人の敵がほしいね。
たった一人相手に、百人いねえと釣り合わねえんだぜ?
どうよ!
しかしこりゃあ、最高の舞台だぜ。

お前こそわかんねえのかよダニーブレイカー、
こいつぁとんでもねえ状況なんだぜ!
俺たちは今、百人のダンサーの輪の中で
踊ってんだ、四対百だぜ!」(バグビート)

カウボーイたちのダンサーの数は、
いつの間にか百人を越えていた。
バグビートたち四人は、その壮大な光景に
胸を弾ませた。
四人を取り囲む流星群のメンバーたちも、
四人の凄さに驚かされ、敵ながら賛美の歓声を上げた。

ガーディアンたちの悪い予感は的中し、
これが史上四番目のアワーバトルとなった。
幸い、サイレンが鳴るとウォーカーたちは
落ち着いて避難し、大きな問題は無かった。
しかし、ガーディアンでありながらバトルに参加した
者たちは始末書を書かされた。

連舞雲のアジトでは、バグビートの指がパソコンの
キーボードの上で踊っていた。
そこへアンディが入ってきた。

「あれ、バグビート?
君は今、ここから出ていったように見えたんだが…」
(アンディ)

「うん、いたよ。
ずっとここに座っていたよ。
お約束の、うん、いたよ。」(バグビート)

「まあいい、それより話がある。
このままペンタが寝たきりだと、
法律に命を奪われ兼ねない。
脳死と判断され臓器提供でもされたら、それまでだ。」
(アンディ)

「そうはさせねえよ。
ネットで情報を流す、そんでアイツを守ってやんぜ!
ペンタは俺らのかけがえのねえ仲間だかんな!」
(バグビート)

「できるのかい?」(アンディ)

「やってやるよ、是非にあらずだぜ!
臓器提供の審判が下ろうもんなら、
俺が暴動起こしてやる、データだけの世界で
縦横無尽に暴れまわってやるぜ!」(バグビート)

「頼んだぞ、ブラッドセイバー。」(アンディ)

「な…」(バグビート)

今まで画面に視線をやっていたバグビートが、
真っ直ぐにアンディを見た。
その目付きは、さながら狼が牙を光らせている程の
恐怖を感じさせた。

「世の中にはよお、踏み入れちゃいけねえ
フィールドってもんがあんだ、
下手なこと言ってっとアンタ、死ぬぜ。」(バグビート)

しばらくの間、異様な緊張感の中で、
二人は沈黙のまま見つめあっていた。

それから何年もの間、ウォーカーたちは
ペンタにストリートの音を届け続けた。
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