守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
367 / 384
一室

367

しおりを挟む
 手を引かれて乗り込んだのは、いつも乗る電車の逆方向に行く電車だった。あまり乗客は居ない。この辺はあまり人が寄りつかないのだ。その中で立ったまま二人は手を握り合っていた。だが言葉はない。
 黙ったまま泉もその温もりを感じていた。礼二のように大きな手ではない。そして大和もその小さな温もりを感じていた。それだけで言葉は要らないと思う。言わなくても連れて行って欲しいのだと思ったから。
 やがて引き連れるように大和は泉の手を引いてホームに降りた。だが片手で泉は携帯電話を取り出す。するとそこには礼二からの着信があった。それに反応して泉は足を止める。
「……。」
 誰からか連絡が入ったのは大和でもわかった。ぽつりと泉に言う。
「あいつからだろ。」
「はい。」
「……お前から言えよ。」
 震えていた。怖いのがわかる。どうしてこんなところに来てしまったのか。どうしてすんなりとこんなところに来てしまったのか、泉にすらわからないから。
 だが心配はしている。そう思って泉はそのまま礼二に連絡を入れた。コール音が数回。そして留守番電話に繋がった。
「繋がらない……。」
「本社に行ってんのかな。報告しろって言ったし。」
 少しほっとした。携帯電話をしまおうとすると、その携帯電話を大和が取り上げる。そして電源を切ってしまった。
「何で……。」
「あらか様にほっとしてるからな。誤魔化したいのか?」
「……。」
「もう言ったんだろ?俺とやってること。」
「はい。」
「だったらあいつだって、お前と連絡が付かなきゃ何かあるって思うよ。俺だってそうする。」
「……。」
 頭をかいて、大和は泉を見据えた。そして肩を掴む。
「俺はお前を諦めようとしたんだ。あいつに返そうって。そっちの方がお前が幸せになれるんならそれで良いって。」
「……。」
「でもお前は俺を追ってきたんだ。少しでも心の中に俺が居るんだろう?」
 すると泉の目から涙がこぼれた。それに大和は手を添える。
「俺は……お前が好きだ。」
 わかってた。それを無視してわからないふりをした。礼二が大事だから。だがここまで来てしまったのは何なのかわからない。同情なのだろうか。それとも違う感情からなのかそれは泉もわからなかった。
「あんなヤツに渡せないから。」
 すると泉は涙を拭いて言う。
「優しい人です。私にはもったいないくらい。悪く言わないで。」
 すると礼二はそのまま泉を抱きしめる。
「お前がどう思おうと別に良いよ。俺は連れて帰りたい。」
 そのとき大和の携帯電話がなった。胸のあたりから音がする。それに気がついて大和は泉を離す。そして電話を取った。
「はい……。あぁ、悪い。ちょっとごたごたしててさ。こっちにいるんだよ。……良いよ。連れて帰るから。まだかかるだろ?そっちの人事部、しつこいからさ。」
 礼二からだった。まだ本社にいるらしい。泉からの連絡があったが、タイミング悪く取れなかったのだ。だが連絡が付かなかったので、大和に連絡をしてみたのだ。
「人が多くてこっちの路線にもまれるように乗ったんだよ。すぐに返すから。え?わかったよ。」
 すると大和はそのまま携帯電話を泉に差し出す。すると泉はそれを受け取った。
「もしもし。はい……すいません。すぐに戻りますから。え……。駄目です。赤塚さんまで来たら、終電を逃してしまいますし……。」
 電話を切ると泉はため息をついた。本当に心配してくれている。なのに自分はこれから何をしようとしているのだろう。礼二の声を聞いて、少し冷静になった。
「帰ります。」
「泉。」
「駅で礼二を待ちます。まだ少しかかるみたいですし……。」
「駄目。今日は俺につき合えよ。賭はどっちも負けなんだろ?」
 そう言って強引に大和は泉の手を引いて改札口へ向かう。

 家の玄関が開いた音がする。そう思って伊織は、パソコンから目を離した。そしてこちらに向かってくる音がする。
「ただいま。伊織しか居ないの?」
 それは倫子だった。珍しくこんな時間まで外にいたのだ。
「うん。ご飯は食べた?」
「ううん。食欲はないけど少し食べないとね。」
 倫子の表情が浮かない。何かあったのだろうかと、伊織はパソコンをスリープ状態にする。そして居間の方へ向かう。
 台所にはご飯と、残っている煮物を温めた倫子がおぼんにそれを乗せて、居間へ行こうとしていた。
「何?」
「元気なさそうだから。」
「……ちょっとね。この日だけはね。」
 そう言って倫子は居間へくるとお茶を口に入れた。
「何かあった?」
「……今日は、泉のお母さんの命日なのよ。」
「命日?」
「お墓もない、葬儀もない、仏壇もない。無い無い尽くしだけど、せめて死んだところで手を合わせてあげたくて。」
「倫子が行くの?泉は?」
「泉はずっと行きたくないって言ってた。泉にとっては苦痛の対象だから。」
 そう言って倫子はご飯に口を付ける。
「それでも……あの人が泉を産んでくれたのよ。感謝はしないといけない。」
「それは倫子も自分の母親にそう思うから?」
 すると倫子は少し笑った。
「親子関係って、素直になれないところがあるのよ。私も親には素直になれない。母親もそうね。似たもの親子なのかしら。」
 すると伊織も少し笑った。自分も父親には素直になれない。ついてくればいいと言われた外国生活が嫌になったといいわけをして、父親と離れたかった。
 土地を変える度に女を変えるような男なのだから。
「今日は泉も遅いのね。礼二の所かしら。」
「もうあまり関わっても仕方ないよ。春には居なくなるんだろう?」
「そうね。」
 すると伊織は少し目を伏せて倫子に言う。
「……倫子。俺さ……。」
「ん?」
 体を重ねてもまだ恋人だとは明確にいえない。真矢のことを言いたいのだが、言葉に出なかった。
「……今度の新刊だけど。」
「仕事の話はやめて。今日くらいは仕事のことを考えたくないの。」
 そう言って倫子は煮物に口を付けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...