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第12話 クライム・キャニオン

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クライム・キャニオン。

そこは冥界の中でも最も苛烈で最も過酷な場所の1つとされている。

様々な世界からの魂が冥府の門を潜り、選別され、冥界の各所へと送られていく。

凶悪な犯罪者、罪人達は冥府の門を潜るとダムネッド・ディストリクトへと送り込まれる。

ダムネッド・ディストリクトに送られた魂は、ジャッジメント・フォートレスにいる報復と正義の女神ネメシスによって裁かれ、ダムネッド・ディストリクトの各領域に送られていくのだ。

その審判の際に使われるのがネメシスの天秤と呼ばれる神具だ。

ネメシスの所に来た魂はネメシスの天秤の傾きによって送られる場所が決まる。

ネメシスの審判を受けた魂はそこで穢れた魂の浄化を行う。浄化の終わった魂はエリュシオンにいるハーデスの元へと送られ、天界を経て輪廻転生を選ぶか、エリュシオン、または冥界のどこかに残るかの選択をすることになる。

送られてきた罪人たちは浄化をされている時の記憶が一切無くなる。そうすることで冥界で何が行われているかを分からなくさせている。

浄化が終わった終わった魂はハーデスのいるエリュシオンに送られ、冥界での記憶、生前の悪行、罪の記憶を全て消去される。

冥界に残るものはその前世の記憶のままでいることができ、輪廻転生を選んだものは記憶を失い新たな生を元の世界で送ることになる。

前世の記憶を失いたくないものは冥界に残り、その記憶を維持したまま永遠の時を冥界で過ごす。

ハーデスの前に送られた浄化された魂は生前の姿となり、冥界か天界か行き先を選ばされるのだ。

クライム・キャニオンに行き着いた魂は生前の人の形になり亡者となる。亡者となり生前の罪を償うため様々な浄化を受けるのだ。そのひとつがクライム・キャニオンで行われている。

クライム・キャニオンは深い峡谷になっている。底が見えない底なしの峡谷だ。その底には一体何があるのか。それは底に行き着いた亡者しかわからない。

そこでどんなことが行われ、魂の浄化をされているのか。浄化された魂はその時の記憶がない。だからクライム・キャニオンの谷底では一切が闇に包まれている。



5時間ほどだろうか、シオン達は何も無い場所を歩き続けた。遠くの方に真っ暗な空間が広がっているのが見える。

その暗闇の前で、ファイの代わりに先導していた玉が止まった。

「シオン、ここの先がクライム・キャニオンの領域になるんだな。目に見えない境界線があるんだな。」

シオンは前方を見てみるが、その先は何も無い暗闇だ。

「冥界は領域毎にこういう風になっているのか?」

「そうなんだな。今ここはネメシス様のいる、ジャッジメント・フォートレスの領域なんだな。ジャッジメント・フォートレスの領域を出ることは可能なんだな。でも入るにはネメシス様の許可かエリーニュス様の許可かハーデス様の許可が、必要になるんだな。」

簡単にはハーデスの元にまで辿り着けない。ましてやクライム・キャニオンに行ってしまえば二度と出て来れない可能性すらあるのだ。

ハーデスにもエリーニュスにもネメシスにも言われた『永遠に』という言葉が頭の中でリフレインする。

「四の五の考えても仕方ないのじゃ。全ては強くなってからじゃ。もしこのままここに留まっても、ハーデスかエリーニュスかネメシスに見つかるだけなのじゃ。お主が全てをひっくり返すほど強くなればいいのじゃ。」

「そうだな。まずはクライム・キャニオンだ。そこで今後のことを考えながら強くなろう。行くぞみんな!」

みんなで気合を入れクライム・キャニオンへと続く境界線を超えるのであった。



シオン達は境界線に足を踏み入れクライム・キャニオンへと姿を現す。

目の前に映ったのは亡者共が深い峡谷の前で列を生している。亡者たちは峡谷に沿って下る階段を降りたくないのかなかなか進まないようだ。階段は今にも崩れ落ちそうで、峡谷の壁を削り出して作られていた。

峡谷を渡れるように橋が架けられている。その橋は亡者たちが歩いている様子は無い。橋の先には砦のようなものが見える。

クライム・キャニオンに足を踏み入れたシオンは違和感を感じ後ろを振り返る。真後ろには暗闇が広がっていることはなく、どこまでも伸びる断崖になっていた。その断崖は、まるでここから出ることを許さないかのように聳え立っている。

