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冬
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すでに三月号の表紙も決定していて、取材をするだけになっていたシーサイド。しかしその内容は、本社に戻ったときに作成されるらしい。
シーサイドの中自体は、すでに引っ越しの準備が着々と進められて、がらんとしていた。必要なモノだけがある状態のまま、仕事は進められていた。
編集作業の引継をされ、私は通常業務に戻っていた。
「残念だわ。休刊なんて。ほら見て。この葉書。」
田宮さんが差し出したアンケート付きの葉書には、子供の文字で「やめないでください」と書いてあった。
こんなモノを見ると心が痛くなる。
「でも三十一日までなのよね…。南沢さんはこれからどうするの?」
「地方の方に兄弟会社があるそうなので、そこへ行くことになっています。」
「それって社長の行くところじゃないの?」
「とは別です。」
田宮さんは嵐の件があって以来、私が嵐と楓の両天秤にかけていると勘違いをしているようだった。でもそれは勘違いで、律と恋人同士であることを言うと、改めて「おめでとう」と言ってくれた。
「でも遠距離になってしまうわね。」
「あぁ。北川さんですか。今まで遠距離みたいなものでしたからね。もう気にするのはやめました。」
それに…律から言われたこともある。それをどうするか、まだ返事はしていなかった。
「田宮さんは、退職されるとか。」
「えぇ。もう歳ですからね。本社勤務するためにまた引っ越しするのも、孫と離れるのもイヤだもの。近所の水産会社の事務をするわ。」
「新しいことですね。」
「そうね。したことはなかったけれど。」
江口君はここを離れると、阿川さんとともに本社に近いところの会社に勤めるらしい。
髪を黒く染めて、ピアスをはずした彼はとても好青年に見える。最近は回っていた企業の挨拶周りに忙しいらしい。今まで広告を乗せて貰って世話になったと、忘年会に呼ばれることも多く日々飲んだくれているらしい。それを阿川さんがグチっているのを、最近はよく耳にする。
「忘年会ね…。」
今年はしないだろうな。毎年していたけれど、今年はそれどころじゃないだろうし。
そう思っていたときだった。
外回りから帰ってきた光が、律と何か話ながらやってきた。
「忘年会出来ないなら、鍋でもしようよ。」
「鍋?俺あれ嫌いなんだよな。」
「何言ってんのよ。最後でしょ?」
どうやら忘年会の相談をしているらしい。
「阿川さんも忘年会したいでしょ?」
「え?」
パソコンのキーボードをまじめにたたいていた阿川さんは急に話を降られて、困ったような表情になっていた。
「江口君ばっかり飲んでて、つまらないって言ってたものね。」
「まぁ。そうですけど…。」
「ほーら。」
すると社長が立ち上がり、光に言う。
「東野。忘年会がしたいなら、自分で企画をして。今からとれる店があればいいけれどね。」
社長も今はそんな気じゃなかったのかもしれない。結構冷たい言い方だ。
「うーん。だから、ここで鍋をしようって思ってまして。」
「ここで?もう食器とかは処分してしまったけど。」
「持ち込めば何とかなりますよ。まだガスも水道も通っているんですから。」
随分強引だな。何かしたい理由でもあるのかもしれないな。
「出れる人だけでもしたらいいんじゃないですか。社長。」
田宮さんがそれを見かねて声をかけた。
「うん。だったらいいけど。江口君なんかは無理なんじゃないのかな。引っ越し準備しているんだろう?」
「えぇ。でもまぁ一日くらいなら…。」
阿川さんも乗ってきた。
「南沢さんは?」
私?ちらりと律の方を見る。律は鍋自体が苦手だけど、酒が飲めるかもしれないと乗り気のようだ。
「わかりました。では参加の方向で。」
土鍋の中に水と昆布を入れる。沸騰直前に昆布を取り出して、少し顆粒出汁を入れた。
ぶつ切りの骨付きの鶏肉を入れると沸騰してきた。それを丁寧に灰汁を取りながら煮ていく。
