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第一章
6.
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あの日以来初めて、外に出た。びっくりするくらいたくさん着込んで、マフラーを巻いてもらって、手袋をつけて。これでもかってくらい防寒した僕の隣のひろくんは薄っぺらいダウン1枚しか着てない。
「寒くないの?」
「それ何回目?大丈夫だよ。」
くすくすと笑いながらひろくんがそう言う。あの日からひろくんは、元々優しかったのに拍車がかかるように、まるで砂糖を煮つめたみたいに甘くなった。そしてそれは過保護とも言う。それでも僕はひろくんがしてくれることを甘受した。だってそうしなきゃ生きていけないし、それに、どこかひろくんの目は怯えていたから。
「ねえひろくん、何か悩み事、ない?」
「…ないよ、急にどうしたの?」
ああやっぱり、何かあるんだ。ほんの少し泳いだ目に気づかないほど、長いこと兄弟やってるわけじゃない。兄と言うには迷惑をかけすぎているけれど、一緒にいた時間はもうだいぶ長い。
何に悩んでるのかはわからない。僕にそれを言うことは今までも、そして多分これからもないんだろうから。僕はそれでも、ひろくんのそばに居たい。でも、ひろくんはそうじゃないのかもしれない。
「楓は何も気にしなくていいから。」
ぐり、と頭を撫でられる。誤魔化された、そう思ったけど、ひろくんが追及されることを望んでいないのなら、仕方の無いことだった。
買い物が済んで、お茶して帰ろうかってひろくんが言った。ちょっとトイレ行ってくる、そうやって言うから、トイレ前のベンチに座ってショップバックを抱えていた。
頭にぼんやりと靄がかかる。こんなに歩いたの久しぶりかもしれない。ちょっと疲れたけど、そんなこと口にしたらきっと、またしばらく外には行けなくなっちゃう。飲み物飲んでる間に、落ち着けばいいんだけど。そんなことを考えてたら、声をかけられた。
「こんにちは、さっき、如月くんと歩いてましたよね??」
如月くん。それは僕の苗字であったけど、ひろくんの苗字でもあった。僕にこんな綺麗な知り合いはいないから、きっとひろくんの知り合いだろう。程よくメイクされたその人は、美人と言っても差し支えはなかった。
「……こんにちは、何か御用ですか?」
ひろくん以外の人と話すことなんて久しぶりで、口ごもってボソボソと言葉を発してしまう。もともと、おしゃべりは得意じゃないんだ。喋りなれてないせいか、何か話すのに随分時間がかかってしまうから。
「やっぱり。歩いてるの見て、そうかなって思ったんです。」
ニコニコと愛想よくその女の人は話しかけてくる。どうしてそれで僕に話しかけてくるんだろう。喉が乾く。この場から逃げ出してしまいたい。そう思ってしまうほどに居心地が悪かった。
「お友達ですか?如月くんかっこいいから大変なんじゃないですか?」
「……いえ、あの、」
確かにひろくんは男らしくてモテるんだろうなとは思っていた。けれどそれを女の人の口から言われると、どうしていいかわからなくなる。わかってる、僕がいるから女の人とも十分に関われないことくらい。重荷になっていることくらい。
「佐藤さん、こんにちは。楓に何か用ですか?」
「あら、如月くん。さっき如月くんを見かけたものだから。つい。お邪魔してごめんなさいね?」
じゃあまた会社で、そんなふうに言って佐藤さんは去っていった。会社の人なんだ。同じ部署なのかな。それとも、ひろくんが好きで仲がいいんだろうか。頭の中がぐるぐるする。だめなのに。そんなこと僕が考えちゃいけない。どこにも行かないで欲しい、なんて。
「楓、顔色悪い。ごめん、無理させた?」
ひろくんの手が頬に触れる。心配そうに眉が寄せられていた。違う、ひろくんは何も悪くない。僕が、こんなにも、醜くて汚いだけなのに。泣いてしまいそうだ。
「大丈夫、少ししたら収まるから。」
「、泣かないで、」
目の前が揺らぐ。慌ててハンカチで抑えるけど、溢れてくるものは収まらない。ひろくんの顔が見れなくて、でもきっと、悲しそうな顔してるんだろうなって思って。わかってる、僕が泣く資格なんてない。僕がひろくんを好きなのは僕の自分勝手で、ひろくんには関係ない。
結局泣き止むまでひろくんは隣で背中をさすってくれて、落ち着いてから二人で帰った。行きよりも過保護に拍車がかかってる気がする。そりゃそうだ、いきなり泣き出してしまったんだから。それも外で。迷惑しかかけられない。優しくしてもらう資格なんてない。
