王道くんと、俺。

葉津緒

文字の大きさ
上 下
53 / 89
第四章

しおりを挟む


 これはまだ、事務所が男二人で経営されていた頃の話。

 


 九条氏が経営する事務所に勤める伊藤は、両手に沢山のお菓子を持って歩いていた。

 道ですれ違う人々が時々不思議そうな顔をして振り返る。ああ、透明のビニール袋にするんじゃなかった、と彼は後悔した。

 ぶら下げている袋の中にはポッキーで溢れかえっていた。

 ここ最近、かなり内容的に厳しい調査があり、昨日夜ようやく解決を迎えた。多分、あの九条さんだから家にも帰らず事務所で寝入っているに違いない。そう彼は確信していた。

 仕事を終えた後、普通の人間ならば酒を飲んだり、美味しい食事をしたりして打ち上げるだろうが彼は違う。酒よりA5ランクのステーキより好きなものがある。

 見慣れたビルに入りエレベーターで5階へ上がる。一番奥の扉を開けた途端、まずソファから飛び出ている足が見えた。やはり、九条氏だった。

「九条さーん! 疲れてるのわかりますけど、風邪ひきますよー?」

 呆れて彼は大きな声をかける。寝起きの悪い九条氏は普通の呼びかけではなかなか起きない。ため息をついた伊藤は、持っていた袋からポッキーを取り出して一本寝ている男の口に突っ込んだ。そこでようやく、ゆっくり九条氏が目を開ける。

