楓の散る前に。

星未めう

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第一章

3.

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楓が熱を出した。触れる額は燃えるように熱く、息は苦しそうにあがっている。昨日から体調悪そうだったから、有給はちゃんととってある。今日はずっと隣にいよう。寂しがり屋の楓が泣かないように。

「楓、起きてる?熱高いから、病院行こう。動ける?」

「っ、は、ひろく………?」

意識が朦朧としているのか、虚ろな目でこちらを見ている楓は、それでもこちらに手を伸ばしてきた。背中に腕を回して抱き上げてやれば満足そうにへにゃりと微笑む。それでもくてんと頭を肩に乗せた辺り、力が入らないのだろう。

「飯は………無理だよね。とりあえず着替え手伝うから。」

ふにゃふにゃとした楓の状態を見てる限り、食べるのは難しいだろう。今のところ吐き気は無さそうなのが救いか。早く熱を下げないと、悪化したらまた大変だろうし。

「ひろくん………」

耳元で楓が俺を呼ぶ。汗で湿った髪を撫でてやれば体ごとこちらに擦り寄ってきた。楓は熱を出すと甘えたになる。昔からそうだった。普段調子悪い時はごめんを繰り返しとにかく申し訳なさそうにするのに、熱を出した時だけは寂しがりになる。

「よしよし、病院行って帰ったら一緒に寝ような。」

早く病院へ行って寝かせてやろう。これ以上に熱が上がってしまう前に。とにかく着替えだ。流石にパジャマのままってわけにはいかないし。


仕切られたカーテンに横たわる楓は今まさに看護師さんが持っている針に怯えていた。力一杯に繋がれた手は小刻みに震えている。目はぎゅっと瞑られていて呼吸もあがっているみたいだった。

「楓、大丈夫だって、痛いのは一瞬だから。」

汗で張り付いた髪をかきあげてやる。触れた額は朝よりも熱い気がした。楓は昔から針が苦手だ。注射も、点滴も。とにかく針と名のつくものが苦手で、逃げようとする。流石に中学に上がる頃には我慢するようになったけど、怖いのに変わりはないらしい。
楓の免疫は人より弱い。だから高い熱が出ている時は神経質にならなくてはいけないのだ。拗らせて肺炎になるなんて以ての外、だからこうして風邪を引けば点滴は必須なわけで。

「ひろく、」

針が刺さった瞬間、一際握られている手の力が強くなる。痛いのかな。刺さってしまえばもうそんなに痛みはないようで手の力が弱まる。看護師さんが終わる頃にまた来ますねと頭を下げてカーテンから出て行った。

「よく頑張ったな、楓。いいこいいこ、」

いつもなら少し拗ねる子供にするみたいな頭の撫でかたでも、熱がある時は嬉しそうに笑う。時折ひろくんと声を上げるのになあに楓と返してやればほっとしたように表情を緩ませる。
次第に眠くなったのかとろんとした瞳がこちらを見る。目元に手のひらを広げてやれば、すぐに安心したのか寝息が聞こえてきた。

眠ってしまったままの楓を連れて家に帰った。すやすやと穏やかな寝息を立てて寝ていることに安心する。そう言えば俺も朝飯抜いちゃったな。とりあえず昼飯作らないと。
昨日の残りのご飯を鍋にいれてお粥にする。卵を落として味を整えれば楓の好きな卵粥の完成だ。楓はいつ起きるだろうか。起きた時そばにいてやらないと愚図るからな。
部屋に戻ると楓は泣いていた。泣きながら毛布を引きずって部屋を出るところだった。ちょっと遅かったか。

「ごめん楓、風邪悪化するからお布団戻ろ。な?」

抱き上げてやれば点滴で少し下がったはずの体温はまた上がっていた。ぐずぐずと首筋で泣いている楓をあやしながらベッドに戻して布団をかける。伸ばされた手に指を入れ絡めれば、やっと少し表情が柔ぐ。

「ひろくん、なんで居ないの。」

ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら楓は泣く。いつもは言わない言葉をたくさん零す。離れないでと泣いて、一緒にいてと袖を掴む。何かを押し殺したような表情も俺を気遣う言葉もなりを潜める。俺はこうやって甘えられるのが嫌いではない、むしろ好きだった。

「飯作ってたんだよ。ごめん、もう離れないから。」

ベッドから落ちるギリギリまでこっちに寄ってきた楓の背をあやすように撫でてやる。甘えた声でひろくんと口にする度にここに居るよと声をかけてやった。しばらくして落ち着いたのか涙が止まった。

「飯食べれる?」

「わかんない……」

「ちょっとでいいから食べて薬飲もう。」

すぐ戻ってくるからと言い聞かせてお粥をよそいにいく。冷めきったそれを少し温めて、持っていった。猫舌だからそれくらいでちょうどいいだろう。部屋にいる楓はやはり不安そうな顔をしていた。

「卵粥作ったよ。口開けて?」

半人分にも満たないこれを、多分楓は食べきれないだろう。それでも食べてくれる方がいい。木匙で掬ったお粥に少し息を吹きかけて楓の口元に持っていく。むぐむぐと咀嚼しているところを見るととりあえず吐き気はないようだった。

「もうちょっと食べれる?」

もう一口、もう一口と続けて半分くらいになったところで楓が首をふる。もういらない、という主張に食い下がることはなく匙を置いた。お盆に乗せてきた水と今日貰った薬を楓に飲ませて布団に横たえた。眠くなる成分が入っているから、そのうちまた眠ってしまうだろう。

「ちゃんと食べられて偉いね。」

頭を撫でてやればまた嬉しそうに微笑んだ。
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