守るべきモノ

神崎

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栄華

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「忍さんは、本当に栄輝君を心配して言っていますか?」
 その言葉に倫子も忍も驚いて春樹をみた。
「どういう意味?」
 酒を口にいれて、春樹はそれをテーブルに置く。
「つまり……自分の保身のために、栄輝君をその世界から足を洗わせようとしていますか。それとも栄輝君が心配で足を洗わせようとしているのか。」
「俺自身の保身?」
「つまり、教職をしていると言っていました。つまり公務員でしょう。そんな人がヤクザと繋がりがあると言えば、すぐに首を切られてしまう。それを恐れて言っているのかと言うことです。」
 すると忍は首を横に振った。
「いや……どちらかというと……。」
 倫子をみる。想像もしていなかったことを言うからだ。
「倫子のため……かもしれない。」
 すると倫子は驚いたように忍をみた。
「……父さんと、母さんは絶対お前に言わないだろうが、俺は……あのときもう高校生になっていたし、大体のことはわかっていた。」
 父親には借金がある。それは祖父の残したものだ。祖父が何とか使用としていたときに亡くなり、祖母はその借金を返すために例の建物と美術品、骨董品を市に売り渡した。
 それでも借金は追いつかなかった。父も母も必死で働いたが、追いつかなかったらしい。もう自己破産しようかと思っていたときだった。声をかけたのが青柳だったのだ。
「青柳が……。」
「あの建物の中にある香炉と、お前の姿を見ていたのだろう。それで借金を帳消しにするほどの金を渡すと。」
 倫子はあのとき、相馬というあの建物で喫茶店をしている女性の所に足繁く通っていた。客によっては相馬さんの娘だという人も居たかもしれない。それを見て青柳は「自分の娘ではないのだから、別にいいだろう」と言ってきたのだ。
 娘ではないと思わせたかった。そしてあの日、倫子を青柳に売り渡したのだ。
「……だったら……それを仕組んだのも……。」
「母さんたちだ。わざと冷たい言い方しかできなかったのは、そうしないと父さんも母さんも辛い……。」
 すると倫子が立ち上がるよりも先に春樹が立ち上がった。そして忍を見下ろす。
「それをわかっていてあなたは止めなかったんですね。」
「仕方がなかった。」
「仕方ないで終わらせられるようなことではない。倫子がずっと苦しんでいたのを、あなたは笑いながら見ていたんですか。」
「あなたは金に苦労したことがないのでしょう。」
 その言葉に倫子は首を横に振った。
「その見栄っ張りなのを直した方が良いわ。」
「倫子……。」
「もう結構よ。」
 酒は残っている。それでも忍はその残りを置いて、立ち上がる。
「二度と帰らない。」
「それはかまわない。だが栄輝を巻き込むな。」
「知るか。」
 出て行った忍のあとを、見送ったのは春樹だけだった。倫子はそのまま体勢を動かそうとしない。
「倫子……。まずはお風呂に入る?」
「お風呂?」
 ぼんやりしていた倫子に、春樹が声をかけた。
「温泉の湯で全てが流れればいい。」

 春樹は何もしなかった。ただ倫子を朝まで抱きしめて、そのまま眠っていた。その悲しみを受け止めるように、その辛さも全てが消えるように。

 狭いベッドの中で泉と礼二は抱き合っていた。全てを忘れるように。そして全てを許すように。

 片隅のホテルの一室で、伊織は真矢を抱きしめていた。お互いがお互いを思う人を忘れるようにではなく、新しい感情が生まれてきたことを喜び合うように。

 それから数回桜が咲いた。
 少し伸びた髪を結んで、泉は我が子を抱きながら倫子の家に向かっていた。お土産に実家から送ってきた漬け物も手にしている。
「倫子。」
 玄関で声をかけても返事はない。庭の方を見てみると、倫子が洗濯物を干していた。
「倫子。」
「あら。来てたの。泉。」
 洗濯物を置いて、倫子はそちらをみる。
「漬け物持ってきたよ。」
「あぁ。ありがとう。春樹がこれ好きだから、嬉しいわ。」
 そう言って抱いている子供をみた。可愛らしい子供だった。
「あれね。超礼二に似てる。」
「でしょ?マジであの人の子供だわ。」
 無精子症だと言っていたのだが、子供は出来た。礼二はそれが相当嬉しかったらしく、店が終わったらまっすぐに家に帰ってくるらしい。
「伊織の所の方がもう少し大きいかしら。」
「歳が違うし。」
「ふふ。そうね。」
 そのとき縁側に一人の男がやってきた。眠そうな顔をしているその男はどことなく春樹に似ていて背が高い。
「お、起きた?靖君。」
「うん……けどチョー眠い。」
 そう言ってあくびをかみ殺す。
「大学生だっけ?」
「うん……。今日昼からの講義で良かった。」
「え?靖君、昼から居ないの?」
「言ったじゃん。今日、昼からだって。」
「私、昼から病院に行かないといけないのに。」
 その言葉にはっと倫子は口を押さえる。
「病院?」
 すると倫子は少し笑っていった。
「……まだ春樹にも言ってないのよ。黙っておいてよ。」
「マジで?」
 すると倫子は少し笑って、その暖かな日差しを見ていた。
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