守るべきモノ

神崎

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一室

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 閉店時間になり、いすやテーブルを拭き上げた泉はいすをテーブルに上げる。そして掃除機を倉庫から取り出すと床を掃除機で吸い上げた。
 礼二は豆をより分け終わって焙煎機に豆を入れる。この豆は明日飲めるというわけでもなく、数日瓶の中で寝かせるのだ。
 そしてその間、キッチンへ行くと明日の仕込みを始める。明日は礼二が休みだ。ということは明日ずっと大和と泉が一緒にいる。それが不安をかき立てた。
 大和と泉が働いていると、どこから聞きつけたのか腐女子が集まってくるので割と忙しい。二人きりになれるチャンスは仕事中はない。だが問題なのは仕事終わりだ。強引に大和が泉をホテルにでも連れ込むことだってあり得る。駅までは一緒にいるのだ。
「店長。それ、泡立てすぎですよ。」
 掃除機をかけ終えた泉がキッチンに入ってきて、礼二がメレンゲを作っているそのボウルをみたのだ。泡立て器でたてているメレンゲは、泡立てすぎておそらくこれでケーキを作ったらぱさぱさになるだろう。
「あー……。うん。作り直しかな。」
 そういってメレンゲをながして、新しい卵を取り出した。
「心配しなくても何もないですから。」
 そういって泉もパウンドケーキの仕込みを始める。
「え?」
「気になってるんでしょう?赤塚さんのこと。」
 昼間に堂々と宣言されたのだ。これからも泉を狙っていくと。好きがあれば寝たいと思っていると。思わず手が出そうになった。
「気になっているよ。それからどんなことをされたのかとか、すごく聞きたい。」
「聞いてどうするんですか。」
「俺のモノだったのに。」
「……。」
 泉はあきれたようにナッツを乾煎りし始めた。
「心配しなくても礼二のモノですから。」
「え?」
「体は抱かれても、心までは抱かれない。ただ赤塚さんに対する感情が冷えていくだけだった。私が望んでいないのだから。」
「……。」
「幸福感って言うんですかね。こういうの。他の人に抱かれてわかったんです。空しいだけだなって。倫子が言っていた意味がわかる気がします。」
 倫子も春樹と出会うまでは知らない男と寝ることもあった。そして春樹も「遊びだ」と割り切った相手が結婚するまでにいたらしい。
「赤塚さんとしても、そんな気持ちにはなりませんから。」
「……泉……。」
 乾煎りを終えたナッツをトレーに広げる。そして礼二の手元をみた。
「また泡立てすぎてますよ。卵、さすがに廃棄で記入しますから。」
「待って。待って。」
 すると泉は少し笑って、そのボウルをみる。
「マカロンとか作るならこれくらいが良いですね。マカロンも良いなぁ。さくっと片手で食べられるし。」
「手間だよ。マカロンは。それこそここで焼くよりも、配送で来てくれた方が良いな。」
「それもそうですね。」
 するとその手を礼二が握る。そしてゆっくりと泉の体を自分に引き寄せた。互いの心臓の音が耳につく。
「どきどきしてますね。」
「泉だから。」
「私も……すごいどきどきしてて。」
「うん。今日……連れて帰っていい?」
「うん……。」
 そのとき表で声がした。
「川村店長。まだいる?」
 大和の声だ。泉を離すと、礼二は表に出ていった。
「はい。どうしました。」
「明日、休みだろ?××街の店舗にちょっと顔を出してくれる?」
「出勤扱いですか?」
「そうなるな。別に休みを取ってもらって良いから。上田店長が休みなんだよ。だから代わり。」
「副店長がいるでしょ?」
「ううん。指導から変えて欲しいんだと。監査が。」
 本当は明日様子を見に来たかった。なのにそれも出来そうにない。心の中でため息をつくと、礼二はうなづいた。
「わかりましたよ。行きます。」
 すると奥のキッチンから泉が顔を出した。それを見て大和はにやっと笑う。

 明日礼二は××街の店舗に行ってもらう。大和が行ってもいいのだが、大和は指導が厳しいこともあって音を上げる人が多い。確かに礼二も厳しいが、大和ほどではないという上の考えだろう。
 礼二の性格だ。おそらく言い出したらきりがないだろう。それにあの店舗には噂がある。礼二が手を着けた女がいるらしい。あわよくば寝てもらえばいい。そうすれば泉を手にいれれるチャンスだ。そう思いながら、浮き足だって「book cafe」を後にした。
 そして大通りにでると、ドラッグストアを目にした。そういえばコンドームが切れていたか。明日使うとは限らないが、無ければ無いで困る。その店に入ろうとしたとき、見覚えのある人が出てきた。それは伊織だった。
「あぁ……赤塚さんって言ってましたっけ。」
「この間は大変だったな。あんたも話を聞かれたのか?」
「俺、一階にいたわけじゃないし。」
 ドラッグストアから出てきたという事は、何か薬でも買ってきたのだろうか。そう思っていたが、伊織の手には紅茶のペットボトルが握られている。
「紅茶?あんたコーヒー好きじゃないのか。」
「別にペットボトルなら何でも変わらないですよ。喉が潤えば別に何でも。ここ、このメーカーの紅茶が底値なんですよ。」
 泉もその程度だったのかもしれない。女だったからそれで良いくらいの感覚でつきあっていたのだろうか。そして手を出すこともなく別れた。それくらいでいいのだろうか。
「あんたさぁ。阿川とつきあってたんだろ?」
「えぇ。それがどうしました?」
「なんで別れたんだよ。」
「……別に。お互いに別に好きな人がいるからってことですかね。」
 そんな感覚でつきあっていたのか。ずいぶん軽くつきあっていたのだろうか。
「阿川はさぁ……。」
「赤塚さんって、ずいぶん泉にこだわっているんですね。」
「は?俺が?」
「前に聞きました。ずいぶん強引な手を使って「ヒジカタコーヒー」に誘い入れたとか。」
「それは俺じゃなくて会社だよ。」
「開発をしていたときも、二人が仕事をしていたときも送迎をされてたとか。」
「女だぞ。一応。」
「一応は余計ですけどね。」
「お前が言うか?」
 いらっとする。なんでこんな男とつきあっていたのだろう。
「手を出さなかったんだろ?阿川に。あいつそんなに女として魅力ねぇのか?」
「……。」
 すると伊織はため息をついて大和に言う。
「何だか、あなたが必死になっているのがすごく滑稽に見える。惚れているようにしか見えない。」
「阿川に?あんな男女が好きかよ。」
「好きなんでしょう。」
 自分もそう見えるのだろうか。真矢への感情を認めたくない自分が、これから真矢の所へ行くのだ。自分も自分の気持ちを誤魔化すように見えるのだろうか。
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