守るべきモノ

神崎

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 寒い夜道から駅へ向かう。ちょうど電車が来ているようで、サラリーマンやOL、学生なんかがそれぞれの帰途についているようだった。その中にも飲みに行くような人もいて、居酒屋へ行ったりバーやスナックへ向かっている人もいる。あんな話をしたのだ。伊織だってそうしたいところだが、家に帰れば食事がある。倫子がモツ煮込みを作っているのだ。
「倫子のカレーって美味しいけど、モツ煮込みはその次くらいね。沢山出来るから、亜美とか牧緒を呼んだりすることもあるのよ。」
 確か泉はそう言っていた。確かに美味しそうな匂いが部屋どころか家中に広まっているようで、期待値はイヤでもあがる。
「伊織君。」
 声をかけられて振り返ると、そこには春樹の姿があった。どうやら仕事終わりらしい。
「あれ?遅くなるんじゃなかったっけ?」
「夕べも報告をしたし、今日はもう大丈夫だったから。それに早いっていう時間でもないよ。」
 携帯電話を見ると、確かにそんなに早いという時間でもない。少しだけでも残業をしたのだろう。
「モツ煮込みを作ってるみたいだったよ。」
「倫子が?へぇ……話には聞いていたけど、美味しいんだろうね。お酒が飲めないのが残念だ。」
「ははっ。」
 伊織が少し笑う。そして二人は並んで帰っていた。
「伊織君は何か用事があったの?」
「うん。あの……。」
 真矢のことを言おうと思った。だが春樹に言うのは、少しためらってしまう。だが送っただけだ。何も悪いことをしているわけじゃない。それに送ったのは倫子が指示をしたものだから。
「芦刈さんが家に見舞いに来てたんだ。外が暗かったし、送った方が方が良いって言われて。」
「そうだね。ちょっと物騒になってきたし。まだレイプ犯は捕まってないんだね。」
 あの国でレイプ犯を捕まえたら、どれだけの人が捕まるだろう。そして刑務所は逼迫するに違いない。
「芦刈さんは家を知ってたのかな。」
「前に連絡先を交換してたみたいだ。それにニュースが大げさに報道していたから、気になったって。」
「うん……そうだね。少し大げさに報道しすぎるところがあるかな。」
 明日の昼の情報番組に、荒田夕が出るらしい。そこで答えられることは全て答えるのだ。それまで倫子の周りは騒がしいかもしれない。
「芦刈さんも心配してた。」
「芦刈さんはあぁみえて、結構面倒見がいいんだ。素っ気ないけどね。」
「そうなんだ。だから魚の干物とかくれたの?」
「あぁ、そうだね。一人で消費できないって言われてお裾分けしてくれたんだ。」
 あのとき真矢を引き寄せかけた。それを忘れていない。気の迷いだった。そう思いたかった。そうではないと倫子に顔向けが出来ない。
 そして家に帰り着くと、見慣れた車が駐車場に停まっていた。それは礼二の車だと思う。側には見慣れた泉の自転車もある。もう帰ってきているらしい。
「泉も帰ってきたんだ。」
「明日からまた営業を再開だね。」
 そういって玄関を開けようとしたときだった。春樹がドアを開けようと手をかけようとしたとき、勢いよくドアが開いた。そこには涙をためた泉がいる。
「泉。どうしたの?」
 すると後ろから礼二がやってきて、泉の肩をつかんだ。
「泉。一度話し合って。」
「話し合うことなんかないじゃない。私がいやならすぐ出ていくのに。」
「倫子はそんなことを言ってないだろう?」
「礼二にはわかんないよ。倫子のこともわかってないのに。」
 すると伊織と春樹は顔を見合わせた。そして春樹はそのまま家にあがる。そして今にいる倫子は食べかけているその皿に盛られたモツ煮込みを見て、うつむいていた。

 しょっちゅう泉は礼二のところへ行って泊まることもあった。その気持ちは倫子にもわかる。倫子だって、春樹と一緒にいたいと思うから。
 だからいっそのこと一緒に住めばいいと倫子はモツ煮込みを次ぎながら、泉にそういったのだ。
「え?」
「だから一緒に住んだら?」
「ここを出ろって言うの?」
「……そういうんじゃないけどさ。いつまでもずっとこのままってのもどうかと思ってね。礼二だってそうでしょう?」
 モツ煮込みの皿を受け取って礼二は、泉をみる。すると泉の顔色が少し悪くなった。そんなときに素直に「一緒に住みたい」など言えるわけがない。
「どうせ近所じゃない。会おうと思えば会えるし、こういう料理を作ったときは……。」
「そんな問題じゃないわよ。倫子。」
 思った以上に過剰に反応するな。礼二はそう思いながら泉の分の皿を受け取って、泉の前に置く。
「倫子。あのとき言ったよね。助け合って生きていこうって。何があっても一緒にいるって。」
「でもずっとこのままってわけにはいかないでしょう?あなたには礼二がいるし、私にも相手がいるわけだし。」
「だって……この家のこともあるでしょう?」
 確かに倫子の仕事量だけでローンの返済は難しい。だから他の人を住まわせているのだ。
「……政近がね。」
「田島先生が?」
「ここに住みたいって言い出したのよ。」
 その言葉に泉はついに我慢が出来なかった。立ち上がると、倫子を見下ろして言う。
「田島先生がここに住みたいから、私を追い出したいの?確かに田島先生がここにいたら、仕事もやりやすいかもしれない。だけど私だって倫子のために色んなことをしてきたのよ。なのに……。」
 すると礼二が口を挟んだ。
「泉。そんなことを言ってないよ。」
「だって……。」
 すると倫子はため息をついた。
「あなたのコーヒーはとても美味しい。朝に飲むと朝にぼんやりした感覚を払拭させてくれる。だけど……私だけにそれを淹れるのはもう終わり。」
「え?」
「あなたは色んな人にコーヒーで幸せにすることを選んだんでしょう?」
 「ヒジカタコーヒー」を選んだのはそのためだろうと言われているようだった。すると泉は首を横に振る。
「違う。倫子がそう思うんだったら、私、就職辞めるから。」
「駄目だ。何をいっているんだよ。泉。」
 慌てたように礼二がそれを止める。だが倫子は首を横に振っていった。
「そうではなくても、あなたはもう礼二を選んでいるのよ。ずっとこのままってわけにはいかない。今すぐじゃなくても良いから……。」
 だがもう泉は限界だった。食卓を背にして、自分の部屋に戻る。そのあとを礼二が追いかけた。
「泉。最後まで話を聞いて。」
「やだ。もう駄目。限界。無理。」
「今すぐじゃないって言ってただろう?」
 肩に手をおいた。だがそれを泉が振り払う。そして振り返った泉の目から涙がこぼれた。そして泉はジャンパーを羽織るとバッグを持って玄関の方へ向かっていく。
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