始まらない話

葉津緒

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*** 小鳥と触手 ***

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魔王さまが暮らす魔王城。
その周辺は常に、不気味な黒雲に覆われている。
なので俺が身を置かせてもらっている部屋の小窓からは、毎日代わり映えの無いどんよりとした景色しか見ることが出来ない。

いや、景色というか雲オンリー?
たまに伝書鳩ならぬ伝書係の魔物が空を飛ぶのを眺めるくらいだし。


だがごくまれに、迷い込んでしまった鳥が魔王城のそばに近寄って来ることもある。
最初にそれを見た時はちょっと嬉しかった。
異世界に来て初めてまともな、魔物以外の生き物を目にしたからね。

(あの鳥を部屋で飼えないかなぁ……魔王さま、許可してくれるかな?)

そう思った次の瞬間、鳥は消えていた。
正確に言うと鳥は『何か』にその姿が覆われた為、見えなくなったのだ。


 ピーッ ピチューッ


悲鳴をあげ必死に羽根を動かす小鳥。
それを鷲掴むように捕らえていたのは、よく見ればドロドロとした触手だった。
しかもそれは……つぎはぎだらけな俺の身体(腹部)から飛び出し、窓ガラスを通り抜けて魔王城の外へと伸びている。

え?
と思う暇もなく触手は鳥を掴んだままシュルシュルと縮み、本体(俺)に戻ってきた。
その際、窓ガラスはやはり抵抗無く通り抜け。
一体どうなってんだ、これ。


いやそれよりも、
俺の意思で動いた訳ではない触手。
容赦の無い強い力で握り締められ、血を流す小さな鳥は……恐らくもう助からないだろう。
だけどバケモノとなった自分の身体が、腐った腹部の肉の塊に突如大きな穴を作りそこへ触手が捕まえた小鳥を放り込もうと、喰おうとしているのだと気付いた時――


「嫌、だ……殺さな、い……食べ、な」

「でしたら制御なさい」

「え……?」


俺しか居ない筈の部屋に、何者かの声が響いた。
振り向くことさえ容易には出来ない身体。
だけど触手は、簡単に小鳥を捕まえ腹の中に放り込んでしまう。


「あ……嘘……」

「意識を自分の中に向けなさい。『喰う』のではなく『捕らえる』ことを考えるんです。早く!」


何者かの声に従い、意識を集中させる。
目を閉じれば真っ暗な闇に、小さな光が消えようとしていた。とっさに手を伸ばし光を掴まえ、かき抱く。
と、そのまま吸い込まれるようにスーッと胸の中に入り込んだ、それ。

(チチュッ ピュイ ピピッ?)

俺の中で、小鳥の形をした光が不思議そうに鳴いた。そこにはもう痛みも苦しみも含まれてはいなかった。


「ああ、どうやら上手くいったようですね。ふむ、なるほど今回のオモチャは元人間にしては優秀なようです。これなら魔王さまも多少は楽しめるでしょう」

「……え、あ……の?」


 ビチャッ ブシュウゥッ


直後、何かが潰れて飛び散るような音が聞こえたけれど。
それがさっき見た(俺の身体の一部である)触手の無惨な状況を物語っていたとは。
声の主が俺の視界に入り、粉々になった触手の残骸を見せてくれるまで、本人全く気が付きませんでした。

ちなみに、触手がいきなり襲ってきたので破壊したそうです。


うーん。
こんな時、痛覚が無い身体ってのは便利なんだか不便なのかよく分からないよね。
多分、自分が殺されたとしても気が付かないんじゃないかなぁ……なんて。

あ、一応笑うとこだから、ここ。



.
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