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秋
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お盆が過ぎると、騒がしかった海も静けさを取り戻していく。静かな海はさらに静けさを増したようだった。
それでも会社はいつも通りだった。クリスマスの特集を組んでいる毎日。律と光が取材してきた記事を、編集して、楓にチェックしてもらう。
光とは多少ぎくしゃくしたところもあったが、今は光も彼氏が出来たとはしゃいでいる。切り替えが早いのは若いからだろうか。それとも性格からか。
「ただいま。」
本社で会議があったと、楓はいつもは着ないスーツを着ていた。ネクタイをゆるめると、椅子に座ってため息をついた。
「やっぱりあの噂は本当なのかしらね。」
「…廃刊ですか。」
「今はあまり廃刊とは言わないのよ。」
隣の田宮さんが直してくれる。確かに、タウン誌西手はカラーページも多く、厚さもある。だったら値段を上げればいいのだが、それもしたくないと楓はこのままのペースでいこうとしていた。
しかしそういうわけにもいかない。
「コーヒーでも入れましょうか。」
「そうね。南沢さん、入れてくれる?」
「わかりました。」
席を立ち、キッチンの方へ向かう。
キッチンは前と変わらない。もうすでにここには誰も住んでいないのだけれど、楓が休みの時に綺麗に掃除をしているらしい。食事をするときなんかは、ここに来て食べたりするからだろう。
やがてお湯が沸き、ガスの火を止める。
「…やな雲ね。」
外はどんよりと厚い雲がかかり、今にも雨が降りそうだ。
仕事が終わると、パソコンの電源を切る。そして外を見た。
「良かった。」
ぽつりというと、その言葉に気がついたのか田宮さんが不思議な表情でこちらを見た。
「どうしたの?」
「雨が降ったら帰るのが面倒だなと思って。」
「あぁ。スクーターなのよね。雨が降ると大変だわ。」
「そうですね。」
そのとき会社の電話がかかってきた。それに気がついて電話を取った。
「はい。「シーサイド」でございます。」
「俺だ。」
「あぁ。北川さん。どうしました?」
「こっちの方は天候が悪くて、飛行機が飛ばない。帰りは明日以降になりそうだ。」
「そうでしたか。大変でしたね。」
「南沢。悪いが、東野がいたら代わってくれないか。」
ふと見ると光はいる。電話を光に代わると、彼女は少し高めの声で電話に出た。
「どうしたって?」
楓が聞いてくる。
「北川さんからですが、どうやら飛行機の都合でこちらに帰るのは明日以降になりそうだと。」
「困ったな。約束があるのに。」
こういうことが最近は一度や二度ではなかった。海外に行くことも多くなった律は、「売れっ子」のカメラマンになったような感覚に陥る。
反面、寂しいと思うこともないとはいえない。
一緒に住んでいるわけではないし、「恋人」というわけでもない。ただたまに家にやってきて、体を重ねるだけの関係はどことなく不安定だった。
だからといって「一緒にいて欲しい」とか「寂しい」なんていうワガママな女にもなりたくはなかった。ただ私が出来るのは、我慢するだけだった。
会社からスクーターで五分の所にある、二階立てのアパートの一階に住まいを変えた。
古いアパートといっても会社よりは古くないだろう。川の水が流れる河川敷のそばで、波の音が聞こえるというだけでそこに決めた。
すぐそばにはコンビニがある。最近出来たらしい。寂れたこの町になぜこんなコンビニが出来たのかはわからないが、周りにはないためにそこそこのお客はいるらしい。
雑誌のコーナーを見ると、私たちの雑誌が置いてあった。発売されたばかりなので、まだ店頭に置いてある冊数も多い。
「…。」
ついつい手にとってチェックしてしまう。ここはやはりあっちの写真を使うべきだったかとか、この背景は青はあり得なかったかもしれないとか。
今更思っても手遅れなんだけれど、仕方がない。
「…周?」
声をかけられてそちらを向くと、そこには楓の姿があった。
「楓。」
「どうしたんだ。こんなところで。」
「別に、私の住んでいるアパートそこだから。」
「あぁ。そうだっけ。」
楓も今日はちょっと様子がおかしい。本社に行ってからかもしれないが。
「楓。」
「何?」
「うちの雑誌、廃刊になるの?」
「…ずいぶんストレートに聞くんだな。」
「もったいぶるのはイヤだから。」
すると楓もその雑誌を手に取る。
「夏くらいからいわれている。休刊にするか、雑誌の値段を上げろとね。」
「…。」
「力不足かな。」
「…私たちのでしょ?」
雑誌を置く。そう。本社が「休刊」だって決定すれば、私たちは解散しないといけないのだ。
「…同じような雑誌が、同じように出ている。値段はうちより安い。だが大人の広告のページが二、三ページ続くような雑誌は一八歳未満は手にいれづらくなるだろう。」
楓はそれがイヤだったのだ。
「…楓…。」
「でも止められそうにないな。」
