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栄華
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今日はこの街に泊まるという倫子達と倫子の家族達は、青田という親戚がする旅館へ来ていた。駅から近く、今日の夕方には返るという栄輝に合わせたのだ。それに親戚であれば、倫子の入れ墨のことをとやかく言われることはない。
服を脱ぐと、倫子の体には火傷のあとがある。そしてそれを誤魔化すように入れ墨が掘られていた。それを見て母はため息を付く。
「そんなものを入れなくても良かったのに。」
「そう?割と気に入っているんだけどね。」
「そんなものを入れても、火傷のあとは誤魔化せないわ。指先の感覚は戻っているの?」
「ううん。特に温度変化には少し弱いみたい。」
「温泉に浸かるのは良いけど、あまり長湯をしないでね。」
母はそういって浴場へ向かった。母の体も年老いているように見える。そして母の体にも傷があった。それは母が栄輝を産んだときが一番難産だったからだ。
忍の時も倫子の時も自然分娩だったのに、栄輝のときは成長も遅く、その上へその緒が首にまかりついてもう一歩で母子ともに危険だったのだ。帝王切開で産んだ母の体にはそのあとがある。
「子供が欲しかったの?」
湯船に浸かって倫子は母にそう聞いていた。すると母は表情を変えずに言った。
「えぇ。お父さんのお母さん。お姑さんね。女性は子供を産んで価値が出るという考え方だったの。だからお腹を切って栄輝を産んだとき、そんな子産みがどこにいるのかって言われたの。」
「そんなの運命だわ。」
「昔の人って言うのは子供が大人になる確率は今よりも低かった。だから埋めるなら沢山産んでいた方が良いって思うのよね。」
「……そうね。今よりも医療は発達していなかったから。」
すると母は湯船で顔を洗う。そして倫子に言った。
「薬は欠かしていないの?」
「ピル?飲んでるわ。」
「誰の子供かわからない子供を妊娠して、春樹さんに育てさせるような真似は辞めてよ。どっちも不幸になる。」
「そんなことはしないわ。」
「どうかしら。」
ふと政近と伊織のことを思い出した。どちらかの子供を妊娠して、春樹に育てさせるような真似はしたくない。だがどちらも寝たことはあるのだ。案外母の言うことも合っている。
その時湯船に一人の女性が入ってきた。倫子を見て、少し目をそらす。その女性の体にも派手な入れ墨があったのだ。それは明らかにお洒落で入れているわけではない。きっとヤクザの女なのだ。
「お土産を買わないといけないわね。同居人に。」
「あぁ、何て言ったかしら。あの男みたいな女の子。」
「泉?」
「あのこの地元の漬け物が美味しかったわ。どこだったかしら。あのこの地元。」
「ここから南の方の古都よ。」
「そう……。あそこも観光地ね。遺跡巡りとかしたいものだわ。まぁ、無理だけど。」
借金があるのだ。祖父の残した借金は莫大なもので、未だに父は返済に追われている。なのにこんな派手な法事をしたのだ。見栄を張る父親らしいと思う。
「それにしてもあなたがあぁいう人を連れてくるとは思ってなかった。」
「春樹?」
「まぁ、あなたがふらふらしているから丁度良いのかもしれないわ。いつからのお付き合いなの。」
「去年かな。」
「そう……あれだけの男性を三十六になるまで放っておくものなのね。」
「結婚してたの。」
その言葉に母の動きが止まった。まさか略奪したのだろうかと思ったのだ。
「略奪?」
「違うわ。」
「だったら何なの?あなたならそれくらいしそうだとは思うけれど……。」
すると倫子は頬を染めていった。
「結婚式を挙げて新婚旅行へ行った。その帰り道に事故に巻き込まれたの。そこから意識不明が五年間も続いた。ずっと寄り添って……ずっと病院に通っていたらしいの。だけど去年の年末、亡くなった。」
「去年なら、少しかぶっている時期があるわね。」
「……嫌だったの。お母さん。私の本を見たことがないって言っていたからわからないかもしれないけれど……。私が書くものは全て男が主導権を握って関係を持つものばかり。犯罪になるようなものばかりだわ。セックスってその程度だとずっと思っていたの。」
