守るべきモノ

神崎

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海岸

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 寒い夜道を駅の方へ歩いていく。その途中で公園があるのだ。伊織はその公園を見ながら、ふと少し前のことを思い出した。
 この公園はセンサーで反応するライトが各所についている。それがとてもロマンチックで、デートをするカップルも多い。そしてそのまま倫子の家を通り過ぎると、コンビニの裏にラブホテルが数件あるし、倫子の家まで行かなくてもこっそりと古いホテルならある。芸カップル御用達のホテルらしい。
 いつか倫子と夜にここを歩いたことがある。そして倫子とここへいければいいと思っていた。だがいつの間にかそんな気持ちが消えた。その原因は自分の中にある。
「……。」
 ため息を付いて、伊織はまた駅の方へ向かう。するとその公園のそばにあるアパートから春樹が出てきた。伊織に気が付いたらしく、少し笑って近づいてきた。
「伊織君。飲みに行くの?」
「うん。春樹さんは?」
「一応、ここが住所になっているからね。郵便物なんかはここに届くようになっているんだ。」
 手には数枚の封書がある。確かに春樹宛の郵便物は倫子の家で見たことはない。
「そっか。そうだったね。」
「今日は休みだったかな。」
「いいや。仕事でね。ご飯は用意してあるよ。明日は休みだし。」
「若いからって、あまり無理しない方が良いよ。ある日突然、酒に弱くなるから。」
「そんなモノなの?」
「俺がそうだったから。」
 春樹は決して弱いわけではない。顔色がすぐに赤くなるのは、昔か等かと思っていたが違うらしい。
「そっか。」
「たぶん残らないよ。」
「え?」
 伊織はそういって少し笑った。
「そんなに飲む訳じゃないからね。昔は朝日が見えるまで飲んでたこともあるけど、もう若くないよ。」
「ははっ。伊織君もそんなときがあったんだね。」
「大学の時がピークだよ。」
 そういって伊織はまた駅の方へ向かう。その反応に春樹は首を傾げた。「残らない」と言うことはどう言うことなのだろう。もしかしたら女でも出来たのだろうか。
 あれだけ倫子のことが好きだと断言していた割には、心変わりをするには早いような気がする。

 駅前について、ドラッグストアの方へ向かう。そのとき後ろから声をかけられた。
「富岡。」
 また知り合いか。そう思いながら伊織は振り返ると、そこには政近の姿があった。その横には見覚えのある人がいる。
「田島。それに……えっと……。」
「村木。」
「そうだった。大学の時の。家、この辺なのか?」
「うん。建て売りだけど、家を買ってさ。」
 村木という男は、大学の時の同期だった。そのころからつきあっていた女と就職して数年で結婚し、双子の子供と下にもう一人いる。
「借金だらけでさ。ローンが大変だって言うから、たまには飲みに行こうって話になって。お前も来ない?」
「いいや。ちょっと用事があってね。」
 すると村木は、伊織に近づいて聞く。
「女か?」
「じゃないよ。でも別件で飲みに誘われてる。」
「人数増えても良いじゃん。一緒に飲もうぜ。」
 伊織はその言葉に首を横に振る。
「遠慮するよ。」
 そういって伊織は二人と離れた。そしてドラッグストアの方へ向かっていく。
「あいつ、あんな感じだったかな。もっと人が寄ってきてたような……。ほら、すげぇ面倒見が良くてさ。あれに勘違いした女がことごとく振られてたりしたけど。」
「さぁな。俺もあまり関わってねぇし。」
「そうだったな。お前、あいつと喧嘩してたんだっけ。」
「昔の話だよ。もう今はどうでも良いかな。」
 それよりも伊織が行っている方向が気になる。ドラッグストアには入らなかった。その脇の道を行ったような気がする。
「田島。行こうぜ。寒いしさ。」
「わかったよ。」
 そういって二人はその居酒屋の中に入っていった。

 ドラッグストアの横の道を行って、すぐにある二階建てのアパート。その二階の一番手前。そこのドアのチャイムを鳴らした。するとそこから芦刈真矢が顔をのぞかせる。
「いらっしゃい。」
「お邪魔します。」
 部屋の中は温かい。溢れかえるほどの本と、ベッド、テーブルとソファがある。
「何か食べましたか?」
 ジャンパーを脱ぐ伊織に、真矢は声をかけると伊織は少し笑って言う。
「えぇ。でもご飯は少な目にしました。飲むからと思って。」
「だったらつまみ程度で良いですね。っと……そうだ。今日買ってきたじゃこの煎餅があって甘くないんですけど。」
「良いですね。今日、日本酒でしょう?」
 すると真矢は湯煎してあったとっくりを出すと、テーブルに置く。そしてお猪口を二つ出した。
「この前はワインでしたよね。」
「飲みたいモノがあったんですけど、ハーフボトルって無いから良かった。」
 きっかけはそれだった。気になるワインがあるのだが、一人でフルボトルは飲めない。だがコルク栓だから保存も利かないので困っていたところに、伊織の顔を思い出したのだ。
「日本酒は保存が利きますよね。」
「それでも早めに飲んでしまいたいんです。」
「そんなに飲めないですよ。」
「だったらまた飲みに来てください。」
 本末転倒していると思いながらも、伊織は床に座ろうとした。すると真矢がそれに気が付いてソファーの上にあるクッションを差し出す。
「お尻が冷えますよ。」
「あ、ありがとう。」
 真矢もクッションを床に置いて、そこに座る。そして酒に口を付けるよりも前に、どちらとも無く唇を合わせた。
「……言い訳です。」
「うん……俺も飲みに来ただけじゃないんで……。」
 すると今度は伊織から唇を合わせた。そして少し笑うと、とっくりを手にする。
「冷めてしまうから、飲みましょう。」
「えぇ。」
 お互いのお猪口に酒を注ぎ、それに口を付ける。
 こんな事をしているなど伊織は倫子に言えるはずはない。
 こんな事をしているなど真矢も春樹に言えるわけがない。
 なのに止められなかった。
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