ここのキッチンにたつのは久しぶりだった。がらんとしたキッチンは、私が使っていた頃とは様相が違う。お玉一つ、菜箸一本何も残っていなかったのだ。
あるのはコーヒーカップとコーヒーを入れるためのポットやドリッパー。紅茶の葉と、紅茶用のポットなどの飲み物を飲むためのモノだけ。冷蔵庫にすら何もなかったのだ。
「…。」
夏まではここに住んでいたのが嘘のようだ。
春には花見に行くと卵焼きを焼いたり、夏には花火を見るとつまみを作ったりした。
わいわいとしていたのに、もうそんな時間が嘘のようだった。
「周。手伝えることないか?」
キッチンにやってきたのは楓だった。光と律はお酒やジュースを買いに行ったらしい。律に任せるととんでもない酒を買ってくるからだ。
「こっちはそんなに無いわ。お皿とかを並べてくれれば。」
「いいよ。」
田宮さんは仕事のあと一度家に帰って、近所から貰ってきた魚を刺身にして持って来るという。阿川さんと江口君も一度家に帰ってから来ると言っていたので、結局みんな顔を揃えることになった。
「こんなことがあるんだったら、もう少し綺麗にしておけば良かったかな。」
「十分綺麗よ。夕べ、一人で掃除してたんでしょう?」
「埃が気になってね。」
「楓らしいわ。」
鶏肉をいったん取り出し、ネギの白いところや白菜の白いところを入れる。
「鶏肉はどうして一回取り出したの?」
「火はもう通っているからよ。鶏肉は火が通りすぎるとぱさぱさになって美味しくないの。」
「そうなんだ。知らなかったな。全部どかって入れてしまえばいいのかと思ったよ。」
「そうでもないのよ。鍋って言われたとき、正直面倒だなぁって思ったけどね。」
煮ればお終いというわけではない。一手間かけることで、より美味しくなるのだ。
「周。この会が終わったらさ…。」
「ん?」
「話がある。ちょっと残っててくれないか。」
話?何だろう。
「わかったわ。他の人には言えないことなのね。」
「そう。」
「二階にいるわ。」
自分で言ってドキリとした。あぁ。二階と言えば、楓が私に欲情してきたことがあるところだ。
ううん。もうそんなことはない。私は胸に下がっているその銀色のリングを握り、律をまた思い出した。
シーサイドの中自体は、すでに引っ越しの準備が着々と進められて、がらんとしていた。必要なモノだけがある状態のまま、仕事は進められていた。
編集作業の引継をされ、私は通常業務に戻っていた。
「残念だわ。休刊なんて。ほら見て。この葉書。」
田宮さんが差し出したアンケート付きの葉書には、子供の文字で「やめないでください」と書いてあった。
こんなモノを見ると心が痛くなる。
「でも三十一日までなのよね…。南沢さんはこれからどうするの?」
「地方の方に兄弟会社があるそうなので、そこへ行くことになっています。」
「それって社長の行くところじゃないの?」
「とは別です。」
田宮さんは嵐の件があって以来、私が嵐と楓の両天秤にかけていると勘違いをしているようだった。でもそれは勘違いで、律と恋人同士であることを言うと、改めて「おめでとう」と言ってくれた。
「でも遠距離になってしまうわね。」
「あぁ。北川さんですか。今まで遠距離みたいなものでしたからね。もう気にするのはやめました。」
それに…律から言われたこともある。それをどうするか、まだ返事はしていなかった。
「田宮さんは、退職されるとか。」
「えぇ。もう歳ですからね。本社勤務するためにまた引っ越しするのも、孫と離れるのもイヤだもの。近所の水産会社の事務をするわ。」
「新しいことですね。」
「そうね。したことはなかったけれど。」
江口君はここを離れると、阿川さんとともに本社に近いところの会社に勤めるらしい。
髪を黒く染めて、ピアスをはずした彼はとても好青年に見える。最近は回っていた企業の挨拶周りに忙しいらしい。今まで広告を乗せて貰って世話になったと、忘年会に呼ばれることも多く日々飲んだくれているらしい。それを阿川さんがグチっているのを、最近はよく耳にする。
「忘年会ね…。」
今年はしないだろうな。毎年していたけれど、今年はそれどころじゃないだろうし。
