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一室
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よく晴れた日だった。山道を一台のバイクが走り去っていく。運転をしているのは春樹で、その後ろにしがみつくように載っているのは倫子だった。
「温泉へ行きたい。」
しばらく春樹も忙しかった。だからゆっくり羽を伸ばしたいと、やっと仕事の都合をつけて、同じく仕事を終わらせてやっと時間を作った倫子とともに温泉場へ向かっていたのだ。
一日の休みはあまり遠くへは行けない。泊まることも出来ないのだ。だから子そこの休みを充実させたい。泉と伊織が仕事へ行って、いつも通り倫子が掃除や洗濯をすませている間、春樹はなじみのバイク屋から大型のバイクを借りてデートを一日する事にしたのだ。
途中の道の駅でバイクを停めると、倫子はバイクから降りてヘルメットをとる。そして春樹もバイクから降りるとヘルメットをとった。
「良いバイクね。あまり振動が無くて。腰が痛くなると思った。」
「レースとかで使うようなバイクじゃないからね。」
バイクにも種類があって、どうしてもレース用のものは早さや力をも停めるので乗り心地はいまいちだ。だが今回借りたものはそんなものではなく、快適に過ごせるようだ。
「山桜が咲いてるわ。」
山の中にある道の駅は、少し上の方にピンクのものが見える。それが山桜なのだろう。
「朝は寒かったけれど、昼間はもう結構暖かいからね。桜ももうすぐ咲くのかな。」
「みんなでお花見をしたいわね。最後に。」
泉が家を出る。それを倫子はずっと気にしていたのだ。友達だったし、ずっと一緒に暮らしていたのだ。寂しくないと言えば嘘になる。しかし泉の幸せのためだと、倫子は我慢しているようだった。
「コーヒーを飲まないか。中で淹れてくれるらしい。」
「良いわね。バイクって喉が渇くわ。」
道の駅の中は土地の作物やおみやげ物なんかが置いてあり、ちょっとした食事やスナックなんかも置いているようだ。その一つにコーヒーを淹れてくれるところがある。ソフトクリームも売っているらしい。
買ったコーヒーは紙コップに入っていて、カプセルで抽出したものらしくあまり美味しくないし少し粉っぽい。
「まぁ、期待はしなかったけどね。」
道の駅は岸壁にあり、その下には町並みが見える。小さいが温泉街のようだ。
「君が住んでいた町はあんな感じなのかな。」
春樹が聞くと、倫子は少しうなづいた。
「そうね。古い温泉街で駅前にはお土産屋さんや温泉施設がある。少し離れたところに牧場があるの。馬や牛が居て、その宣伝かしらね。町中に馬車が走っているわ。」
「馬車?」
「信号待ちをしていたら隣が馬なんてこともあるの。ちょっとぎょっとするわね。」
ここからでも商店街が見える。倫子の居たところにも確かに商店街があった。小さい頃は寂れているように見えたが、最近は若い人や外国人が空き店舗に店を構えて、少し活気づいている気がした。
「俺の所も過疎が進んでいるところではあるんだけど、最近は若い人が帰ってくることもあって小学校と中学校は統合されていたのに、今年からまた別れるって言っていた。靖君の時の生徒の数の倍が今度の新一年生らしい。」
「都会に見切りをつけたのかしらね。」
倫子が地元に帰ることはない。親すら信じてもらえないのだ。それに地元の人の奇異の目もある。小説家としての名が馳せれば馳せるほど、その目はだんだん厳しくなるのだ。
「本当はね。」
春樹はコーヒーを口にして、倫子に言う。
「君の地元へ行きたかった。」
「うちに?」
「この間、田島先生が居たとき両親が来たって聞いた。」
「あぁ……。」
政近に言いくるめられていた。その日の夜、母から連絡があり政近のことを口汚く罵っていたのだ。生意気で口の効き方もなっていない非常識な人と言っていたような気がする。まさにその通りだと思っていた。
「俺の方が先に会うつもりだったのに。」
