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大和と泉がサンドイッチを買ってきて、二階からは礼二がコーヒーをサーバーごと持ってきて一階に降りてきた。すると書店の店員たちは、笑顔でその一角に近づいてくる。
「食べ物とか飲み物は本屋で厳禁だろうけどな。何も食わずにやってたら倒れるぞ。」
「ありがたいです。いただきます。」
店長もコーヒーを受け取り、砂糖やミルクを入れて飲んでいる。疲れがたまっているようだ。
「甘いものは疲れが飛ぶなぁ。」
「店長。あまり砂糖入れないでって、奥さんから言われてましたよね。」
「今日くらいは大目に見てくれよ。」
「いっつも今日くらいはって言っていますよね?」
エプロンをつけた社員の女性から突っ込まれている。その様子に礼二は苦笑いをした。
「あの……私手伝えることがあれば。まだここに籍もありますし。」
「だいぶ終わってるんだよ。夕方にはみんな帰れそうだ。」
「そうでしたか。」
すると一人の男がサンドイッチを食べながら言う。
「まぁ……今回のことは荒田先生にも非があるよね。」
「駒田さん。」
そういって女性が止める。
「サイン会の時の荒田先生の態度は、あまり誉められたもんじゃなかったし。」
「若い子には愛想がいいけど、おばさんや男の人には素っ気なかったって言ってたね。」
「女好きはいいけど、そんな態度でやられると困るよなぁ。こっちも。」
「それは作家自身に降りかかることじゃん。将来困るのは荒田先生だろ?」
「そうなれば生き残るのは小泉先生かなぁ。」
そういわれ泉もサンドイッチを食べる手を止めた。
「誰に対しても愛想が良かったし。池上先生みたいに塩対応じゃなかったしな。」
倫子らしい。泉はそう思いながら、またサンドイッチに口を付ける。
「倫子さんって子供が好き?」
礼二は隣に座って泉に聞くと、泉は首を横に振る。
「子供は嫌いだって言ってたわ。泣くし喚くし、どんな行動をとるかわからないって。」
「それって自分のことじゃん。」
その言葉に思わず泉も笑う。やはり礼二もよく見ているなと思ったのだ。大和はコーヒーを飲みながら、書店側の店長と何か話をしていた。こちらに来る様子はない。そう思って礼二は泉を見下ろす。
「この間、伊織君と一緒にきた女性がいるだろ?」
「芦刈さん?」
「うん。」
「知り合いだったの?」
「何でそれを?」
その言葉に泉はサンドイッチの残りを口に入れる。そしてコーヒーで流し込んだ。
「態度を見て思った。」
「……。」
「別に責めるつもりはないよ。そんなことでいちいち目くじらをたててられない。」
遊び人だったのだ。真矢だけではなく倫子とも寝たことがある。それを承知してつきあっていたのだ。
「泉とつきあってからはないよ。」
「うん……。わかってる。」
そういわれて泉の心がずきっと痛む。自分はこの間大和と寝てしまったのだ。それをまだ伝えられていない。
「あのね……礼二。」
言おうとしたときだった。礼二の方が口火を切る。
「そろそろいいかなって思うんだけど。」
「え?」
「一緒に住まないか。」
今でもしょっちゅう礼二のところに行っているのだ。今更という感じもあるが、どうして今言い出したのだろう。
「……あのね……礼二。」
「駄目?」
「……倫子に相談してからでもいいかな。」
また倫子か。そう思いながら礼二はコーヒーに口を付ける。こうなってくると本当に自分が好きなのかわからなくなってきた。泉も自分のことで我慢をしてもらっている分言い出せないこともあるが、倫子のことをここまで優先させるのは違うと思う。
カップに残っているコーヒーの黒い液体が、自分の心も黒くしそうだった。
そのとき泉の携帯電話が鳴る。メッセージのようだ。それを見て礼二を見上げた。
「片づけってもう終わるかな。」
「うん。」
「倫子が食事を用意しているから、夜は礼二と返ってきてほしいって言ってるけど、どうする?」
「いいよ。どうしたのかな。」
「モツ煮込みしてるんですって。」
「居酒屋みたいなメニューだね。お酒を買って帰ろうか。」
「駄目よ。一週間は倫子は禁酒なんですって。」
「それもそうか。」
酒を飲むときは相当飲む倫子だが、飲まないでいいなら別に飲む必要もないという倫子には、禁酒は別に苦行ではない。それは礼二も一緒だった。
