「平凡な365日」番外編

葉津緒

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総長と狐

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 ***



「それで本題なんですけど、総長あんた寮であの子に手ぇ出してないっスよね?」

「ゴフッ」

「熱で意識朦朧となってるあの子の下着まで脱がせて裸にして、本当に着替えさせただけですか? 例えば……体中を撫で回したり、あの子の敏感な場所を摘んだり舐めたり引っ掻いたり押し潰してみたり。バレないと思って何度も吸ったり舌を入れたり指を入れたり掻き回したりとか……ハァハァ……何なら思い切って先っぽだけ突っ込んでみたりなんか……し、て……ゴクリ。ま、まさか本当にヤっちゃってないよね!? もちろん俺なら間違いなく最後までヤってますけどッ」

「ヤるわけねーだろ馬鹿か! つか、お前にもヤらせねーわ。ふざけんな。ちゃんと汗を拭ってやって着替えさせただけに決まってんだろ。いいか、痛てぇくらいにちまくったとしてもそれを耐えてこそが俺の看護だ。見縊みくびるな」

「いや、カッコつけても勃ちまくってる時点でアウトなんじゃ」

「うるせえ、んなもんただの生理現象だ。それよりもアイツ、本当は糞ガキどもにどこまでされた? 着替えさせる時に偶然たまたま俺の手がアイツの急所に触れたんだよ。そしたら突然うわ言で『嫌だ、気持ち悪い、触るな』って……」

「やっぱり触ってるじゃん!? 総長の嘘つきぃいッ」

「不可抗力だ。で、どうなんだ。カメラの確認はしたんだろう」

「それが、あいつら副会長ばっか撮影していたみたいであの子の姿はあんまり。音声も他の声が大き過ぎて分かりませんでした。あ、ちゃんとあの子の写ってる部分を削除して編集し直したデータをこっそり証拠品に紛れ込ませといたよー」

「そうか。確認は出来なくとも恐らく触られたことがかなりの苦痛だったようだな。……一応上書きはしといたが」

「はああ? 総長あんたマジで何しやがったんスか、上書きって何! ちょっ、本当は手ぇ出していやがったとか絶対に言わないですよねぇええ?!」

「手、は出したかもしれん。が、出してない筈だと思う。おっと、悪い。急に仕事の電話が入ったようだ。お前は引き続きアイツのサポートとチームの仕事をしてくれ。じゃあな」

「ちょっと待って総長、って電話切りやがった! クソっ逃げやがったー!? 手は出したのに出してない筈ってどういう意味だよ説明しろこらーッ!」


スマホを片手に地団駄を踏む狐。
切れた電話の向こうでは、総長が小さく溜息を漏らす。



あの日、家族と偽り面会した寮で、発熱し息の荒いあの子に何度手を出しかけたことか。着替えさせる途中、偶然触れたあの子自身に一瞬理性が遠退いた。
けれど突然体を震わせて何かから逃げるように『嫌だ、気持ち悪い、触るな』とうわ言を繰り返すあの子の様子に、息を呑んだ。

手を出しかけた己の不甲斐なさと、手を出したのだろう犯人への怒り。

それらに歯を食いしばり、出来るだけ性的な接触だとは思わせないよう、優しく労るようにもう一度あの子自身に手を伸ばす。


「大丈夫だ、怖くない。俺がそばにいる。お前を守ってやる。ほら、俺がお前の家族になるんだから安心だろ? 気持ちの悪いものなんかこの手で簡単に追い払ってやる」


もう片方の手でいつものようにあの子が好きな頭を撫でる仕草を繰り返せば、やがて苦しそうな表情が安心しきったものへと変化する。
荒い息もほんの少し柔らかくなったようだった……。



 ***



短い回想を終えて再び溜息を吐く総長。


「分かってんだよ、アイツが欲しいのは家族だってことくらい。俺に求めてるのも優しい父親か兄の役目だ。決して恋人のそれじゃねぇわ」


総長も最初はそのつもりだったし今もその筈だった。のだが、もう誤魔化すことは出来そうにない。
いつの間にか、年の離れたあの子を本気で愛してしまっていたらしい。
あの子には決して伝える気はないけれど。

誰よりも大切な相手だからこそ、望み通り今後も優しく『家族』としての役割だけを果たす。それが彼の決めた彼なりの愛し方だった。


「まあ、永遠の片思いも悪かねぇ。ちょっと、いや滅茶苦茶しんどいけどな」


胸の甘い痛みを感じながら呟く総長。
そうして、本当の家族以上の愛を彼はこれからもあの子のために与え続ける予定だ。



【END】2020.06.13
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