「……。」
「だけど春樹は違うの。根底から覆してくれた。官能小説を書いて欲しいと言われて、やっと形になったのは春樹のおかげ。ネタのために寝たの。」
「あなたも大概な人ね。それしか出来なかったの?あなたはあのころからやっぱり変わっていないのね。男が好きなだけじゃない。」
「……だけど奥さんもいるし、こんな事は辞めないといけないって思ったけど止められなかった。それだけ春樹のことが好きになったのよ。」
体から入ることなんかあるだろうか。ただ女は黙って子供を産めばいいと言われていたのに、その間に愛なんか無くても良いと思っていたし、生活していくうちに生まれて来るものだと思っていたのに、倫子はどこか違って見えた。
「私はお見合いで……あの人と一緒になったけれど、あの人よりも親の方が喜んでいたわ。養子にやることも、特に問題はなかったのはうちの温泉の権利を見て言っていたのよね。だから……本当に好きなのかというのは未だに疑問だわ。」
「……。」
「だけど今更離れられない。借金のこともあるけれど、それだけじゃないのは自分でもわかるわ。」
「お父さんが好きなのね。」
すると母は少しうなづいた。こんな母を見るのは初めてだった。
「でもあなた、あの人と結婚するんだったらその元の奥様のところにも行かないといけないんじゃないのかしら。」
「それは大丈夫。」
「どうして?」
「奥様の実家の方は恐らく行方不明になっているの。」
「え?」
「春樹の死んだ奥様の実家は、青柳なのよ。」
「青柳……まさか……。」
急に母の顔が真っ青になった。
「行方不明になってるの。会社でしていることが露呈して。」
青柳の行方はすでにわからないが、恐らくもう表に出ることはないだろう。
「……これから私、池の方へ行くわ。」
「……。」
「お母さんは信じてもらえなかったわよね。いつまでたっても……。だけど春樹は信じてくれた。だから連れてきたのよ。」
ずっとショックだったのだ。信じてもらいたい人からずっと信じてもらえなかった。倫子を罵倒し、淫乱だと決めつけ、恥だとののしったのを忘れられない。
湯船から出ると、倫子は脱衣所へ向かった。この流れる液体は、温泉や汗だけではない。自分を信じてもらえなかった悔しさからの涙だった。
服を脱ぐと、倫子の体には火傷のあとがある。そしてそれを誤魔化すように入れ墨が掘られていた。それを見て母はため息を付く。
「そんなものを入れなくても良かったのに。」
「そう?割と気に入っているんだけどね。」
「そんなものを入れても、火傷のあとは誤魔化せないわ。指先の感覚は戻っているの?」
「ううん。特に温度変化には少し弱いみたい。」
「温泉に浸かるのは良いけど、あまり長湯をしないでね。」
母はそういって浴場へ向かった。母の体も年老いているように見える。そして母の体にも傷があった。それは母が栄輝を産んだときが一番難産だったからだ。
忍の時も倫子の時も自然分娩だったのに、栄輝のときは成長も遅く、その上へその緒が首にまかりついてもう一歩で母子ともに危険だったのだ。帝王切開で産んだ母の体にはそのあとがある。
「子供が欲しかったの?」
湯船に浸かって倫子は母にそう聞いていた。すると母は表情を変えずに言った。
「えぇ。お父さんのお母さん。お姑さんね。女性は子供を産んで価値が出るという考え方だったの。だからお腹を切って栄輝を産んだとき、そんな子産みがどこにいるのかって言われたの。」
「そんなの運命だわ。」
「昔の人って言うのは子供が大人になる確率は今よりも低かった。だから埋めるなら沢山産んでいた方が良いって思うのよね。」
「……そうね。今よりも医療は発達していなかったから。」
すると母は湯船で顔を洗う。そして倫子に言った。
「薬は欠かしていないの?」
「ピル?飲んでるわ。」
「誰の子供かわからない子供を妊娠して、春樹さんに育てさせるような真似は辞めてよ。どっちも不幸になる。」
「そんなことはしないわ。」
「どうかしら。」
ふと政近と伊織のことを思い出した。どちらかの子供を妊娠して、春樹に育てさせるような真似はしたくない。だがどちらも寝たことはあるのだ。案外母の言うことも合っている。
