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海岸
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作家のところへ行ったあと春樹は会社に戻り、そのまま明日の準備をする。本来、今日は休みだし明日も休みだ。なので今月は別に二日間の休みを取らないといけないが、一日は別に休みが取れたが一日はさすがに休みが取れない。なので一日は休日出勤にすることにした。
オフィスの中にいるのは、限られた人しか居ない。ウェブ担当の女性や担当作家が遅れている人だけだ。その人たちももう仕事が終わったらしく自分たちが飲んだカップを洗いに給湯室へ向かっていた。
「宮前さん。どう?ウェブ。」
すると担当の女性は少し笑う。
「SNSも最近荒らされなくなりましたね。この間の「三島出版」の事件が良かったのかも知れません。」
この間、「三島出版」のSNSで作家に対する誹謗中傷が刑事事件に発展したのだ。書いた人を特定され、執行猶予が付いたとは言っても前科が付いた。書いた人は何気なく書いたのかも知れないが、その一言がどれだけ大きな事になったのかなど予想もしなかったのだろう。
「ただ、小泉先生に対するモノは意見にしてはちょっとね……。」
「小泉先生に何か言われているの?」
「えぇ。荒田先生は前からなんですけど、小泉先生は少し作風が変わったじゃないですか。」
「あぁ。「淫靡小説」に載ってからね。」
「生ぬるいとか、荒田先生に寄せていっているとか、前の作風の方が良かったとか。」
「それは意見かな。でもまぁ……俺には、今の「夢見」で遊女が殺されて胴体を畳の上に放置されていたというのを見て、ぞっとしたけどね。」
「殺され方は別にいいんですよ。問題は濡れ場なんですよね。」
「濡れ場?」
「以前の濡れ場は強姦とか、輪姦とか、SMとかそういったモノが多かったのですけど、今はちょっと少ない感じがします。ノーマルなモノが多く、それを楽しみにしている人には物足りないと。」
「……エロ雑誌じゃないんだから。」
「私もそう思います。だけど、それでユーザーの中には「小泉先生に何かしらの心境の変化があったのではないか」「恋人が出来たのではないか」とかそういった問い合わせもあります。」
「プライベートのことは言えないと言っておいてくれるかな。」
「明日……トークショーがあるんですよね。」
「あぁ。」
「たぶん、そういった質問も来ると思います。何か対策をされてますか?」
「おそらく、小泉先生はそういった質問には答えない思う。プライベートのことを話すのを嫌がるから。もちろん、他の作家先生も同じだ。あくまで作品のことが中心になると思う。」
「……だったらいいんですけど。」
熱狂的なファンはどこにでもいる。特に倫子は表に出ないのだ。これを機に、倫子のことが知りたいという人もいるかも知れない。だがそれを答えないとなれば、このトークショーに来た意味も無いという人も出てくるかも知れない。
春樹はそう思いながら会社を出る。そして駅へ足を進めた。
「多少のことを話してもらうしかないかな。」
だが倫子のプライベートはほとんど仕事だ。過去に関しては口外することでもない。表に出れば大問題になることばかりだ。
駅前のオーロラビジョンには、ニュースキャスターが真剣な顔でニュースを伝えている。どうやら「青柳グループ」が関与していた児童養護施設は、別の会社が依託することになった。だがその尻拭いは相当なもので、戸籍のない子供がごろごろと出てきているらしい。
これで事件は解決したのだろうか。「青柳グループ」は事実上破綻している。一時期は身内だったが、未来が亡くなったことでその繋がりはなくなった。
おそらく青柳はヤクザと繋がりがあったと考える。とするとこれから青柳はそのヤクザにおびえながら生活をしていかないといけないのだ。
「身から出た錆かな。」
信号が変わって、春樹は足を進める。そして駅前にある酒屋の前を通ったときだった。見覚えのある人が出てくる。
「藤枝さん。」
芦刈真矢も目があって驚いたようにみた。
「芦刈さん。今仕事終わり?」
「えぇ。今日は早出だったから。」
どうやら真矢は早出と遅出があるらしい。時間によってはこうやって会うこともあるが、最近はずっと会っていなかった。
「飲むの?」
「えぇ。明日は遅出だから、ちょっと時間に余裕があるし。」
「休まないんだね。」
「その次の日は休みだもの。」
だったら飲むのは明日にすればいいのに、今日、飲みたいと思うのは誰かと飲みたいと思っていたのだろうか。まぁ、そんなことはどうでもいい。