「なんて⋯場所なんだ⋯暗闇がないってことは、ここからは出られないってことなんだろうな。」

悠然と立ち、そして威圧的な迫力の断崖に圧倒されるシオン。

永遠にここに閉じ込める。そんな意志を感じる断崖を目にし、無くなりつつあった絶望感がじわじわと押し寄せてくるようだった。

「ここから這い上がるのか⋯」

「何をしょぼくれておるのじゃ!高ければ高いほど、強ければ強いほどやりがいがあるのじゃ。こんな底辺の場所で燻ったままでいるのか?違うのじゃろ?お主にはやりたいことがあるのじゃ。他の冥界で暮らす者どもとは違って目標があるのじゃろ?男ならしゃんとするのじゃ!」

タマモに激励され、再び闘志を燃やそうと奮起するシオン。そんなシオンの脳内に声が響く。

『ようやく来ましたね。橋を渡ってここまで来てください。今すぐやってもらいたいことがあるのです。』

「うっ、また脳に直接⋯これは慣れないな⋯橋を渡れってことは、あそこの砦のようなとこまで行けばいのか⋯」

脳内に直接響く声に慣れないシオンは吐き気を催しながらも橋へ向かって歩き出す。

橋は頑丈な石造りだ。亡者が歩いている階段は粗雑な造りをしているが、峡谷に架かる橋はどういう原理か分からないがしっかりと安定しており、崩れるよう心配など微塵も感じることは無い。

峡谷の中央に差し掛かり、下を覗いてみる。1度降りたら戻って来れない、そんな感覚に囚われる不気味さを醸し出している。

「なんなんだこの谷は⋯全く底が見えないじゃないか。それに亡者たちなのかあれは⋯俺はこれからあの亡者を管理するって事なのか。」

谷底の不気味さに身を震わせ先を急ぐ。

「とにかく砦に向かわないとな。また魔法で攻撃されたらたまったもんじゃない。」

指定された砦に向かう。ジャッジメント・フォートレスほどでは無いが、堅牢そうな砦が見えてくる。

「ここはアトネメント・バスティオンと呼ばれる砦なんだな。今からエレノア様に会いに行くんだな。」

アトネメント・バスティオンの主、クライム・キャニオンの管理を任されているのが、罪業と浄化の女神エレノアだ。

「エレノアはどんな奴なんだ?」

「エレノア様は罪業と浄化の女神様で、とてもお優しいお方なんだな。でも怒った時はネメシス様より恐ろしいと言われている女神様なんだな。」

優しいという言葉で安心しかけたが、ネメシスより恐ろしい可能性を聞き震え上がる。

「そ、そうなのか。やはりここでもちゃんとしておかないとだ。もうあんな酷い目に遭いたくないしな。」

アトネメント・バスティオンの前に立つ。ここでも扉に窪みがあるのでファイを押し込む。

アトネメント・バスティオンの扉は木造で作られている。ゆっくりと音も立たず扉が開く。

中はすでにあかりが灯っており視界は良好だ。松明のようなものが左右に等間隔に設置されており、そちらに向かえと言っているようだ。

ファイがふよふよと浮きながら先導を開始する。

「こっちなんだな。この階段を登った先の大広間でエレノア様が待っているんだな。そこでは浄化の終わった魂とこれから浄化に行く魂がいるんだな。」

クライム・キャニオンで魂がどうなるのか、その始まりと終わりの説明を聞いたシオン。

「なるほどな。その間の浄化をするのが俺のここでの役割ってことになるのかな。それはエレノアに聞けば分かることか。」

ファイの案内で砦内を進んでいく。幅が20メートルほどある階段を昇る。階段の先には高さ3メートルほどの扉があった。魂を浄化する場面なのだろうか、両開きの扉の右に亡者のレリーフ、扉の左に浄化をする女性のレリーフがあった。

扉の中央に窪みがある。またそこにファイを押し込んだ。

ゆっくりと扉が開いた先には数多の魂が左右に別れ、規則正しく並んでいた。

「やっと来ましたね。私はエレノア。自己紹介はなくて大丈夫です。エリーニュス様から聞いてます。あなた達は峡谷の亡者達の管理をしてもらいます。」

やっと告げられたシオンの冥界での役割。ここからシオンは這い上がれるのか。


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