「会っても仕方ないわ。傷物だの、男は一人で足りるのかだの、ずっとそんなことを言っていたし、あなたが政近のように喧嘩腰になるとは思えないけど。」
「俺も怒ることはあるよ。」
「見たこと無いわ。」
「俺さ……真顔になると怖いらしいよ。」
「え?」
「ヤクザみたいだってね。」
「そんな人の良いヤクザが居るかしら。」
そういって倫子もコーヒーを飲む。
「本当のヤクザは人が良さそうな顔をしているんだよ。あまり見た目だけでヤクザってわかる人は、まだ小物なんだ。」
「詳しいわね。」
「……そうだね。昔週刊誌の方にいたからかな。そういう取材をしたこともあるんだ。あれだけは誉められたな。」
そんなことで誉められても嬉しくない。そう思いながら、二人は灰皿のあるエリアへ向かう。
やっと春の限定デザートのポスターが出来上がって、それが印刷されると大和の元へ届いた。悔しいが、このポスターはぱっと目を引く。
広げてみると、センスの良さがわかるようだ。
「お、ポスター出来たんだ。良いねぇ。これ。」
隣の男がそうって声をかける。
「うん。目立つなぁ。悔しいけど。」
デザインをしたのは伊織だ。泉の元の彼氏らしい。それが更にいらつかせた。
「「office queen」の人だろ?あの人、今売れっ子だし。」
「そうだったんだ。」
「高柳鈴音の新作ポスターも手がけたんだろ?見た目ちゃらいけど、上手いよなぁ。」
誉められると更にいらつく。ポスターを丸めるとまた大和はパソコンに向かった。そのとき電話が鳴る。
「はい……え?あ、はい。すぐ行きます。」
そういって電話を切ると、大和はパソコンをシャットダウンさせる。
「おー、またクレームか?」
「××街の店舗だよ。また。あそこ、気合い入ってねぇな。」
「上田店長が行っただろ?」
「それが悪いみたいなんだよなぁ。ったく……店長教育からまたしないといけないな。ちょっと人事部に行ってから行くか。」
外に出る用事が出来た。ついでに「book cafe」にも寄ろう。時間をみればもしかしたら泉一人かもしれない。このデザートが完成になって、泉が本社に来ることが少なくなった。つまり会うことがほとんどない。
会いたい。何の口実をつけても良い。会いたいと思う。
「温泉へ行きたい。」
しばらく春樹も忙しかった。だからゆっくり羽を伸ばしたいと、やっと仕事の都合をつけて、同じく仕事を終わらせてやっと時間を作った倫子とともに温泉場へ向かっていたのだ。
一日の休みはあまり遠くへは行けない。泊まることも出来ないのだ。だから子そこの休みを充実させたい。泉と伊織が仕事へ行って、いつも通り倫子が掃除や洗濯をすませている間、春樹はなじみのバイク屋から大型のバイクを借りてデートを一日する事にしたのだ。
途中の道の駅でバイクを停めると、倫子はバイクから降りてヘルメットをとる。そして春樹もバイクから降りるとヘルメットをとった。
「良いバイクね。あまり振動が無くて。腰が痛くなると思った。」
「レースとかで使うようなバイクじゃないからね。」
バイクにも種類があって、どうしてもレース用のものは早さや力をも停めるので乗り心地はいまいちだ。だが今回借りたものはそんなものではなく、快適に過ごせるようだ。
「山桜が咲いてるわ。」
山の中にある道の駅は、少し上の方にピンクのものが見える。それが山桜なのだろう。
「朝は寒かったけれど、昼間はもう結構暖かいからね。桜ももうすぐ咲くのかな。」
「みんなでお花見をしたいわね。最後に。」
泉が家を出る。それを倫子はずっと気にしていたのだ。友達だったし、ずっと一緒に暮らしていたのだ。寂しくないと言えば嘘になる。しかし泉の幸せのためだと、倫子は我慢しているようだった。
「コーヒーを飲まないか。中で淹れてくれるらしい。」
「良いわね。バイクって喉が渇くわ。」
道の駅の中は土地の作物やおみやげ物なんかが置いてあり、ちょっとした食事やスナックなんかも置いているようだ。その一つにコーヒーを淹れてくれるところがある。ソフトクリームも売っているらしい。