「つまみは作るの?」
「簡単なものよ。」
「その駅ビルの中にあるスーパーで最近、フェアをしているのは知っている?」
「フェア?」
「物産展みたいな。職場の人がじゃこの煎餅を買ってきてくれてね。美味しかったんだ。甘くないんだよ。」
「つまみによさそう。買って帰ろうかしら。」
「日持ちすると思うしね。」
そういいながら、春樹は駅にはいるとそのまま改札口へ向かう。そして真矢はそのまま地下の方へ向かっていった。地下にスーパーがあるのだ。
エレベーターを前にして、改札口をくぐる春樹の背中を見る。前ほどときめかなくなったのは、誰の影響なのだろう。そう思いながら、真矢はその地下へ下るエレベーターに乗った。
食べた食器を倫子がついでに伊織の分も洗っていると、伊織がジャンパーを羽織って出てきた。そして倫子に声をかける。
「倫子。俺、ちょっと出てくるよ。」
「うん。」
今日、伊織は仕事に出ていた。各週で土曜日は休みらしい。鍋には伊織の作った鰯の梅煮がある。骨まで食べれるようにしているのだ。
「最近よく夜に出て行くね。」
洗い終わった食器を拭きながら、倫子は何げなしにそう伊織に聞いた。すると伊織は少し笑って言う。
「田島と話をしたんだ。」
「政近と?」
政近と仲違いをしていたのは事情があった。だがそれは若さ故によくある衝突で、今なら笑い話になる。
「今は田島が連絡をしてくれることもあるよ。最近は漫画もデジタルだし。」
「そうね。」
「倫子のもデジタル配信されてるよね。」
「えぇ。そっちの方が売れるみたい。」
携帯電話で気軽に読める時代だ。紙ではなければいけないとは思わないが、味気なく思える。
「倫子はデジタルにあまり抵抗はない?」
「そこまでは思わない。でも紙の方が手間がかかる分、いい味がでてると思うわ。あぁ。明日は無理だけれど、今度本を虫干ししたい。」
「虫?」
「あら、知らないの?紙は虫干ししないと、いつの間にかネズミとか虫のベッドになるの。」
「この家はネズミとかでるの?」
「知らなかった?」
そんなモノがいるとは思っても見なかった。見たことはないからだ。
「そっか。知らなかったな。」
「古い家だもの。」
「気を付けないとね。じゃ、俺行くよ。」
「行ってらっしゃい。」
台所を出ると、伊織は玄関へ向かう。靴を履きながら、ため息を付いた。倫子はこれで政近と飲みに行くと思ったかも知れない。それで言いと思う。堂々と女の所へ行くなど言いたくない。しかもその女は恋人なんかではないのだ。
心の中でもやっとしたモノが生まれる。
オフィスの中にいるのは、限られた人しか居ない。ウェブ担当の女性や担当作家が遅れている人だけだ。その人たちももう仕事が終わったらしく自分たちが飲んだカップを洗いに給湯室へ向かっていた。
「宮前さん。どう?ウェブ。」
すると担当の女性は少し笑う。
「SNSも最近荒らされなくなりましたね。この間の「三島出版」の事件が良かったのかも知れません。」
この間、「三島出版」のSNSで作家に対する誹謗中傷が刑事事件に発展したのだ。書いた人を特定され、執行猶予が付いたとは言っても前科が付いた。書いた人は何気なく書いたのかも知れないが、その一言がどれだけ大きな事になったのかなど予想もしなかったのだろう。
「ただ、小泉先生に対するモノは意見にしてはちょっとね……。」
「小泉先生に何か言われているの?」
「えぇ。荒田先生は前からなんですけど、小泉先生は少し作風が変わったじゃないですか。」
「あぁ。「淫靡小説」に載ってからね。」
「生ぬるいとか、荒田先生に寄せていっているとか、前の作風の方が良かったとか。」
「それは意見かな。でもまぁ……俺には、今の「夢見」で遊女が殺されて胴体を畳の上に放置されていたというのを見て、ぞっとしたけどね。」
「殺され方は別にいいんですよ。問題は濡れ場なんですよね。」
「濡れ場?」
「以前の濡れ場は強姦とか、輪姦とか、SMとかそういったモノが多かったのですけど、今はちょっと少ない感じがします。ノーマルなモノが多く、それを楽しみにしている人には物足りないと。」
「……エロ雑誌じゃないんだから。」
「私もそう思います。だけど、それでユーザーの中には「小泉先生に何かしらの心境の変化があったのではないか」「恋人が出来たのではないか」とかそういった問い合わせもあります。」
「プライベートのことは言えないと言っておいてくれるかな。」
「明日……トークショーがあるんですよね。」
「あぁ。」
「たぶん、そういった質問も来ると思います。何か対策をされてますか?」
