守るべきモノ

神崎

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 お茶を淹れて、漬け物を出す。さっき政近からもらったイチゴは、夜にでもみんなと食べればいいと思っていたのだ。もっともこんな人にせっかくのイチゴを出したくないと言うのが本音だったが。
「こちらへの用事って何なの?」
「あぁ……。」
 まるで家族のように図々しくお茶を飲んでいる政近を気にしたのだろう。父親はちらっと政近をみる。すると政近は父親の方を見て、首を横に振った。
「別に何を聞いてもべらべらしゃべる気はねぇよ。女じゃあるまいし。」
 その言い方が母親には気に入らない。どうしてこんな人が同席しているのだろうと思っていた。
「雪子さんの実家に行ったのよ。」
 雪子というのは忍の妻で、年が明ける前に子供をつれて出て行ったのだという。
「正式に離婚するそうだ。子供の親権はあっちが持つ。」
「教師って離婚なんかしたら立場が悪くならないのかしら。」
「そんなことはないよ。そういう人は今は珍しくない。」
「でもくっついたり離れたりするのは良くないわ。すれてしまって、夫婦なんてそんなものだ、いつでも別れられるなんて思って欲しくないもの。」
「はぁ……。」
 そんなものなのだろうか。倫子はそう思いながらお茶を口に入れる。
「それから、ほら、忍があなたに言ってきたでしょう?」
「何を言ったかしら。」
「お見合い。「ますや」の若旦那よ。」
 その言葉に政近はせき込んだ。見合いをさせようとしていたのか。
「あぁ。会う気もないのに。」
「あんたが断って、早々に違う人と結婚するらしくて秋には式を挙げると言っていたわ。あんたみたいな傷物でももらってくれるって言うのに、もったいないことを……。」
 その言葉はない。思わず政近は口を出そうとした。だが父親がお茶を口にして、少し微笑んだ。
「このお茶は美味いな。どこで買ったんだ。」
「同居人が、実家から持って帰ったの。お茶は有名らしいわ。」
「漬け物も美味い。これはあれだろう?倫子の同級生の……。」
「えぇ。泉の実家。」
「うちにもお歳暮で来たよ。忍が喜んでいた。」
 実家にはこの年老いた夫婦と、忍が住んでいるのだ。とても息が詰まりそうだろう。
「家を手放すことはないの?」
「無いわね。今のところ本も売れているし、仕事も売り込まなくても依頼がくる。それに同居人がお金を入れてくれるし。」
「人殺しの本だ。全く……そんな本が受け入れられるなんて。」
 父親はそういってまたお茶を口に入れる。やはり夫婦揃って倫子の本には良い印象はないらしい。
「あのな、おっさん。」
 ずっと黙っていた政近が声を上げる。
「昔っからミステリーって言うのは、ある一定の需要がある。それを何で認めないのか、俺にはわかんねぇな。」
 すると父親は政近に言った。
「だったらミステリーだけで勝負をすればいい。なのにどうしてお前の作品には男女のアレコレが載っているのか。」
 確かに倫子の作品には必ずと言っていいほど、男女の営みが載っている。それにその行為は愛が溢れているとは言い難いものばかりだ。
「それは……。」
 言葉に詰まった。載せても載せなくてもいいと思っていたが、載せた方が読者の評価がいい。だから載せていたのだが必要ないという人もいるのだろう。
「倫子。あなたやはり男がいないとだめなの?」
「は?」
 驚いて倫子は母親の方をみる。
「あんな年頃であんな騒ぎを起こして、お婆さんが泣くと思わないのかしら。」
 またそれか。正直、何かあると母親はあの事件のことを引き合いに出すのだ。すべて倫子のせいで、自分の育て方に問題があったのか、なにがそうさせたのか、倫子にずっと問いつめていた。だが倫子はなにも答えられない。自分で望んだことではないし、なにがそうさせたなど答えられないからだ。