買ったコーヒーは紙コップに入っていて、カプセルで抽出したものらしくあまり美味しくないし少し粉っぽい。
「まぁ、期待はしなかったけどね。」
道の駅は岸壁にあり、その下には町並みが見える。小さいが温泉街のようだ。
「君が住んでいた町はあんな感じなのかな。」
春樹が聞くと、倫子は少しうなづいた。
「そうね。古い温泉街で駅前にはお土産屋さんや温泉施設がある。少し離れたところに牧場があるの。馬や牛が居て、その宣伝かしらね。町中に馬車が走っているわ。」
「馬車?」
「信号待ちをしていたら隣が馬なんてこともあるの。ちょっとぎょっとするわね。」
ここからでも商店街が見える。倫子の居たところにも確かに商店街があった。小さい頃は寂れているように見えたが、最近は若い人や外国人が空き店舗に店を構えて、少し活気づいている気がした。
「俺の所も過疎が進んでいるところではあるんだけど、最近は若い人が帰ってくることもあって小学校と中学校は統合されていたのに、今年からまた別れるって言っていた。靖君の時の生徒の数の倍が今度の新一年生らしい。」
「都会に見切りをつけたのかしらね。」
倫子が地元に帰ることはない。親すら信じてもらえないのだ。それに地元の人の奇異の目もある。小説家としての名が馳せれば馳せるほど、その目はだんだん厳しくなるのだ。
「本当はね。」
春樹はコーヒーを口にして、倫子に言う。
「君の地元へ行きたかった。」
「うちに?」
「この間、田島先生が居たとき両親が来たって聞いた。」
「あぁ……。」
政近に言いくるめられていた。その日の夜、母から連絡があり政近のことを口汚く罵っていたのだ。生意気で口の効き方もなっていない非常識な人と言っていたような気がする。まさにその通りだと思っていた。
「俺の方が先に会うつもりだったのに。」
「会っても仕方ないわ。傷物だの、男は一人で足りるのかだの、ずっとそんなことを言っていたし、あなたが政近のように喧嘩腰になるとは思えないけど。」
「俺も怒ることはあるよ。」
「見たこと無いわ。」
「俺さ……真顔になると怖いらしいよ。」
「え?」
「ヤクザみたいだってね。」
「そんな人の良いヤクザが居るかしら。」
そういって倫子もコーヒーを飲む。
「本当のヤクザは人が良さそうな顔をしているんだよ。あまり見た目だけでヤクザってわかる人は、まだ小物なんだ。」
「詳しいわね。」
「……そうだね。昔週刊誌の方にいたからかな。そういう取材をしたこともあるんだ。あれだけは誉められたな。」
そんなことで誉められても嬉しくない。そう思いながら、二人は灰皿のあるエリアへ向かう。
やっと春の限定デザートのポスターが出来上がって、それが印刷されると大和の元へ届いた。悔しいが、このポスターはぱっと目を引く。
広げてみると、センスの良さがわかるようだ。
「お、ポスター出来たんだ。良いねぇ。これ。」
隣の男がそうって声をかける。
「うん。目立つなぁ。悔しいけど。」
デザインをしたのは伊織だ。泉の元の彼氏らしい。それが更にいらつかせた。
「「office queen」の人だろ?あの人、今売れっ子だし。」
「そうだったんだ。」
「高柳鈴音の新作ポスターも手がけたんだろ?見た目ちゃらいけど、上手いよなぁ。」
誉められると更にいらつく。ポスターを丸めるとまた大和はパソコンに向かった。そのとき電話が鳴る。
「はい……え?あ、はい。すぐ行きます。」
そういって電話を切ると、大和はパソコンをシャットダウンさせる。
「おー、またクレームか?」
「××街の店舗だよ。また。あそこ、気合い入ってねぇな。」
「上田店長が行っただろ?」
「それが悪いみたいなんだよなぁ。ったく……店長教育からまたしないといけないな。ちょっと人事部に行ってから行くか。」
外に出る用事が出来た。ついでに「book cafe」にも寄ろう。時間をみればもしかしたら泉一人かもしれない。このデザートが完成になって、泉が本社に来ることが少なくなった。つまり会うことがほとんどない。
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