「そうやって諦めるの?」
「え?」
「こんないい雑誌を休刊するって後悔させるような雑誌を作ればいいんじゃないの。」
それでも会社はいつも通りだった。クリスマスの特集を組んでいる毎日。律と光が取材してきた記事を、編集して、楓にチェックしてもらう。
光とは多少ぎくしゃくしたところもあったが、今は光も彼氏が出来たとはしゃいでいる。切り替えが早いのは若いからだろうか。それとも性格からか。
「ただいま。」
本社で会議があったと、楓はいつもは着ないスーツを着ていた。ネクタイをゆるめると、椅子に座ってため息をついた。
「やっぱりあの噂は本当なのかしらね。」
「…廃刊ですか。」
「今はあまり廃刊とは言わないのよ。」
隣の田宮さんが直してくれる。確かに、タウン誌西手はカラーページも多く、厚さもある。だったら値段を上げればいいのだが、それもしたくないと楓はこのままのペースでいこうとしていた。
しかしそういうわけにもいかない。
「コーヒーでも入れましょうか。」
「そうね。南沢さん、入れてくれる?」
「わかりました。」
席を立ち、キッチンの方へ向かう。
キッチンは前と変わらない。もうすでにここには誰も住んでいないのだけれど、楓が休みの時に綺麗に掃除をしているらしい。食事をするときなんかは、ここに来て食べたりするからだろう。
やがてお湯が沸き、ガスの火を止める。
「…やな雲ね。」
外はどんよりと厚い雲がかかり、今にも雨が降りそうだ。
仕事が終わると、パソコンの電源を切る。そして外を見た。
「良かった。」
ぽつりというと、その言葉に気がついたのか田宮さんが不思議な表情でこちらを見た。
「どうしたの?」
「雨が降ったら帰るのが面倒だなと思って。」
「あぁ。スクーターなのよね。雨が降ると大変だわ。」
「そうですね。」
そのとき会社の電話がかかってきた。それに気がついて電話を取った。
「はい。「シーサイド」でございます。」
「俺だ。」
「あぁ。北川さん。どうしました?」
「こっちの方は天候が悪くて、飛行機が飛ばない。帰りは明日以降になりそうだ。」
「そうでしたか。大変でしたね。」
「南沢。悪いが、東野がいたら代わってくれないか。」
ふと見ると光はいる。電話を光に代わると、彼女は少し高めの声で電話に出た。
「どうしたって?」
楓が聞いてくる。
「北川さんからですが、どうやら飛行機の都合でこちらに帰るのは明日以降になりそうだと。」
「困ったな。約束があるのに。」
こういうことが最近は一度や二度ではなかった。海外に行くことも多くなった律は、「売れっ子」のカメラマンになったような感覚に陥る。
反面、寂しいと思うこともないとはいえない。
一緒に住んでいるわけではないし、「恋人」というわけでもない。ただたまに家にやってきて、体を重ねるだけの関係はどことなく不安定だった。
だからといって「一緒にいて欲しい」とか「寂しい」なんていうワガママな女にもなりたくはなかった。ただ私が出来るのは、我慢するだけだった。
会社からスクーターで五分の所にある、二階立てのアパートの一階に住まいを変えた。
古いアパートといっても会社よりは古くないだろう。川の水が流れる河川敷のそばで、波の音が聞こえるというだけでそこに決めた。
すぐそばにはコンビニがある。最近出来たらしい。寂れたこの町になぜこんなコンビニが出来たのかはわからないが、周りにはないためにそこそこのお客はいるらしい。
雑誌のコーナーを見ると、私たちの雑誌が置いてあった。発売されたばかりなので、まだ店頭に置いてある冊数も多い。
「…。」
ついつい手にとってチェックしてしまう。ここはやはりあっちの写真を使うべきだったかとか、この背景は青はあり得なかったかもしれないとか。
今更思っても手遅れなんだけれど、仕方がない。
「…周?」
声をかけられてそちらを向くと、そこには楓の姿があった。
「楓。」
「どうしたんだ。こんなところで。」
「別に、私の住んでいるアパートそこだから。」
「あぁ。そうだっけ。」
楓も今日はちょっと様子がおかしい。本社に行ってからかもしれないが。
「楓。」
「何?」
「うちの雑誌、廃刊になるの?」
「…ずいぶんストレートに聞くんだな。」
「もったいぶるのはイヤだから。」
すると楓もその雑誌を手に取る。
「夏くらいからいわれている。休刊にするか、雑誌の値段を上げろとね。」
「…。」
「力不足かな。」
「…私たちのでしょ?」
雑誌を置く。そう。本社が「休刊」だって決定すれば、私たちは解散しないといけないのだ。
「…同じような雑誌が、同じように出ている。値段はうちより安い。だが大人の広告のページが二、三ページ続くような雑誌は一八歳未満は手にいれづらくなるだろう。」
楓はそれがイヤだったのだ。
「…楓…。」
「でも止められそうにないな。」
「そうやって諦めるの?」
「え?」
「こんないい雑誌を休刊するって後悔させるような雑誌を作ればいいんじゃないの。」
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