 何より祖母のことを出されると弱い。祖父から引き継いだあの建物を倫子のせいで焼かれたと、生気がなくなったように小さくしぼみ死んでいった祖母の目が恨んでいるように感じるからだ。
「母さん。あまりそれを口に出してはいけない。仮にも他人の前だ。」
 政近を気遣ったのだ。だがその父親の言葉すら薄っぺらく感じる。
 こんな両親の元で育ったのだ。どこか倫子がゆがんでいるのもわからないでもない。
 すると政近が湯飲みを置いて、両親にいう。
「俺、母親が自殺したんだけどさ。あんたらみたいな両親だったらいらねぇな。」
 その言葉に倫子が驚いたように政近をみる。
「政近。ちょっと……。」
 さすがに止めた方がいい。そう思って声をかけたのだ。だが政近は冷えた目でいう。
「妹が中学生の時拉致監禁された。半月くらい、月子は男たちの慰めものになってたんだ。」
 その言葉に両親が顔を見合わせる。
「その中の男を一人刺して、自力で逃げ出したんだ。ところが警察は月子が望んでいったんじゃないかとか、刺した男が被害者のように扱った。こっちが被害者だってのに。」
「……。」
「世間の流れがそういう扱いだったんだ。週刊誌にも載ったときの記事だって、中学生の性の乱れなんていう見出しで載ってたわ。だからすぐに名誉毀損で訴えたし、警察にも訴えた。弟と二人で月子のことに必死だった。」
「……妹のことを信じていたのか。」
 父親の手が震えている。そこまでしてどうして妹を信じたのかわからない。
「当たり前だろ?肉親なのに、あいつのいうことを信じなくてどうするんだよ。」
 その信じてくれる人が、倫子にはいなかった。倫子は何度も自分がレイプされたのだと主張していたと思う。だが世間はそういわなかったし、警察もそういっていなかった。だからそちらを信じたのだ。
 だが母親はため息をついていう。
「妹さんのことはお気の毒にね。でもそういうところにうろうろしていたのじゃないのかしら。」
 ここまで言っても母親は斜に構えている。そういうことでしか聞けない人なのだ。
「ただの下校途中だったよ。毎日歩いていく通学路で、拉致されたんだ。犯人は「誰でも良かった」っていってたな。」
「だったらそれは不幸な事件。だけど倫子のは違う。」
 それでも母親は倫子を信じていない。
「相馬さんのお使いに行ったのはいいわ。だけどそれならまっすぐ帰ってくればいい。わざわざあの建物に立ち寄る必要はない。変な車があったからと言っていたけれど、それを確かめに行く必要なんかない。自分が責任者にでもなったつもりなのかしら。」
「……。」
 倫子の手が震えている。この調子で言いくるめられていたのだ。それはあのときからずっと言われていたことで、何を言っても信じてもらえないともう諦めていたことだ。
「倫子。今は恋人なんかはいないのか。」
「いるわ。」
 震える声で倫子が言うと、母親は少し笑って言う。
「一人で満足できるのかしら。あんな幼い頃からあんなことをしている娘なのだから、一人とは限らないわ。ねぇ。」
 その言葉にもう我慢が出来なかった。政近は立ち上がると、二人が掛けていたコートや帽子を手にする。
「帰れよ。」
「は?あなた何の権利があって……。」
「るせぇな!帰れっていうんだから、帰れよ!お前ら倫子の気持ちなんか全くわかってねぇじゃん。二度と顔を見せんな。」
 追い出すように両親を家から出した。そしてうつむいて小さくなっている倫子を見下ろす。
「きついな。あの親。」
 すると倫子は首を横に振る。
「そうね……。」
「兄貴よりもいらっとしたわ。」
 すると倫子は政近の方を見上げると、少し笑った。
「すっとした。」
 だがその頬に涙が落ちる。それを政近は拭うと、そっとその後ろ頭を自分に引き寄せた。
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