「九条さーん!」

「……ふぁい」

「せめて仮眠室で寝たらどうですか! 風邪ひきますよ」

 寝起きのぼんやりした顔で、とりあえずもぐもぐと棒を食べる。面倒くさそうに起き上がった彼の後頭部には立派な寝癖がついていた。

「まあ今回の調査大変だったでしょうけどー。普通家の方がゆっくりできるじゃないですか、こんな狭いソファで寝なくても」

「帰るのが面倒で、次の日出勤するのも面倒で」

「もう、今日は休みにして帰ったらどうですか」

「ところで伊藤さん、ずいぶんまた大量に購入してきてくださったんですね?」

 九条氏は置いてあるビニール袋を指さした。普段から事務所には大量のポッキーのストックがあるのだが、今日はまた山盛りだ。

 伊藤がああ、と思い出したようにいう。

「ほら、今日って11月11日! ポッキーの日じゃないですか、安売りしてたから沢山買っちゃいました!」

 笑顔でそう告げた途端だ。九条氏が目を丸くして勢いよく伊藤を振り返る。その様子に少し驚いた伊藤がたじろいだ。

「え。ど、どうしました九条さん」

「……不覚」

「え?」

「私ともあろうが……そんな一大イベントを忘れていたなど……! 土下座して謝りたい……」

「誰に土下座するつもりなんですか」

 呆れて伊藤は言う。

 この九条という男、天然なのかいつも人とズレているし意味がわからないことが多々ある。そんな彼に突っ込むのも伊藤の仕事の一つだ。

「そもそも一大イベントって言ったって、何かするわけでもないでしょう? 普通の人は今日はポッキー食べよ♪ ってなるけど、九条さんは毎日食べてるんだから」

「いえ、毎年この日はポッキーが生まれてきたことに感謝して三食ポッキーにするようにしてるんです」

「彼女の誕生日と勘違いしてませんか?」

「何言ってるんですか伊藤さん、私今彼女なんていませんよ」

「たとえですよ、例ええええ!!」

 だめだ、ツッコミ疲れる! 毎日毎日、どうして九条さんはこんなにボケてるんだ! 伊藤は心の中で嘆く。

 九条氏ははあと切なげにため息をつき、新しくポッキーを齧った。

「忘れていたなんて……ポッキーの日を……」

「前から思ってたんですけど九条さん、もし今彼女がいたとして、ポッキーと私どっちが好きなの!? って迫られたらどうするつもりなんですか」

 自分でも馬鹿馬鹿しいと思う質問を投げかけた。でもそういう状況が安易に想像ついてしまう。てゆうか経験あるんじゃないかな九条さん。

 彼はぽりぽりとお菓子を食べながら平然と言った。

「そんなことを言う人とはお付き合いしません」

「わあ……揺るがないなあ……」

「その代わり私も相手が好きなものは尊重します。相手が好きなものを否定するのはいかなる仲でも行わないべきだと思います」

 まあ、意外とまともな答え。伊藤は納得する。九条さんの場合度を超えてるんだけども。

 九条氏はなお続ける。

「伊藤さんお米好きですよね」

「好きですよ、日本人ですもん、米ない生活なんて無理です」

「私の場合それがたまたまポッキーだっただけです。おにぎりと同じ立ち位置です。主食でこれがないと無理なんです」

「ううん、なんかうまいこと言って納得させられてる気がするけど、とりあえずいつか九条さんと付き合う彼女は大変だろうなってことだけはわかりましたよ」

「それは同感です」

「同感するんですか」

 伊藤は大きく笑う。顔はいいけど中身これじゃあな。扱いが上手い人じゃなきゃ九条さんの相手は務まらない。

 そう思えば、彼女じゃなくたって……。今この事務所でもう一人誰かを雇いたがってるけど、九条さんとペアで調査するなんてめちゃくちゃ苦労するだろうな。どんな人が来るかわからないけど、今から心配だ。

「どうしました伊藤さん」

「いや。もしうちにもう一人増えたとして、その人は大変だろうなって同情してたんです」

「はあ、霊相手に働くのは根気がいりますからね」

(霊よりも九条さんとやって行く方が根気いると思う)

 口には出さず、心の中だけで彼はつぶやいた。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

俺の愉しい学園生活

yumemidori
BL
ある学園の出来事を腐男子くん目線で覗いてみませんか?? #人間メーカー仮 使用しています

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!

BL
 16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。    僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。    目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!  しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?  バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!  でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?  嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。 ◎体格差、年の差カップル ※てんぱる様の表紙をお借りしました。

ザ・兄貴っ!

BL
俺の兄貴は自分のことを平凡だと思ってやがる。…が、俺は言い切れる!兄貴は… 平凡という皮を被った非凡であることを!! 実際、ぎゃぎゃあ五月蝿く喚く転校生に付き纏われてる兄貴は端から見れば、脇役になるのだろう…… が、実は違う。 顔も性格も容姿も運動能力も平凡並だと思い込んでいる兄貴… けど、その正体は――‥。

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

この僕が、いろんな人に詰め寄られまくって困ってます!〜まだ無自覚編〜

小屋瀬 千風
BL
〜まだ無自覚編〜のあらすじ アニメ・漫画ヲタクの主人公、薄井 凌(うすい りょう)と、幼なじみの金持ち息子の悠斗(ゆうと)、ストーカー気質の天才少年の遊佐(ゆさ)。そしていつもだるーんとしてる担任の幸崎(さいざき)teacher。 主にこれらのメンバーで構成される相関図激ヤバ案件のBL物語。 他にも天才遊佐の事が好きな科学者だったり、悠斗Loveの悠斗の実の兄だったりと個性豊かな人達が出てくるよ☆ 〜自覚編〜 のあらすじ(書く予定) アニメ・漫画をこよなく愛し、スポーツ万能、頭も良い、ヲタク男子&陽キャな主人公、薄井 凌(うすい りょう)には、とある悩みがある。 それは、何人かの同性の人たちに好意を寄せられていることに気づいてしまったからである。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 【超重要】 ☆まず、主人公が各キャラからの好意を自覚するまでの間、結構な文字数がかかると思います。(まぁ、「自覚する前」ということを踏まえて呼んでくだせぇ) また、自覚した後、今まで通りの頻度で物語を書くかどうかは気分次第です。(だって書くの疲れるんだもん) ですので、それでもいいよって方や、気長に待つよって方、どうぞどうぞ、読んでってくだせぇな! (まぁ「長編」設定してますもん。) ・女性キャラが出てくることがありますが、主人公との恋愛には発展しません。 ・突然そういうシーンが出てくることがあります。ご了承ください。 ・気分にもよりますが、3日に1回は新しい話を更新します(3日以内に投稿されない場合もあります。まぁ、そこは善処します。(その時はまた近況ボード等でお知らせすると思います。))。

副会長様は平凡を望む

BL
全ての元凶は毬藻頭の彼の転入でした。 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー 『生徒会長を以前の姿に更生させてほしい』 …は? 「え、無理です」 丁重にお断りしたところ、理事長に泣きつかれました。

笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。 が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。 そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め── ※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。 ※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。 ※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。 ※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

処理中です...