日が沈むのが長くなってきた。時間通りに帰っているはずなのだが、夜になるのが遅くなってきた。もう春になりかけているのだろうと思いながら、それでも夜の寒さはまだ厳しいと伊織はマフラーを口元まであげた。
暖かい土地で育った伊織には、冬の寒さはこたえるのだ。そして家に帰り着くと、玄関ドアを開ける。そこには見覚えのないパンプスがあった。
「ただいま。」
そしていい香りがする。今日はモツ煮込みを倫子が作っているらしい。そう思いながら居間のドアを開けた。
「お帰り。」
そこには意外な人物がいた。芦刈真矢だった。真矢は軽く伊織に頭を下げる。
「お邪魔してます。」
「あれ?どうしたんですか。」
動揺している。まさかの真矢がそこにいると思っていなかったから。
「怪我をされたと聞いたので、お見舞いに来たんです。」
「大した怪我じゃないけれど、メディアが大げさに騒ぎすぎてるわ。火傷なら程度は二度ですよ。」
「それでも気になって。すいません。家まで押し掛けてしまって。」
「いいんです。でも、本当に食事はいいんですか?」
「家にちょっと今日までに消費したいものがあるので。」
一人暮らしだとそうだろう。自分だってそういうことをしていたのだ。
「伊織。ほら。お茶を持ってきてくれて。」
「春樹さんのところと同じお茶ですよね。」
「地元が一緒ですよ。うちはお茶を作っていないんですけど、卸してもらっているところのもので。」
「いいえ。お茶はすぐに無くなってしまうから、助かります。」
「じゃあ、私、これで失礼しますね。」
そういって真矢は立ち上がった。
「送りましょうか。」
伊織がそういうと、真矢は手を振った。
「いいえ。あの……大丈夫です。」
すると倫子が口を出す。
「送ってもらってください。まだ日が残ってるとはいっても、薄暗いんです。仮にも男の人に送ってもらった方がいいですよ。」
「仮にもって……倫子ぉ。俺が頼りないみたいだ。」
「頼りないわ。髪も伸びてきて、さらにちゃらく見えるし。」
「今度の休みに髪を切るよ。さぼってたけどジムにも行くし。」
「さぼった成果がお腹に出てるわねぇ。」
「うるさいな。」
その二人のやりとりを見て、真矢は複雑だった。一緒に住んでいて同居しているだけなのに、とても仲がいい。まるで恋人のようだと思ったのだ。
自分ではそうならない。卑屈な顔がまた表に出てきた。
「食べ物とか飲み物は本屋で厳禁だろうけどな。何も食わずにやってたら倒れるぞ。」
「ありがたいです。いただきます。」
店長もコーヒーを受け取り、砂糖やミルクを入れて飲んでいる。疲れがたまっているようだ。
「甘いものは疲れが飛ぶなぁ。」
「店長。あまり砂糖入れないでって、奥さんから言われてましたよね。」
「今日くらいは大目に見てくれよ。」
「いっつも今日くらいはって言っていますよね?」
エプロンをつけた社員の女性から突っ込まれている。その様子に礼二は苦笑いをした。
「あの……私手伝えることがあれば。まだここに籍もありますし。」
「だいぶ終わってるんだよ。夕方にはみんな帰れそうだ。」
「そうでしたか。」
すると一人の男がサンドイッチを食べながら言う。
「まぁ……今回のことは荒田先生にも非があるよね。」
「駒田さん。」
そういって女性が止める。
「サイン会の時の荒田先生の態度は、あまり誉められたもんじゃなかったし。」
「若い子には愛想がいいけど、おばさんや男の人には素っ気なかったって言ってたね。」
「女好きはいいけど、そんな態度でやられると困るよなぁ。こっちも。」
「それは作家自身に降りかかることじゃん。将来困るのは荒田先生だろ?」
「そうなれば生き残るのは小泉先生かなぁ。」
そういわれ泉もサンドイッチを食べる手を止めた。
「誰に対しても愛想が良かったし。池上先生みたいに塩対応じゃなかったしな。」
倫子らしい。泉はそう思いながら、またサンドイッチに口を付ける。
「倫子さんって子供が好き?」
礼二は隣に座って泉に聞くと、泉は首を横に振る。
「子供は嫌いだって言ってたわ。泣くし喚くし、どんな行動をとるかわからないって。」
「それって自分のことじゃん。」
その言葉に思わず泉も笑う。やはり礼二もよく見ているなと思ったのだ。大和はコーヒーを飲みながら、書店側の店長と何か話をしていた。こちらに来る様子はない。そう思って礼二は泉を見下ろす。
「この間、伊織君と一緒にきた女性がいるだろ?」
「芦刈さん?」
「うん。」