その時湯船に一人の女性が入ってきた。倫子を見て、少し目をそらす。その女性の体にも派手な入れ墨があったのだ。それは明らかにお洒落で入れているわけではない。きっとヤクザの女なのだ。
「お土産を買わないといけないわね。同居人に。」
「あぁ、何て言ったかしら。あの男みたいな女の子。」
「泉?」
「あのこの地元の漬け物が美味しかったわ。どこだったかしら。あのこの地元。」
「ここから南の方の古都よ。」
「そう……。あそこも観光地ね。遺跡巡りとかしたいものだわ。まぁ、無理だけど。」
借金があるのだ。祖父の残した借金は莫大なもので、未だに父は返済に追われている。なのにこんな派手な法事をしたのだ。見栄を張る父親らしいと思う。
「それにしてもあなたがあぁいう人を連れてくるとは思ってなかった。」
「春樹?」
「まぁ、あなたがふらふらしているから丁度良いのかもしれないわ。いつからのお付き合いなの。」
「去年かな。」
「そう……あれだけの男性を三十六になるまで放っておくものなのね。」
「結婚してたの。」
その言葉に母の動きが止まった。まさか略奪したのだろうかと思ったのだ。
「略奪?」
「違うわ。」
「だったら何なの?あなたならそれくらいしそうだとは思うけれど……。」
すると倫子は頬を染めていった。
「結婚式を挙げて新婚旅行へ行った。その帰り道に事故に巻き込まれたの。そこから意識不明が五年間も続いた。ずっと寄り添って……ずっと病院に通っていたらしいの。だけど去年の年末、亡くなった。」
「去年なら、少しかぶっている時期があるわね。」
「……嫌だったの。お母さん。私の本を見たことがないって言っていたからわからないかもしれないけれど……。私が書くものは全て男が主導権を握って関係を持つものばかり。犯罪になるようなものばかりだわ。セックスってその程度だとずっと思っていたの。」
「……。」
「だけど春樹は違うの。根底から覆してくれた。官能小説を書いて欲しいと言われて、やっと形になったのは春樹のおかげ。ネタのために寝たの。」
「あなたも大概な人ね。それしか出来なかったの?あなたはあのころからやっぱり変わっていないのね。男が好きなだけじゃない。」
「……だけど奥さんもいるし、こんな事は辞めないといけないって思ったけど止められなかった。それだけ春樹のことが好きになったのよ。」
体から入ることなんかあるだろうか。ただ女は黙って子供を産めばいいと言われていたのに、その間に愛なんか無くても良いと思っていたし、生活していくうちに生まれて来るものだと思っていたのに、倫子はどこか違って見えた。
「私はお見合いで……あの人と一緒になったけれど、あの人よりも親の方が喜んでいたわ。養子にやることも、特に問題はなかったのはうちの温泉の権利を見て言っていたのよね。だから……本当に好きなのかというのは未だに疑問だわ。」
「……。」
「だけど今更離れられない。借金のこともあるけれど、それだけじゃないのは自分でもわかるわ。」
「お父さんが好きなのね。」
すると母は少しうなづいた。こんな母を見るのは初めてだった。
「でもあなた、あの人と結婚するんだったらその元の奥様のところにも行かないといけないんじゃないのかしら。」
「それは大丈夫。」
「どうして?」
「奥様の実家の方は恐らく行方不明になっているの。」
「え?」
「春樹の死んだ奥様の実家は、青柳なのよ。」
「青柳……まさか……。」
急に母の顔が真っ青になった。
「行方不明になってるの。会社でしていることが露呈して。」
青柳の行方はすでにわからないが、恐らくもう表に出ることはないだろう。
「……これから私、池の方へ行くわ。」
「……。」
「お母さんは信じてもらえなかったわよね。いつまでたっても……。だけど春樹は信じてくれた。だから連れてきたのよ。」
ずっとショックだったのだ。信じてもらいたい人からずっと信じてもらえなかった。倫子を罵倒し、淫乱だと決めつけ、恥だとののしったのを忘れられない。
湯船から出ると、倫子は脱衣所へ向かった。この流れる液体は、温泉や汗だけではない。自分を信じてもらえなかった悔しさからの涙だった。
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