古い家の一年間

神崎

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 花火大会の日。外はさらに騒がしく、阿川さんのいらいらがマックスに来ているようだ。ついでに世間的にも明日は休みらしく、普段は静かなこの通りも騒がしい。
「すいませーん。」
 出版会社「シーサイド」という名前の上、どうやら外装から喫茶店やカフェと勘違いする人も多く、ここに勘違いして訪ねてくる人も多い。
「だめだ。今日は仕事にならない。」
 楓はついに匙を投げ、電話を始めた。どうやら江口君などの外に行っている人に声をかけているらしい。
「うん。今日は仕事にならないから、内勤の人も早く帰らせる。君らも早く帰ってきてかまわない。渋滞に巻き込まれたくはないだろう?」
 どうやら仕事を早めに切り上げるらしい。
 おそらく夜になればなるほど喫茶店と勘違いした人がさらに多くなるだろう。その前に、会社自体を閉めてしまおうと楓は思っているらしい。
「早く終わるのは今日は助かるわ。」
「どうしたんですか。」
「子供夫婦が「お母さんも一緒に花火を見ましょう」といわれているから。」
「だったら早く帰っていいですよ。」
「でももう少し残っているわ。」
「あとは私だけでも大丈夫です。」
「そう?悪いわね。」
 案外あっさりと田宮さんは「お先に」といって帰って行った。やがて江口君や光、律も帰ってきた。
「では、お疲れさまでーす。」
 江口君が帰ってきて、阿川さんも帰ってしまう。
「ビールとおつまみは買ってきたの。たまには周を楽させたいと思ってね。」
 光はそう言って取材のついでにつまみや総菜を買ってきたらしいがあまり数はなかったのかもしれない。そんなに品数はないようだ。
「あと何か作るわ。」
 買ってきたものは唐揚げ、焼き鳥、などの肉類が多い。
 揚げ出しなすでも作ろうか。シシトウも一緒に揚げて。それから、トマトと塩昆布のサラダ。それから…。
 冷蔵庫をごそごそと探っていると、後ろから声をかけられた。
「周。手伝おうか?」
 振り返るとそこには楓の姿があった。
「あぁ。そうね。思ったよりも時間がないみたいだから、お願いしようかしら。」
「結構お肉があるんだね。」
「そう。だから野菜ものを作ろうと思って。なすを乱切りして水に漬けておいてくれるかしら。」
「いいよ。」
 あぁ。レタスがあった。トマトと塩昆布であえて…。それから…。
「材料はある?」
「あるわ。大丈夫よ。」
 仕事場では私は楓の指示に従って仕事をしているが、今はまるであべこべだ。私の指示に従って楓が動いている。手際は良く、光が手伝うよりも私もやりやすい。
「楓。キャンプの時に使ったテーブルと椅子はどこにある?」
 光が聞いてきた。どうやら光と律は二階のベランダを片づけているらしい。
「ベランダの横の倉庫。横に立てかけてないかな。」
「あぁ。わかった。」
 また再び光は二階に上がっていく。
「蚊取り線香も置いてた方がいいわね。結構蚊が多いわ。」
「田舎だからね。」
 それにしてもこんなに暑いのに、揚げ物をしたらさらに暑い。汗だくになりながら、私はなすやシシトウを揚げていく。
「タオルが絞れるくらい汗が出るわね。」
 首にかけているタオルがもうすでに湿っている。それは楓も同じだ。
「その分、ビールが美味しいだろ?」
「飲めないくせに。」
 ピーマンを細切りにしながら、にこにこと笑っていた。
「どうしたの?そんなに上機嫌で。」
「うん。なんだか新婚さんみたいだなって思って。」
 その言葉に私は少し恥ずかしさを覚えた。頬が赤くなるのは、揚げ物のせいだと思われたい。
「そうかしら。」
「まぁ本当の新婚さんは、旦那さんが料理を手伝うなんてことはあまりないみたいだけどね。」
「今時は料理する旦那さんも多いんじゃない?」
「それは一部だよ。SNSを見ていると、結構子供の世話をしないとかグチっている人も多いものだ。」
「そんなものなのかしらね。」
 揚がったなすやシシトウを、冷やしておいただし汁につける。そこにはだし汁のほかに唐辛子もわずかに入っている。辛いものは苦手だけど、少し辛いとビールも進むし。
「このトマトは…。」
 そのとき階段を下りてくる音がした。それは律だった。
「周。ちょっと光につきあって二階に来てくれないか。」
「何?」
「手伝って欲しいことがあるんだと。」
 何だろう。わからないけれど、私はその揚げているなすを律に任せた。
「あとそのピーマンはじゃこと炒めてくれる?じゃこを先に炒めて、ぱちぱちって音がしたらピーマンを入れるの。」
「わかった。」
 それだけを言うと、私は二階に上がっていく。そしてベランダに出る。しかし誰もいない。
「光?」
 すると手前のドアから、光が顔をのぞかせた。
「こっち。」
 光の部屋のようだ。
 光の部屋に入るのは、たぶん初めてかもしれない。彼女はいつも夜はあまりいないし、仲良くお話をするっていうタイプでもない。
 ドアを開けると、女の子特有の甘い匂いがした。
 きちんと片づけられた部屋の中には小物が多い。綺麗な瓶には香水が入っているのだろうし、猫のマスコットが棚に飾られている。
「これこれ。」
 ふとベッドの上を見る。そこには藍色の朝顔の花の柄の浴衣と、赤い牡丹の花柄の浴衣があった。
「浴衣?」
「うん。気分だけでもお祭りにしたいじゃない?楓も律も甚平を着るらしいから、私たちは浴衣を着たいなーって思って。」
「私着付けなんて出来ないわよ。」
「あたし出来るもん。ね?一年に一回くらい着てみましょうよ。」
 こういうとき光は強引だ。有無をいわせない。だけど…浴衣なんか初めて着るぞ。大丈夫なのだろうか。
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