守るべきモノ

神崎

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一室

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 あと一つでカップケーキがはける。なのにあと五分でオーダーストップだ。内心泉は焦っている。
「そろそろオーダーストップだな。」
 カウンターに戻ってくると、大和がにやっと笑う。その顔を見て泉は心の中でため息をついた。賭なんかしなきゃ良かったと思う。そう思いながらたまったカップを裏のキッチンスペースに置いた。
「なぁ。」
 そのとき大和がキッチンスペースに入ってきた。
「どうしました。」
 せめて笑顔で応対しよう。そう思いながら、大和の方を振り向いた。
「今日、どこが良い?」
「え?」
「近くで良いか?それともちょっと離れたところにあるホテル?そっちの方が良いかもなぁ。」
 やっぱりやることしか考えていないのか。泉はそう思いながら、カップをまとめる。
「まだ時間がありますから。」
「あと三分な。惜しいよな。あと一個だったのに。」
 今日作ったモノは、今日廃棄する。だからそれを見通して仕込みをするのだ。礼二はデータや客の流れなどでそういうモノを予想して仕込みをする。だからあまり廃棄は出ない。その辺の感がいいのだ。
「店長は終わったらこっちに来るって言ってました。」
「あっちが終わっても本社に行かないといけない。こっちに来たところで閉店してるよ。」
「待っておきたいから。」
「どこで待つんだよ。風邪でもひく気か?」
「……。」
「諦めて俺のところに来いよ。」
「でも……。」
 するとため息をついて泉に近づく。そして背中から腰に手を伸ばした。後ろから抱きしめられている。それがわかって泉はその体を突き放した。
「まだ時間があるって……。」
 その言葉に大和は少し笑って言う。
「だったら俺んちに来いよ。」
「家?」
「一晩中帰す気はないから。ラブホじゃ、時間を気にするし。」
 そのとき、店内から声が聞こえた。
「すいません。」
 泉はまとめたカップを置くと、大和を振り払ってフロアにでる。
「すいません。お待たせいたしました。」
「お会計お願いします。」
「はい。」
 女性の二人組はそういって、レジの方へ向かう。そして会計を済ませると、入れ替わるように書店側の店員が上がってきた。
「阿川さん。」
「どうしました?」
 するとキッチン側から大和も出てくる。そしてこちらを見ていた。
「カップケーキって余ってる?」
「一つだけなら。」
「一つでいいんだけど、もって帰れない?」
 テイクアウトはしていない。だから箱なんかも用意はしていなかった。それは書店側の店員も知っているはずなのに、どうしてそんなことを言うのだろう。
「何かありましたか。」
「うちの母がここのカップケーキが好きなのよ。だけど、この間入院してここまで来れなくて。やっと今日から何でも好きなモノを食べれるって言うから、持ってきてあげたいと思ってたんだけど。」
 そんな事情なら聞いてあげたい。だがマニュアルはそんなことは出来ないだろう。困ったように泉は考えていた。すると大和がそちらに近づいてくる。
「一つでいいのか?」
「いいんですか?」
「事情が事情だろ?それにどうせ売れなきゃ廃棄になるんだ。阿川。厚紙で箱を作れよ。」
「赤塚さん。そんなことして……。」
 すると大和は時計を見て、オーダーを打ち込む。
「今回だけの特別な。二度はないし、今後、期待もしないでくれ。」
 その言葉に泉は言葉を失った。情はなく、ただその母親のためにしてあげていることなのだ。他意なんか無い。だがそれはずっと泉が大和に言っていた言葉とかぶった。そしてそのまま大和はキッチンに戻る。

 仕込みを終えて、店内を見渡す。今日仕込んだ全てのカップケーキがはけた。だが釈然としない。
「どうした。阿川。」
 キッチンから出てきた大和が声をかける。
「……賭って、お預けにしますか。」
「は?お前が勝っただろ?」
 そういってエプロンをほどく。
「本当は廃棄になるはずだった。だけど持ち帰らせることでそれが回避できた。だから……。」
「お前、期待してたのか?」
 意地悪そうに大和が聞くと、泉の目に涙が溜まっていた。本当に嫌なのだろうかと思い、今日は泉を連れ込むことは出来ないかと思っていた。だが泉はぽつりと言った。
「うちの母は自殺したんです。」
「自殺?」
「新興宗教にはまって、そこの教祖様や信者とともに集団自殺をしたんです。だから近所から後ろ指を指されていた。生きている頃から母親の強制に耐えれなくて、反発してわざと母の望む姿とは違う自分になった気がする。だけど……どこか寂しくて。あんな風に母親のために何かをしたかったのに。」
 ついに泉の目から涙がこぼれた。大和とセックスをすることや礼二を裏切っていることの罪の意識から泣いていると思っていたのに、また違う事で心を痛めていたのだ。
 大和は頭をかいて、その泉の巻いているエプロンをとる。
「死んじまったモノはしょうがねぇよ。お前に出来ることは、その母親に感謝をすることだろ?」
「感謝……。」
「産んでくれたことに。そっからここまで生きて、俺とか……川村店長とかと出会えたんだから。」
「……。」
「墓参りでも行けよ。」
「無いんです。」
「墓もねぇのか?」
「その宗教の教えで、自然に帰ることと言うことがあるんです。だからどこの知らされていないけど、海に散骨したとか。」
 墓すら建ててくれなかったのは、青柳が手を回したのだろう。どこの海かもわからない。泉はこれまで手を合わせることも出来なかったのだ。
「だったら海に行こうぜ。」
 大和はそういって肩に手を置く。
「海?」
「海はどこでも繋がってるからな。」
 その言葉に泉は泣きながら少し笑った。
「そうですね。」
 するとその手をおいている肩を引き寄せた。その顔を見て誰が我慢できるだろう。そう思って大和は泉の顔に近づこうとした。そのときだった。
「赤塚さん。」
 階下から声が聞こえる。その声に慌てて夷隅から手を離す。そして来たのは、女性の書店員だった。
「今日こそ行きましょうよぉ。」
「あー……。飯だっけ?」
「書店の方も、何人か行くって言ってたし。あ、阿川さんも行かない?」
 後ろを向いて涙を拭っていた泉は、そのまま電気を消そうとカウンターの中に入っていく。
「良いじゃん。阿川。今日は店長も居ないんだし、たまには羽を伸ばそうぜ。」
「わかりました。」
 気分を変えたい。そう思いながら、電気のスイッチに手を伸ばした。
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