守るべきモノ

神崎

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海岸

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 カフェを出て、線路を伝って歩いていく。線路の近くは振動もあったり田舎と違って本数も多いのであまり住宅街としては向いていない。かといってお店を構えるのは駅が遠い。
 なのでこの辺の建物は工場や職人が居るような建物が多いのだ。
 中には靴を修理する店があったり、合い鍵を作る店もある。昔ながらの職人らしく、出てきた白髪頭のおばあさんは杖を突きながら店を出ていった。
「スーパーってこの辺あるんですかね。」
「スーパーじゃなくて商店街かな。そっちに少し行ったところにあるよ。」
「スーパーじゃないところが良いですねぇ。」
「行きたい?」
「今日は同居人がカレーを作ってくれているから帰ります。」
「同居人?」
 いつか見たあの優男だろうか。それとも小泉倫子なのだろうか。泉の周りには人が多くてわからない。
「倫子がカレーを作ってくれるって言ってました。倫子のカレーは美味しいんです。お母さんが学校給食をずっと作っているらしくて、ずっと仕込まれてたって。」
「意外だな。でもまぁ、文章を読んでれば何となくそうだろうなと思ってた。」
「そうですね。」
 倫子の作品で人気があるのは、ミステリー部分だけに限ったことではない。今連載中の「夢見」という作品にも、遊女たちが食べる食事に芋の煮っ転がしが載っている。それをどうやって作るのかというのを書店の店長から聞かれたこともあるように、食事の場面や作る行程、味なども案外リアルなのだ。
「小泉先生の作品って少し変わったな。」
「え?」
「俺はあまり悪いとは思わないよ。けどあの「夢見」の番外編の官能小説で、「良さがなくなった」と言う人も中にはいるんだ。」
「どうして?」
「つまり感情を抜いて、ただ単にミステリーを重視した方が良いってヤツもいるんだ。」
 自分もそうだった。荒田夕がやはりミステリー界ではスターになるのだろう。だからそれも手に取ってみたが、どうしてこんな感情くらいで殺人を犯すのだろうと思えばもう読むのを止めてしまったくらいだ。
 だが今は普通に読むことが出来る。それは自分の中で変化が起きたから。荒田夕が言うように好きな女を取られるから、男を殺したというのは、特に理解が出来る。礼二を殺してでも泉を手に入れたいと思うから。
「そんなことを言う人もいるんですね。」
 そう言えば前に春樹が話したことがある。春樹の甥である靖は中学三年生で、まだ恋などをしたことがないと言っていた。だから心情を重視した荒田夕の作品よりも、無慈悲に殺人をする倫子の作品が好きなのだと。最近の倫子の作品に生ぬるいという人もいるだろう。だが泉は今の方が人間らしくて良いと思う。
「「淫靡小説」に載ってたあの作品さ。」
「官能小説ですか?」
「読んだ?」
「はい。」
「読むんだな。お前もそういうヤツ。」
 からかうように笑うと、泉は口をとがらせていった。
「二十六をなんだと思ってるんですか。」
「わかってるよ。そうじゃなくてさ、あれって遊女と下男の恋だろ?」
「えぇ。許されないみたいですね。あぁいうの。」
「そうだよ。今だったらソープ嬢にボーイが手を出すって事だな。すぐクビになるわ。」
「そうなんですか?」
「あぁ。女は商品だし。」
 すると泉は行ってしまう電車を見て、ふと思った。
「私たちも商品みたいなモノなんですね。」
「え?」
「……女性が増えて、新規のお客様が店に足を運んでもらう機会も増えたけれど、見た目だけで来ていただいているのを見て姿だけなんだなぁって思って。」
 泉の言葉に大和は泉の手を掴んだ。その行動に泉は驚いて大和を見る。
「別に良いじゃん。うちに来るきっかけが何だろうと。それからコーヒーが美味いとか、デザートが美味いとか、うちの良さがわかってきてもらえればいいんだよ。」
「え……。」
「そのきっかけがそれだったってだけだ。」
 すると泉は少し笑った。
「そうですね。だったらこのデザートも美味しかったっていえるようなモノにしたいです。コレがきっかけで常連さんになってくれればいい。」
「そうしよう。」
 行こうとした泉を止まらせるために手を握ったのだろう。だからもう離していいのに、なぜか大和はその手を離さなかった。不思議そうに大和を見て、そして手を見る。
「あの……赤塚さん。」
「ん?」
「離してもらえませんか?」
 すると大和は一瞬手を離した。だがすぐにまた手を握る。そして今度は、指の間に指を通す。コレは恋人同士がする繋ぎ方だ。
「あの……。」
「その裏、行ってみるか?」
「裏?何かあるんですか?」
 その工場などがあるところの裏手は、あまり日が当たらないらしい。じめっとしているように見えた。
「ホテル。」
「ホッ……。」
 思わず言葉を詰まらせた。泉は手を振りきろうと腕を動かす。だががっちりと手を握られて離れない。
「行こうぜ。」
「やです。帰りたいし。」
「もうすぐそこが駅なんだよ。」
「なに考えてるんですか。私には……。」
「川村店長も居ないし、今日しかチャンスがねぇんだよ。」
「やだ。」
「……。」
 すると大和は強引に泉を引き寄せる。そしてその細い路地に入っていった。そこには高い壁と、こんなところに車が入るのだろうかという駐車場。そして目隠しをしている入り口。その横には料金表がある。泊まりは五千円から。休憩は三千円から。フリータイムは休憩と同じ値段だ。
「こんな場末のホテル来たこと無いだろ?」
「……赤塚さん。」
「何だよ。」
 ここまで来ても抵抗している泉に、呆れたように大和は振り返った。
「夕べ、赤塚さんのところに行ってその帰りに、礼二とホテルへ行きました。」
「……。」
「そのあとをしたいって思うんですか?」
 すると大和は首を横に振る。そして強引にその駐車場にはいると、壁に泉を押しつけた。多い被さるように大和は泉を見る。
「上等だよ。それを覚悟でしたいって思うんだから。」
 そんな表情を初めて見た。幼く見えるからいつも気を張っているようにいつも自信満々で強気で、なのにその頬が赤くなって恥ずかしそうだった。言葉とは裏腹だと思う。
「……それでも……私があなたを見ることは……。」
 その続きを言わせなかった。素早く唇をふさぐようにキスをする。軽く触れただけだった。なのに夷隅も大和も顔が赤く染まっている。そして大和は、泉の手を引いてその建物の中に入っていく。
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