そして僕は、これ以上自分の気持ちに嘘をつける気がしなかった。酷く痛むこの胸が恋なんて甘いものじゃなくて、重たくて苦しい鎖であることを理解していたはずなのに。だめだとなんども、言い聞かせてきたのに。
「寒くないの?」
「それ何回目?大丈夫だよ。」
くすくすと笑いながらひろくんがそう言う。あの日からひろくんは、元々優しかったのに拍車がかかるように、まるで砂糖を煮つめたみたいに甘くなった。そしてそれは過保護とも言う。それでも僕はひろくんがしてくれることを甘受した。だってそうしなきゃ生きていけないし、それに、どこかひろくんの目は怯えていたから。
「ねえひろくん、何か悩み事、ない?」
「…ないよ、急にどうしたの?」
ああやっぱり、何かあるんだ。ほんの少し泳いだ目に気づかないほど、長いこと兄弟やってるわけじゃない。兄と言うには迷惑をかけすぎているけれど、一緒にいた時間はもうだいぶ長い。
何に悩んでるのかはわからない。僕にそれを言うことは今までも、そして多分これからもないんだろうから。僕はそれでも、ひろくんのそばに居たい。でも、ひろくんはそうじゃないのかもしれない。
「楓は何も気にしなくていいから。」
ぐり、と頭を撫でられる。誤魔化された、そう思ったけど、ひろくんが追及されることを望んでいないのなら、仕方の無いことだった。
買い物が済んで、お茶して帰ろうかってひろくんが言った。ちょっとトイレ行ってくる、そうやって言うから、トイレ前のベンチに座ってショップバックを抱えていた。
頭にぼんやりと靄がかかる。こんなに歩いたの久しぶりかもしれない。ちょっと疲れたけど、そんなこと口にしたらきっと、またしばらく外には行けなくなっちゃう。飲み物飲んでる間に、落ち着けばいいんだけど。そんなことを考えてたら、声をかけられた。
「こんにちは、さっき、如月くんと歩いてましたよね??」
如月くん。それは僕の苗字であったけど、ひろくんの苗字でもあった。僕にこんな綺麗な知り合いはいないから、きっとひろくんの知り合いだろう。程よくメイクされたその人は、美人と言っても差し支えはなかった。
「……こんにちは、何か御用ですか?」
ひろくん以外の人と話すことなんて久しぶりで、口ごもってボソボソと言葉を発してしまう。もともと、おしゃべりは得意じゃないんだ。喋りなれてないせいか、何か話すのに随分時間がかかってしまうから。
「やっぱり。歩いてるの見て、そうかなって思ったんです。」
ニコニコと愛想よくその女の人は話しかけてくる。どうしてそれで僕に話しかけてくるんだろう。喉が乾く。この場から逃げ出してしまいたい。そう思ってしまうほどに居心地が悪かった。
「お友達ですか?如月くんかっこいいから大変なんじゃないですか?」
「……いえ、あの、」
確かにひろくんは男らしくてモテるんだろうなとは思っていた。けれどそれを女の人の口から言われると、どうしていいかわからなくなる。わかってる、僕がいるから女の人とも十分に関われないことくらい。重荷になっていることくらい。
「佐藤さん、こんにちは。楓に何か用ですか?」
「あら、如月くん。さっき如月くんを見かけたものだから。つい。お邪魔してごめんなさいね?」
じゃあまた会社で、そんなふうに言って佐藤さんは去っていった。会社の人なんだ。同じ部署なのかな。それとも、ひろくんが好きで仲がいいんだろうか。頭の中がぐるぐるする。だめなのに。そんなこと僕が考えちゃいけない。どこにも行かないで欲しい、なんて。
「楓、顔色悪い。ごめん、無理させた?」
ひろくんの手が頬に触れる。心配そうに眉が寄せられていた。違う、ひろくんは何も悪くない。僕が、こんなにも、醜くて汚いだけなのに。泣いてしまいそうだ。
「大丈夫、少ししたら収まるから。」
「、泣かないで、」
目の前が揺らぐ。慌ててハンカチで抑えるけど、溢れてくるものは収まらない。ひろくんの顔が見れなくて、でもきっと、悲しそうな顔してるんだろうなって思って。わかってる、僕が泣く資格なんてない。僕がひろくんを好きなのは僕の自分勝手で、ひろくんには関係ない。
結局泣き止むまでひろくんは隣で背中をさすってくれて、落ち着いてから二人で帰った。行きよりも過保護に拍車がかかってる気がする。そりゃそうだ、いきなり泣き出してしまったんだから。それも外で。迷惑しかかけられない。優しくしてもらう資格なんてない。
そして僕は、これ以上自分の気持ちに嘘をつける気がしなかった。酷く痛むこの胸が恋なんて甘いものじゃなくて、重たくて苦しい鎖であることを理解していたはずなのに。だめだとなんども、言い聞かせてきたのに。
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