守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
335 / 384
海岸

335

しおりを挟む
 明日は倫子や違う作家のトークショーがある。今更なんの話を白というのかわからないが、あまり表に出ることのない倫子を見たいという人達で溢れかえるだろう。春樹はそう思いながら、自ら責任者という立場であるからと、「book cafe」に自ら足を運び店長と話をしていた。
「荒田先生も見えられるんですね。」
 バッグヤードで、春樹は愛想良く話をしていた。
「えぇ。最初は難色を示していましたが、短編集が今度映像化されるそうなのでその挨拶にと。」
「映画でしたっけ。ドラマ?」
「ドラマですよ。春の二時間ドラマです。」
「スペースは確保してます。冊数は一人の作家先生につき百冊。あと荒田先生のサインが来れば揃います。」
「あとから営業部の担当が持ってきます。あとはお客様の写真はご遠慮いただいて……。」
 ある程度の打ち合わせが終わり、春樹は席を立つ。これからさらに作家のところへ行かないといけないのだ。
「っと……すいません。打ち合わせ中でしたかね。」
 顔を見せたのは礼二だった。どうやら休憩が終わったらしく、エプロンを取りに来たらしい。
「川村店長。かまいませんよ。」
 すると礼二は春樹を見て少し頭を下げる。年末に一緒に飲んだ仲とは言っても、ここでは他人なのだ。そう思って春樹も頭を下げた。
「明日サイン会ですか?」
「トークショーですよ。作家先生が四人も来てくれて。」
「うちも忙しいかな。発注を多めにしておいて良かった。」
 すると礼二はエプロンを付けて、そのポケットに入っているメモ紙を見てため息を付く。その様子に春樹が声をかける。わりと春樹も面倒見が良い方だ。気になったのだろう。
「何かありました?」
「あぁ。ちょっと内輪でもめててですね。」
 最近泉の帰りが遅いのはそのせいか。そう思いながら春樹は資料をまとめていた。
「川村店長。まだその春の限定でもめてるんですか?」
「えぇ。困りました。」
 コーヒーの監修をしているという女性に、大和と泉が会いに行った。そこでそのデザートにも口を出したのだという。女性が仕上げたデザートは、カップケーキと言うよりもスコーンのようなモノだった。カップケーキの中に仕込んであったピューレも外に出し、見た目は女性の作ったモノの方がやや地味に見える。しかも味はそのままなのに、食感が違うせいで別物だった。
 せっかく自分たちが苦労して考えたモノをひっくり返されたような気分になったらしい。それは大和が危惧していたことだ。
「どっちが良いというのはわかりませんよ。カレーとハンバーグ、どっちが好き?と言われるようです。」
 どちらにも良いところがあるし、どちらが良いとはいえないのだ。
「どっちが売れるのかは出してみないとわからないですしね。そうだ。藤枝さん。ちょっと見てもらえませんか。」
「俺、あまり甘い物は食べないんですけどね。」
「だからそんなにスリムなんですか。」
 書店側の店長よりも春樹の方が若い割には、明らかにがっちりしている。ぽよっとした体つきをしている書店側の店長にしてみたら、一日ほとんど座っているのだろうに、どうしてこの体型を維持できるのかわからない。
「あぁ。人並みに食べますよ。ただもうこの歳になったらすぐ太ってしまって。たまに泳いでます。」
「プールとかで?」
「気晴らしですよ。」
 お金を使って体を動かす意味がわからないと、書店側の店長はその紙を春樹に見せる。すると春樹は少し笑う。
「どちらも春っぽいですね。パウンドケーキもスコーンもほんのりピンクで。着色してるんですか?」
「少しですね。最近は見た目も大事ですし。」
 外部の人に見せるなんてと礼二は思っていたが、ここまでもつれ込んだのに外部の人の意見も必要かも知れないと最近は思っていたのだ。
「そうですね。見た目はカップケーキの方が良いかな。でもスコーンというのはお菓子だけの用途ではないのでしょう?」
「元々はヨーロッパの方でアフタヌーンティーなんかで食べられます。」
「食事として食べることもあるのだったら、俺みたいにあまり甘い物が好きじゃない人も口にするかも知れませんね。こっちのカップケーキの方は生クリームが乗っている。明らかにデザートですね。」
 そういって資料の紙をテーブルにおいた。
「用途だと思います。思い切って二パターン出してみればいいのに。」
「両方ですか?」
 出来ないことはない。材料で追加するのはクロテッドクリームくらいなのだから。
「それは良いかも知れない。川村店長。阿川さんにそう伝えてみたらいいですよ。」
「どうかなぁ……。」
 浮かない顔だ。それに最近泉も疲れている。春樹よりも遅く帰ってきて食事をしたら風呂に入って、最近はラジオの音も聞かないまま寝ているらしい。
「話はしてみます。ありがとうございました。大変参考になりました。」
「いいえ。お役に立てれば良かったです。」
 そういって春樹はバッグを持つと、一礼をしてバッグヤードを出て行く。そして礼二もそのあとを出て行った。
「藤枝さん。」
 店を出ようとしたとき、礼二から春樹が声をかけられる。
「どうしました?」
「店のことなんですけど。」
「店がどうしました?俺、経営のことなんかわからないんですけど。」
 礼二は少しため息を付いていった。
「最近少しおかしくて。」
「おかしい?」
「……俺が休みの時は赤塚さんって……ほら、一度会ったでしょう?」
「あぁ。ずいぶん童顔の……。」
「えぇ。あの人と働いているんですけど、最近、腐女子がさらに増えて。」
「どうして赤塚さんと泉さんが働いていたら、腐女子が増えるんですか。」
「男同士のカップルに見えると。」
 その言葉に思わず春樹が笑った。見えないこともないが、泉に失礼ではないかと思ったのだ。
「すいません。笑い事ではないのはわかっているんですけど。」
「いいえ。もう最近は二人とも慣れたみたいで……。」
「商売繁盛で良いですね。」
「まぁ……そうなんですけど。どうもそれだけでは無いというか。」
「それだけではない?」
「スキンシップが多くなったと噂で聞いてですね。書店側の人からは浮気されているんじゃないかと。」
 礼二は奥さんに浮気をされて、子供まで礼二の子供ではなかったのだ。そういうことに敏感になっているのはわかる。
「……前から思ってたんですけどね。礼二さん。」
「はい?」
「そろそろいいんじゃないんですか。」
「え?」
「同棲。」
 その言葉に礼二は少し笑う。
「そうしたいと思っているんですけど、泉がうんとは言わなくて。」
「倫子のことは気にしなくてもいいんですよ。……それに今度、俺から話しても良いですし。」
「あなたから?」
「俺も同棲をしたいと思ってるんですよ。」
 その言葉に、礼二は納得した。そうだ。同棲したいと思っているのは自分だけではなく、春樹もそうなのだ。一緒に住んでいても二人になれる機会は少ない。泉なり伊織なりがいつもいるのだから。じゃまだとかは思わない。だが、二人で居たいと思うのは自然な流れだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...