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第1章 迷いの森

032 元勇者とリーシャ 後編

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「リーシャ、大丈夫か?」

俺は優しく抱きしめながらリーシャへ問い掛けた。

「はい、私は大丈夫です。ありがとうございますアーク様。私はこれで⋯女になれましたか?」

「俺こそありがとうリーシャ。リーシャはもう素敵な女性だ。」

リーシャは腕の中で小さく首を振った。

「そうではないのです⋯あなたの、アーク様の女になれたでしょうか⋯」

消え入りそうなほど小さな声での問い掛けだった。

俺はなんて答えていいか分からなかった。

即答出来なかった。

それがリーシャを傷付けたのだろう。



「ふふふ、変なことを聞いて申し訳ございません。私など、アーク様からしたら数多の女性のうちの1人にしか過ぎないことなど分かっております⋯」

強がってしまった。

私だけのあなたでいて欲しかった。

今この時だけで良かった。

そうだ、とすぐに答えて欲しかった。

それがワガママだと分かっている。

でもそれでも⋯一時でもあなたが欲しかった。



「リーシャ⋯俺は⋯」

口ごもってしまう。

分からなかった。

本当に分からなかった。

女性への恋慕など抱いたことがなかった。

求められるがまま流されるがままいつもしていた。

確かにリーシャへは自分からしたいと思った。

これは恋なのか?

俺はリーシャに惹かれているのか?



「私は⋯私は王女なのです。北にあるディゼスタ王国という小国の。私は国の為に帰らなければなりません。」

ついに素性を明かしてしまった⋯

この瞬間、私の恋は終わりを告げました。

「アーク様、私は国が滅びる前に兄に代わり王にならなければなりません。小国ではありますが、それでも民がいます。民の為に私は帰ります。」

さようなら私の初恋。

さようならアーク様。



「リーシャ⋯俺は⋯自分の気持ちが分からないんだ。でも⋯それでも⋯今までの俺の経験では無い感情がリーシャへはある。それは間違いない。それがリーシャへの恋なのか愛なのか、まだ分からないんだ。」

これが俺の本心だ。

リーシャが高貴な身分だなんて分かりきっていた。

それでも抑えきれなかった。

身分が違いすぎる女に手を出した。

どれだけの重罪なのか。

ただの肉欲に溺れたのか?

それだけは決して違うと言えよう。

だがそれが、その気持ちがなんなのか、今の俺には分からなかった。



「アーク様⋯」

なんて切なそうな顔をされているのでしょうか。

私はアーク様の頭を抱きしめ、撫でていました。

愛おしいのです。

私はあなたをお慕い申しております。

ただのリーシャでいたかったのです。



「リーシャ⋯俺はな⋯勇者⋯なんだ。アークという名前も偽名だ。」

言ってしまった。

俺だけ素性を言わないのはフェアではないもんな。

「ナレンギル王国の思惑なのか、元パーティメンバーの独断なのかは分からない。俺はパーティを追放され、勇者の称号を剥奪されたんだ。」

言ってよかったのか分からない。

ただ誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

「追放されたその日の夜に街を出て森へと入ったんだ。そしてリーシャ達を助けた。」

何故だろう、涙が流れていた。

「俺は⋯勇者として世界を⋯俺ができる範囲でみんなを助けたかった。だから勇者の称号が欲しかった。でも何もかも違ったんだ。」

今まで誰にも話してなかった。

話す相手がいなかった。

「勇者パーティは酷かった。諸国を巡って人助けは確かにしていた。だがやり方が酷かったんだ。どんどん俺は心を閉ざしていった。いつしか何も考えないようになっていってた。心が壊れていたのかもしれない。」

リーシャはただ黙って俺の頭を撫でてくれている。

「追放された時に、パーティメンバーのナレンギル王国の第一王子、リーバル王国の第三王女、ティリズム教国の聖女に報復をしてしまった。壊れていた俺は手が付けられないほど荒れていたのかもしれない。」

リーシャの抱きしめる力が強くなった。

「もしかしたら⋯いや、俺はもうお尋ね者なんだ。各国から俺への刺客が送られてくるかもしれない。だから素性を明かさなかったんだ。リーシャ達に迷惑がかかるかもしれないから。」

リーシャが手を解き、俺を見つめた。

「アーク様は私を死の淵から助けてくれたのです。勇者の行いとして間違っておりません。あなたは勇者の称号などなくとも、誰よりも勇者です。今日までのあなたの行動は全て勇者でした。皆を守り導いていたのです。」

ああ、俺は勇者なのか⋯勇者でいていいのか⋯

涙が止まらなかった。

初めてかもしれない。

初めて勇者として認められたのだ。

声を出して泣いていた。



「ありがとう⋯ありがとうリーシャ⋯」

なんて愛おしいのでしょうか⋯

18歳と仰っておりました。

私と1つしか変わりません。

それなのに勇者としての責務を全うしようともがいていたのかもしれません。

勇者の称号を剥奪されてもこのお方は勇者なのです。

なんて尊きお方なのでしょうか。

なぜ私は王女なのでしょうか。

これほどに自分の身分を呪ったのは今が初めてです。

壊れそうなこのお方を一生支えていきたい。



「済まない、関係の無い話までしてしまったな⋯」

リーシャが指で俺の涙を拭ってくれた。

「いいのです。聞かせて頂きありがとうございます。ただ、ただただ、あなたへの想いが強くなるばかりです。」

そう言うリーシャの顔は美しかった。

なんと慈愛に満ちた顔なのだろうか。

今までの俺のやさぐれた気持ちが洗われるようだった。

「あなたと離れることは心苦しいのです。ですが⋯ですが私は⋯」

俺は抱きしめた。

「リーシャ、待っててくれるか?全てを解決させ、君への想いが本物だと分かったら会いに行く。それまでに待てなかったなら仕方ない。君は王女だ。政略結婚や王になるために王配も必要かもしれない。できるだけ急ぐ。だから待っていてくれないか?」



「はい⋯お待ち申しております⋯」

待ちます。私はいつまでもあなたを⋯

そして私だけのあなたに⋯

「リーシャには教えておくな。調べればすぐにわかると思うが⋯俺の名は⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」

嬉しい⋯私にだけ⋯

確かに調べれば分かるでしょう。

でもあなたから教えて頂けたのが嬉しいのです。

「それでも今はアークと呼んでくれると嬉しいよ。」

「はい、それは存じ上げております。アーク様、今はアーク様と。」




「このまま一緒に眠ってしまいたいが⋯みんなに怪しまれる。リーシャは向こうで寝よう。送っていくよ。」

俺はクリーンをかけ、リーシャにマントを羽織らせた。

寂しげに頷くリーシャ。

俺は優しく口付けをする。

「アーク様⋯」

「リーシャ⋯」

離したくなかった。

このままリーシャと⋯



「それではおやすみなさいアーク様。」

とても幸福に満ち溢れた夜でした。

ありがとうございますアーク様。

あなたとの想い出が、今後の私を支えてくれると思います。

少しの間ですがさようなら。

さようなら私の恋。

明日から私はリーシャ・ディゼスタです。


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