「知り合いだったの?」
「何でそれを?」
その言葉に泉はサンドイッチの残りを口に入れる。そしてコーヒーで流し込んだ。
「態度を見て思った。」
「……。」
「別に責めるつもりはないよ。そんなことでいちいち目くじらをたててられない。」
遊び人だったのだ。真矢だけではなく倫子とも寝たことがある。それを承知してつきあっていたのだ。
「泉とつきあってからはないよ。」
「うん……。わかってる。」
そういわれて泉の心がずきっと痛む。自分はこの間大和と寝てしまったのだ。それをまだ伝えられていない。
「あのね……礼二。」
言おうとしたときだった。礼二の方が口火を切る。
「そろそろいいかなって思うんだけど。」
「え?」
「一緒に住まないか。」
今でもしょっちゅう礼二のところに行っているのだ。今更という感じもあるが、どうして今言い出したのだろう。
「……あのね……礼二。」
「駄目?」
「……倫子に相談してからでもいいかな。」
また倫子か。そう思いながら礼二はコーヒーに口を付ける。こうなってくると本当に自分が好きなのかわからなくなってきた。泉も自分のことで我慢をしてもらっている分言い出せないこともあるが、倫子のことをここまで優先させるのは違うと思う。
カップに残っているコーヒーの黒い液体が、自分の心も黒くしそうだった。
そのとき泉の携帯電話が鳴る。メッセージのようだ。それを見て礼二を見上げた。
「片づけってもう終わるかな。」
「うん。」
「倫子が食事を用意しているから、夜は礼二と返ってきてほしいって言ってるけど、どうする?」
「いいよ。どうしたのかな。」
「モツ煮込みしてるんですって。」
「居酒屋みたいなメニューだね。お酒を買って帰ろうか。」
「駄目よ。一週間は倫子は禁酒なんですって。」
「それもそうか。」
酒を飲むときは相当飲む倫子だが、飲まないでいいなら別に飲む必要もないという倫子には、禁酒は別に苦行ではない。それは礼二も一緒だった。
日が沈むのが長くなってきた。時間通りに帰っているはずなのだが、夜になるのが遅くなってきた。もう春になりかけているのだろうと思いながら、それでも夜の寒さはまだ厳しいと伊織はマフラーを口元まであげた。
暖かい土地で育った伊織には、冬の寒さはこたえるのだ。そして家に帰り着くと、玄関ドアを開ける。そこには見覚えのないパンプスがあった。
「ただいま。」
そしていい香りがする。今日はモツ煮込みを倫子が作っているらしい。そう思いながら居間のドアを開けた。
「お帰り。」
そこには意外な人物がいた。芦刈真矢だった。真矢は軽く伊織に頭を下げる。
「お邪魔してます。」
「あれ?どうしたんですか。」
動揺している。まさかの真矢がそこにいると思っていなかったから。
「怪我をされたと聞いたので、お見舞いに来たんです。」
「大した怪我じゃないけれど、メディアが大げさに騒ぎすぎてるわ。火傷なら程度は二度ですよ。」
「それでも気になって。すいません。家まで押し掛けてしまって。」
「いいんです。でも、本当に食事はいいんですか?」
「家にちょっと今日までに消費したいものがあるので。」
一人暮らしだとそうだろう。自分だってそういうことをしていたのだ。
「伊織。ほら。お茶を持ってきてくれて。」
「春樹さんのところと同じお茶ですよね。」
「地元が一緒ですよ。うちはお茶を作っていないんですけど、卸してもらっているところのもので。」
「いいえ。お茶はすぐに無くなってしまうから、助かります。」
「じゃあ、私、これで失礼しますね。」
そういって真矢は立ち上がった。
「送りましょうか。」
伊織がそういうと、真矢は手を振った。
「いいえ。あの……大丈夫です。」
すると倫子が口を出す。
「送ってもらってください。まだ日が残ってるとはいっても、薄暗いんです。仮にも男の人に送ってもらった方がいいですよ。」
「仮にもって……倫子ぉ。俺が頼りないみたいだ。」
「頼りないわ。髪も伸びてきて、さらにちゃらく見えるし。」
「今度の休みに髪を切るよ。さぼってたけどジムにも行くし。」
「さぼった成果がお腹に出てるわねぇ。」
「うるさいな。」
その二人のやりとりを見て、真矢は複雑だった。一緒に住んでいて同居しているだけなのに、とても仲がいい。まるで恋人のようだと思ったのだ。
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