守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
351 / 384
液体

351

しおりを挟む
 
 ドッカァアァァァァァァーン!

 大気をつんざく爆音が山間部に轟く。
 黒煙があがった。焔が立ち昇り天を焦がす。
 爆ぜたのは軽油を保管していたドラム缶である。
 どうやら誰かが無茶をしたようだ。
 坂の上からガランゴロンと蹴り転がしたドラム缶に、ライターで火を放ったらしい。
 轟っと熱波をまとい紅蓮が地を駆け抜ける。その様はまるで炎の大蛇が這っているかのよう。
 運悪く火の洗礼を浴びた者が、火だるまになりながら「ぎゃーっ!」
 生きながら焼かれ、苦しさのあまりのたうちまわるもので、さらに飛び火しては、被害が大きくなっていく。

 さらに拡大の一途をたどる村の喧騒。
 もはや理性は死んだ。
 倫理観なんぞはもとから希薄だ。
 そして村人ははなから純朴なんぞではない。小狡くしたたかで、ひと皮むけばそこいらの野生動物と似たり寄ったり。
 一見するとおとなしく従順そうな見た目に騙されてはいけない。
 じつは、めちゃくちゃ我が強かったりするし、沸点もわりと低い。マジでしょうもないことに腹を立てては延々と根に持ったりもする。
 そのあたりの見極めを誤ったのか? 数での劣勢もあり、アルカ・ファミリア財団側はいまひとつ攻め切れていない。
 そこへめくりさま関連がチャチャを入れるものだから、事態はより混迷の度合いを深めるばかり。

 もはや戦場と化しつつある村。
 それを横目に、僕たちは山の中をこそこそ移動する。
 タケさんほどこの一帯の山に詳しい人はいない。またヴァンパイアハンターとして、来たるべき決戦に備えて、あらかじめ経路を想定していた。熟練の老狩人の行動に迷いはない。
 僕たちは誰に見咎められることもなく、館の裏手までやってこれた。

  ◇

 暗闇のなかにそびえ立つ白亜の建物。
 新生・閑古鳥の館は静まりかえっており、明かりの類は点いていない。
 寝静まっているかのようだが違う。そもそもの話、夜目が利く吸血鬼にとって、屋内照明なんぞは必要ないのだ。
 ……にしてもなんという息苦しさであろうか、もの凄いプレッシャーだ。就職活動で体験した圧迫面接なんぞ目じゃないぞ。
 肌がひりつき、自然と顔が強張る。
 外からでもわかる異様な気配――奴はいる! 館の女主人が在宅中なのは確か。

「ねえ、タケさん。ここまできておいてなんだけど……、吸血鬼の女ボスを倒す算段って、ちゃんとあるんだよね?」
「……いちおう、あるにはある」
「なに、その含みのある言い方……。ちなみにだけど、どうやって倒すの?」
「……基本的には人の場合と同じだ。急所をズドンと潰す。ただし連中はしぶとい。何度でも蘇ってくる。だからひたすら殺す。
 殺して、殺して、殺して、殺して……相手の心が折れて、連中の魂が擦り切れて完全に無くなっちまうまで、とにかく殺りまくる」

 高い不死性を誇り、超人的な力を有し、さらには数々の異能をも駆使するようなボスキャラ相手に、たったのライフ1で挑んだあげくに、最後は我慢比べときたもんだ。
 聞くんじゃなかった……不安しかない。
 なんとなく流されるままについてきたけれども、僕は内心かなり後悔している。

 僕とタケさんは裏庭を横切り、建物沿いを慎重に進む。
 あいにくと勝手口にはしっかり施錠されていた。
 頑丈そうな扉にて強引に破るのは難しそう。ならば適当な窓を割って侵入しようと試みるも、一階の窓にはすべてハメ殺しの鉄格子がしてあった。こじ開けるのには工具類が必要だ。
 もう、こうなったら正面から堂々と乗り込むしかない。
 腹を括って僕たちは玄関の大扉の方へと向かうも――

 ジャリ……
  ジャリ……
   ジャリ……

 向こうから近づいてくる足音がある。
 すわ、番犬でも放していたか!
 タケさんはすぐに迎撃態勢をとった。僕もあたふた続く。なお僕の手には新たな散弾銃が握られている。タケさんはいざという時のために、周辺に備蓄だけでなく武器類も隠していたのだ。

 じきに庭園灯の明かりの向こう、暗がりの中にぼんやりと浮かび上がったのはひとつの青白い顔であった。
 あらわれた相手に、僕はほっとして銃口をさげる。
 誰かとおもえば衛であった。
 こいつも啓介と同じくサレスに心酔し傾倒しているようだが、執事として仕えていた姿からして、せいぜい傀儡にて。
 眷属だったら激戦必至だけれども傀儡はただの操り人形、基本スペックはそのまま。それに啓介は大柄で屈強な男であったが、衛の体格はしゅっとしている。これならば制圧するのはたやすい。
 いや、もしかしたら村の惨状を目の当たりにして、さすがに目が醒めたかも。
 ……なんぞと僕は期待していたのだけれども、それは甘かった。

 よくよく見てみると、衛の顔の位置がずいぶんと低い。
 それこそ僕の腰ぐらいの高さしかない。
 まるで四つん這いになっているよう。
 いいや、事実、衛は地面に這っていた。
 ただし、四つん這いではなくて、腕が四本に足が四本だから――八つん這いっ!
 でも蜘蛛とは違って、体はドーベルマンっぽいから、やっぱり番犬で正しいのか?
 動くたびに、体表に細かいヒビが入り、ポロポロと欠片が剥がれ落ちていく。

 眷属の成り損ない――屍食鬼。

 顔以外はすっかり見る影もなく浅ましい姿に成り果てた、かつての同級生に、僕は顎がはずれんばかりに驚いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...