「おそらく、小泉先生はそういった質問には答えない思う。プライベートのことを話すのを嫌がるから。もちろん、他の作家先生も同じだ。あくまで作品のことが中心になると思う。」
「……だったらいいんですけど。」
熱狂的なファンはどこにでもいる。特に倫子は表に出ないのだ。これを機に、倫子のことが知りたいという人もいるかも知れない。だがそれを答えないとなれば、このトークショーに来た意味も無いという人も出てくるかも知れない。
春樹はそう思いながら会社を出る。そして駅へ足を進めた。
「多少のことを話してもらうしかないかな。」
だが倫子のプライベートはほとんど仕事だ。過去に関しては口外することでもない。表に出れば大問題になることばかりだ。
駅前のオーロラビジョンには、ニュースキャスターが真剣な顔でニュースを伝えている。どうやら「青柳グループ」が関与していた児童養護施設は、別の会社が依託することになった。だがその尻拭いは相当なもので、戸籍のない子供がごろごろと出てきているらしい。
これで事件は解決したのだろうか。「青柳グループ」は事実上破綻している。一時期は身内だったが、未来が亡くなったことでその繋がりはなくなった。
おそらく青柳はヤクザと繋がりがあったと考える。とするとこれから青柳はそのヤクザにおびえながら生活をしていかないといけないのだ。
「身から出た錆かな。」
信号が変わって、春樹は足を進める。そして駅前にある酒屋の前を通ったときだった。見覚えのある人が出てくる。
「藤枝さん。」
芦刈真矢も目があって驚いたようにみた。
「芦刈さん。今仕事終わり?」
「えぇ。今日は早出だったから。」
どうやら真矢は早出と遅出があるらしい。時間によってはこうやって会うこともあるが、最近はずっと会っていなかった。
「飲むの?」
「えぇ。明日は遅出だから、ちょっと時間に余裕があるし。」
「休まないんだね。」
「その次の日は休みだもの。」
だったら飲むのは明日にすればいいのに、今日、飲みたいと思うのは誰かと飲みたいと思っていたのだろうか。まぁ、そんなことはどうでもいい。
「つまみは作るの?」
「簡単なものよ。」
「その駅ビルの中にあるスーパーで最近、フェアをしているのは知っている?」
「フェア?」
「物産展みたいな。職場の人がじゃこの煎餅を買ってきてくれてね。美味しかったんだ。甘くないんだよ。」
「つまみによさそう。買って帰ろうかしら。」
「日持ちすると思うしね。」
そういいながら、春樹は駅にはいるとそのまま改札口へ向かう。そして真矢はそのまま地下の方へ向かっていった。地下にスーパーがあるのだ。
エレベーターを前にして、改札口をくぐる春樹の背中を見る。前ほどときめかなくなったのは、誰の影響なのだろう。そう思いながら、真矢はその地下へ下るエレベーターに乗った。
食べた食器を倫子がついでに伊織の分も洗っていると、伊織がジャンパーを羽織って出てきた。そして倫子に声をかける。
「倫子。俺、ちょっと出てくるよ。」
「うん。」
今日、伊織は仕事に出ていた。各週で土曜日は休みらしい。鍋には伊織の作った鰯の梅煮がある。骨まで食べれるようにしているのだ。
「最近よく夜に出て行くね。」
洗い終わった食器を拭きながら、倫子は何げなしにそう伊織に聞いた。すると伊織は少し笑って言う。
「田島と話をしたんだ。」
「政近と?」
政近と仲違いをしていたのは事情があった。だがそれは若さ故によくある衝突で、今なら笑い話になる。
「今は田島が連絡をしてくれることもあるよ。最近は漫画もデジタルだし。」
「そうね。」
「倫子のもデジタル配信されてるよね。」
「えぇ。そっちの方が売れるみたい。」
携帯電話で気軽に読める時代だ。紙ではなければいけないとは思わないが、味気なく思える。
「倫子はデジタルにあまり抵抗はない?」
「そこまでは思わない。でも紙の方が手間がかかる分、いい味がでてると思うわ。あぁ。明日は無理だけれど、今度本を虫干ししたい。」
「虫?」
「あら、知らないの?紙は虫干ししないと、いつの間にかネズミとか虫のベッドになるの。」
「この家はネズミとかでるの?」
「知らなかった?」
そんなモノがいるとは思っても見なかった。見たことはないからだ。
「そっか。知らなかったな。」
「古い家だもの。」
「気を付けないとね。じゃ、俺行くよ。」
「行ってらっしゃい。」
台所を出ると、伊織は玄関へ向かう。靴を履きながら、ため息を付いた。倫子はこれで政近と飲みに行くと思ったかも知れない。それで言いと思う。堂々と女の所へ行くなど言いたくない。しかもその女は恋人なんかではないのだ。
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