そう思っていたときだった。
外回りから帰ってきた光が、律と何か話ながらやってきた。
「忘年会出来ないなら、鍋でもしようよ。」
「鍋?俺あれ嫌いなんだよな。」
「何言ってんのよ。最後でしょ?」
どうやら忘年会の相談をしているらしい。
「阿川さんも忘年会したいでしょ?」
「え?」
パソコンのキーボードをまじめにたたいていた阿川さんは急に話を降られて、困ったような表情になっていた。
「江口君ばっかり飲んでて、つまらないって言ってたものね。」
「まぁ。そうですけど…。」
「ほーら。」
すると社長が立ち上がり、光に言う。
「東野。忘年会がしたいなら、自分で企画をして。今からとれる店があればいいけれどね。」
社長も今はそんな気じゃなかったのかもしれない。結構冷たい言い方だ。
「うーん。だから、ここで鍋をしようって思ってまして。」
「ここで?もう食器とかは処分してしまったけど。」
「持ち込めば何とかなりますよ。まだガスも水道も通っているんですから。」
随分強引だな。何かしたい理由でもあるのかもしれないな。
「出れる人だけでもしたらいいんじゃないですか。社長。」
田宮さんがそれを見かねて声をかけた。
「うん。だったらいいけど。江口君なんかは無理なんじゃないのかな。引っ越し準備しているんだろう?」
「えぇ。でもまぁ一日くらいなら…。」
阿川さんも乗ってきた。
「南沢さんは?」
私?ちらりと律の方を見る。律は鍋自体が苦手だけど、酒が飲めるかもしれないと乗り気のようだ。
「わかりました。では参加の方向で。」
土鍋の中に水と昆布を入れる。沸騰直前に昆布を取り出して、少し顆粒出汁を入れた。
ぶつ切りの骨付きの鶏肉を入れると沸騰してきた。それを丁寧に灰汁を取りながら煮ていく。
ここのキッチンにたつのは久しぶりだった。がらんとしたキッチンは、私が使っていた頃とは様相が違う。お玉一つ、菜箸一本何も残っていなかったのだ。
あるのはコーヒーカップとコーヒーを入れるためのポットやドリッパー。紅茶の葉と、紅茶用のポットなどの飲み物を飲むためのモノだけ。冷蔵庫にすら何もなかったのだ。
「…。」
夏まではここに住んでいたのが嘘のようだ。
春には花見に行くと卵焼きを焼いたり、夏には花火を見るとつまみを作ったりした。
わいわいとしていたのに、もうそんな時間が嘘のようだった。
「周。手伝えることないか?」
キッチンにやってきたのは楓だった。光と律はお酒やジュースを買いに行ったらしい。律に任せるととんでもない酒を買ってくるからだ。
「こっちはそんなに無いわ。お皿とかを並べてくれれば。」
「いいよ。」
田宮さんは仕事のあと一度家に帰って、近所から貰ってきた魚を刺身にして持って来るという。阿川さんと江口君も一度家に帰ってから来ると言っていたので、結局みんな顔を揃えることになった。
「こんなことがあるんだったら、もう少し綺麗にしておけば良かったかな。」
「十分綺麗よ。夕べ、一人で掃除してたんでしょう?」
「埃が気になってね。」
「楓らしいわ。」
鶏肉をいったん取り出し、ネギの白いところや白菜の白いところを入れる。
「鶏肉はどうして一回取り出したの?」
「火はもう通っているからよ。鶏肉は火が通りすぎるとぱさぱさになって美味しくないの。」
「そうなんだ。知らなかったな。全部どかって入れてしまえばいいのかと思ったよ。」
「そうでもないのよ。鍋って言われたとき、正直面倒だなぁって思ったけどね。」
煮ればお終いというわけではない。一手間かけることで、より美味しくなるのだ。
「周。この会が終わったらさ…。」
「ん?」
「話がある。ちょっと残っててくれないか。」
話?何だろう。
「わかったわ。他の人には言えないことなのね。」
「そう。」
「二階にいるわ。」
自分で言ってドキリとした。あぁ。二階と言えば、楓が私に欲情してきたことがあるところだ。
ううん。もうそんなことはない。私は胸に下がっているその銀色のリングを握り、律をまた思い出した。
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